君に好きって言って欲しくて
十川先生の話を受けて、俺は学校近くの公園にて沈みゆく太陽と相対し、向かって吠えはしないけどもそれくらいの気概を持って、言問の事を待っていた。
大丈夫だよな?告白のデモンストレーションは何度もしたし、予習復習もバッチリした。多分、きっと、上手くいく筈だ。
して、後は言問の到着を待つだけなのだが、かの言問文夏は中々現れない。
淡々と言問を待ちわびる中、俺は宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘、巌流島の戦いを思い出していた。一説では宮本武蔵は戦いの場にわざと遅れて現れ、佐々木小次郎を逆上させたうえに部下と共に小次郎を袋叩きにして息の根を止めたんだとか。……あれ、それじゃあ俺殺されんじゃね?
俺が言問が軍勢を引き連れて臨戦態勢でこの場に立ち現れる事が無いようにと祈っていると、言問文夏はやって来た。
もちろん、当たり前だが軍勢等は引き連れては居ない。
ただ、たった一人。予想外の人物を彼女は連れてきた。
その人物は茶みがかった長い黒髪を揺らして微笑を浮かべる。真面目そうな、いかにも優等生的な天才少女、芳山理子であった。
「やぁやぁ箱根くんじゃあないかい」
「り、理子?何でお前が言問と一緒にいるんだ?」
「ついさっきまで、文夏ちゃんと一緒にお茶してたのよ。それで、メールを見て面白そうだから付いてきちゃった♪」
就活生が採用面接で見せるような柔和な笑顔から一転、悪魔のような笑顔を彼女は浮かべる。……絶対愉快犯だろコイツ。
「大丈夫、邪魔はしないから。若い二人が楽しんでるのを、私は遠巻きに見ているだけで良いから」
「……なら若くないババアはさっさとどっか行って貰った方が、コチラとしてはありがたいんですけどね」
「誰がババアだ!コラ!!」
俺の悪態に対して、理子はコツンと頭を叩く。
……確かにコイツは告白したことを誰かに言いふらす様な人間では無いだろう。
だが何故だか、コイツには、……いや、この人には知られたくないんだよなぁ、何か小っ恥ずかしいし。
「……所で箱根くん。な、何で私の事を呼び出したのでしょう?」
と、ここで言問がおっかなびっくりしながらも、いきなり本題をぶち込んできた。不意を付かれた俺は思わず息をイッキ飲みする。
「な、何でって……」
「告白の答えを言いに来たんですよね?箱根さん♪」
俺が緊張で声を紡げないでいた所、横から理子の代弁が入った。
実際合っていたので俺は、あ、ああと気の抜けた返事をすると、それに対して理子がサムズアップで応答。……何かコイツ今日キャラおかしくない?
「ま、まあ、そういう訳なんだが……」
「……はい、それで、答えは……?」
「え、えーと……」
……何度もシミュレーションはしてきたのだが、実際にそれを行うとなるとどうにも緊張する。それに、今回は予想外の外的要因が多すぎる。まさかここに理子がやって来るなんて思いもしなかった。
だが、俺は弱気に鞭打って言葉を返す。
「こ、告白の答えなんだが……」
「……はい」
“嫌われる勇気”そんな言葉が俺の頭に浮かんだ。アドラーの心理学がどーたらこーたら、まあ、よく覚えちゃいないが。
俺は答える。
「……そ、その、ごめん。お前の告白の、答えはノーだ」
「……え?」
蜘蛛の糸が切れ、落ちてゆく犍陀多の様な絶望に満ちた表情で、言問を吐息を溢す。
一瞬、背筋が凍るような冷たい空気が流れた。
「ちょっと箱根!!何でよ!!何で断るのよ!!断る理由なんて無いじゃないッ!!アンタ少しくらい文夏ちゃんの気持ちも考えて……」
「理由ならある」
言問の隣で声を荒らげる理子を俺は制し、話を続ける。
「……俺が言問を呼んだのは、告白の答えを言いに来たのと、もう一つ、言いたい事、いや、言うべき事があったからだ」
俺がそう言うと二人とも息を飲んで、無言で続きを促す。
「お、俺の家は厳格な家庭で、勉強においてもスポーツにおいても、常に一番であることが求められている。それは姉の影響で……いや、その話は良いか。とはいったものの、俺はスポーツがあまり得意じゃなかったんだ。ただ足だけは速かった、まあ、それだけだ。だから勉強においては絶対に他の人に負けてはいけない、そうやって育てられてきた。それで俺はコイツに、理子に絶対に勝ちたくて、お前と一緒に勉強会をしようと言ったのも下心なんてなくて、ただただ理子に勝つためで、えっと、まー、そうだ。つまりはしばらくは勉強に専念したい。恋よりも、もっと優先すべき事だって、思って……ごめん」
「……いいんです。大丈夫です」
言問は恋破れた悲しさに、拭っても拭っても拭いきれない涙を流す。
その隣に居た理子も、言問の背中を擦りながら俺を見て、仕方ないと小さく頷いた。
……そして、しばらく静寂が流れる。
……そこで、俺は口を開いた。
「……だから俺は、理子に勝って一番になった時に、言問、また、お前に告白するッ!!」
……叫ぶ俺。ぽかんと、並ぶ二人は口を開いて呆ける。
「……え?え?」
「つまりだ、要は一番になるのが目標な訳で、それが叶ったなら、お前と、言問と一緒に居たいって、そう思っただけだ」
……何ともいたたまれない、羞恥心を煽る静寂が場を包んでいたが、その静寂を破ったのは、俺でも、当の言問でもない、部外者の芳山理子だった。
「……アンタねー、それなら告白を断るんじゃなくて、テストで一位取ったら返事をするって言えばいいじゃない。……そういう所、本当に馬鹿よね」
「いや、それもそうだが、告白は男からした方がいいだろうっていう考えがあって……」
「女の子を泣かせてまで気にすることでも無いでしょうよ」
「……確かに、そうだな。スマン、言問」
俺が謝ると言問は此方へ向かってきて、やべぇ、殴られる!と、思って目を瞑ると……
……頬に、何か柔らかいものが当たる感触がした。
「……え、え!!も、もしかしてキスした?」
「そうです。私を泣かした罰ですよ。イタズラさせて頂きました」
「……随分と嬉しいイタズラだな」
「そうですか?……だったら次はご褒美で、箱根くんがテストで一位を取ったときにしてあげます」
そう言って言問は悪戯っぽく笑う。可愛いヤツめ。
「……ああ、待っててくれ。……文夏」
「え?今なんて……」
「言わねー!もう言わねー!……次に言うのは付き合ってからだ」
「むぅ~、ズルいです!!」
「ははは」
……こうして、しばらくの間俺の心を覆っていた得たいの知れないモヤモヤは、綺麗さっぱり消え去った。
理子に勝ち一位を取るため、そして言問……文夏と無事結ばれる為、俺は努力する。
沈みゆく赤い夕日に俺は背中を押され、俺は覚悟を決めたのだった。