気持ち悪いよ、お兄ちゃん
「……本当に、夢みたいですッ……!!」
そう言って、文夏ちゃんが耳を真っ赤にして手で顔を覆い隠し、悶えているさまを、私はベンチで文夏ちゃんの隣に座りながら見ていた。もうかれこれ一時間くらい経つ。
私は時々文夏ちゃんの頭を撫でたり背中を擦ったり、よかったねと声をかけたりしていた。
ただただ隣に居るだけの私だったが、不思議と退屈はせず、まるで超大作RPGをクリアした後の様な、ついに念願叶った我が息子を褒め称える母親の様な、そんな気持ちだった。
うん、ずっと見てきたわけだから、二人のそばで。そりゃあもうお母さんみたいな気分にもなるよ。
まあ、一番喜んでるのは当事者達で、私はそれを近くで見つめてきた保護者の様なものだから、相対喜び度数は低いだろうけど、それでも私は嬉しかった。
だからこそ、当人の喜びは、私には計り知れない。
恐らく、多分、箱根も帰り道でスキップでもしながら浮かれているんだろうなあ。
「うんうん。本当に、あの子らしいよ」
告白の答えは夢を叶えてから。そう言った彼は何処か寂しそうで、本当は今すぐにでも抱き締めたいだろうに、私に勝つために心を鬼にして我慢して……そう聞くと心が痛むが、私だって手加減するわけにはいかない。それこそ、彼の決意に対する冒涜だものね。
「……何の話ですか?」
私のうっかり漏れた独り言を、文夏ちゃんは拾って問い返す。
「いやね、箱根くんの事よ」
私が彼の名前を出すと、ボッと、ガスコンロのように文夏ちゃんは顔から火が出るほど赤面した。
「うぅ、今彼の事を思い出すと滅茶苦茶恥ずかしいです……」
「え、そこまで?」
文夏ちゃんは再度顔を覆って踞る。待って、めっちゃ可愛いんだけど。
あー、もう本当に幸せ者だなあ箱根は。こんな可愛い娘に愛されてるなんて。もうスキップ所じゃなく全裸ででんぐり返ししながら、文夏ちゃんの名前を叫んでたりしてるかもしれない。
……いや、冗談だよ?本当にやめてよ、そんな事。
※
俺、妙本箱根は非常に悩んでいた。
「……言問って、何か趣味とかあるのか?」
気が早すぎるかもしれない、否、あまりにも気が早すぎるが、俺が言問と付き合うとなった際、互いに話が合わないとなると割りと問題だ。
なので俺は浮かれた妄想糞野郎のごとく、言問と付き合ったらどうしようという取らぬ狸の皮算用をしていた。
「言問の趣味……この間やったゲーム、とかか?」
言問の家に訪れた時に一緒にプレイしたゲーム。しかしあれは普段から彼女がやっているものなのか定かではなく、俺を振り向かせる為の吊り橋効果がなんちゃらとか言ってたからそれ用に用意した可能性もある。
というかぶっちゃけそうであって欲しい。言問がグロゲー好きとかちょっと抵抗感あるし、俺自身も怖くてとても出来ないしな。
「他に女子の趣味といえば……アイドルとかか?」
アイドルとかSM○Pくらいしか知らないなあ。……いや、もう解散してるんだっけか。
そもそも女子の趣味はおろか最近の高校生の流行も知らない俺が、あれやこれやと考えても無駄だろう。最も、俺自身も最近の高校生の一人なのだが。
「……夕日が綺麗だな」
だから俺は考えるのをやめた。
眺める先の真っ赤な太陽は、その色を濃くして西の空にゆっくりと沈んでゆく。
「……明日は晴れかな」
西の空が晴れているという事はすなわち、明日の東の空は晴れるという事だ。
これは勉強で学んだ事ではない、よく公園で遊んでいた子供の頃に自然に知った事だ。もう、良く覚えてはいないけども。
姉を失って、勉強漬けになる以前の記憶は殆んど残っていない。それは姉の死を目の当たりにしたショックと気が狂うほどの勉強のせいで、脳が一部壊れてしまったせいだ。
それ以降、俺は特に感情の無い日々を送っていた。寝て、起きて、勉強、その繰り返しだ。
……だから、こんな気持ちは久しぶり、いや、初めてかもしれない。
この胸が踊るような、“恋”をするという感覚は。
……結局、俺は言問の告白を断ったけども、ただ俺の夢に一段落がついたら、また俺から告白するという約束を交わした。
心は、ひどく落ち着いていた。
「……帰ったら、勉強するか」
※
「ただいま帰りました。母上……」
「おーかーえーりー!!!!」
「え?何事……!?」
俺が家に帰り玄関に入ると、何やら密林の奥深くに住むのボスザルが威嚇する時ような低い声と、渡り鳥が一斉に飛び立つようなドタドタという音がして、……あれ、ここ家だよね?アマゾンの奥地とかじゃあないよね?
と、一瞬錯乱した後に俺の目の前に現れたのは、男性、身長は180cm、髪は黒、筋肉モリモリマッチョマンの変態だった。
……俺の親父である。
「遅かったなー箱根!!もう父さんずっと待ってたんだぜ?明日は珍しく二人とも休暇が取れたから今日はこっちで寝泊まりしようと思ってな。それにしても元気にしてたか、勉強はしてるか、好きな人の一人や二人くらい……」
「いや待て!!ちょっと待て、親父」
あまりに早口で捲し立てる父を俺は制し、尋ねる。
「二人って事は、アイツも帰って来てるのか?」
「……そうだよ」
刹那、静かに響いた声。俺は振り反る。
そこには綺麗な黒髪をすらりと肩まで伸ばした、少し背の低い少女。……俺の妹、妙本瑞希がいた。
「何?お兄ちゃん、私が居たら迷惑な訳?はぁ、それよりもさっきからずっとニヤニヤしてさ、何か良いことがあったのかもしれないけど、端から見たら気持ち悪いよ。ねぇ、お兄ちゃん」




