第2話 魔の火 VS 星の火【後半】
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面倒になった和真は、海藤に当たらないよう射線をずらして火を放つ。
和真の手に纏わりついていた紫の火が突然、小さな球体になったと思った瞬間――次には通りすぎる余波で倒れた海藤と、その横を抉り仮想フィールドを破壊した跡が、観戦者たちの目に映った。
「……う、嘘だろ?」
果たして、それは誰が発した言葉なのか――
人の魔術で簡単に破壊できる程、仮想フィールドの壁はやわではない。
そもそも、決闘システムは御位堂が、魔導技術を使って開発した帝国魔術学院特有のシステムである。
学院内に無数に設置された柱は、生徒に配られている魔導具と同様に、触ることの出来るホログラムを投写出来る。
これにより、仮想的にフィールドを構築するのだ。
しかし、そのままでは、お互いの攻撃が流れて観客に当たり、怪我人が出かねない。
そこで、御位堂は仮想フィールドの壁に、障壁の術式を組み込むことで解決した。
こうして大規模の術式を用いて構築される仮想フィールドだが、現在までに破壊出来た事例は、《女帝》獅子堂八重だけのはずであった。
それは、仮想フィールドの構築に使用される魔力が、人一人では補えない程に膨大だからだ。
各国で研究の進む人工的に魔力を生み出す魔力炉の開発だが、御位堂は課題は山積みであるものの、この規模の術式なら展開出来るレベルまで完成させていた。
また、障壁術式は魔術障壁と物理障壁の二種類が存在し、仮想フィールドには両方が組み込まれており、魔力炉で生成された膨大な魔力によって生み出されているため、大抵の事では破壊する事が出来ないはずなのだ。
そして現在。緋堂和真はたった一息の魔術で、鉄壁とも言える多重障壁を破壊した。
外したのはそうする必要があったからで、当てれば脅しにならないというのもあったが、当てたら海藤が焼失していただろう。
あまりの出来事に海藤は腰が抜けたのか、一向に立ち上がる気配がない。
「もう一度聞くが次はないのか?
義理とは言え、緋堂家の長男に喧嘩を売ったんだ。
この程度で終わる訳ないよな?」
再び手に紫の火を纏わせた和真が、そう言いながら海藤に近づく。
一歩、また一歩――
近くに連れて強まる威圧と、有り余る魔力の圧力が海藤を襲う。
そして、和真が海藤の足元に着いた時、海藤は恐怖のあまり気を失った。
――海藤将人:戦闘不能
――勝者:緋堂和真
――よって、本日の入学者名簿より海藤将人の名を削除。
――提携学院への今年度の入学・編入権も剥奪致します。
そのアナウンスがあった直後、仮想フィールドが消える。
それと同時に、学院長・獅子堂八重が複数の教師と黒服を連れて、タイミングよくその場に現れた。
どうやら騒ぎを聞きつけて、あらかじめ接近していたらしい。
ただし、規定通りルールに則った決闘を行っていたために、特に注意することはせず見守っていたようだ。
何せ、ここは帝国魔術学院。実力が全ての本科生課程なのだから。
現場の状況を確認した獅子堂学院長が、待機している教師陣と黒服たちに指示を出す。
「よし、海藤の次男坊は迎えを呼んで追い返せ。
他は動揺してる生徒の誘導だ。入学式は予定通り執り行う」
学院長の決断は、無慈悲に放たれる。
決闘で負けた時点で、海藤の退学は確定的であったが、残念ながらと言うべきか、それを覆される場合も存在はする。
その場合は、対価を学院長権限で変更するのだ。
普通であれば有り得ない話だが、あくまで決闘システム。
学院を管理する学院長が、システムに介入できるのは当然と言える。
しかし、学院長が対価の変更をすることはなかった。
このことに、様子を伺っていた周囲の生徒は、更に動揺を露わにする。
それは、今しがた黒服に起こされた海藤も同じだった。
「ま、待って下さい学院長!」
「どうした、海藤の次男坊?」
「ほ、本当にこの僕を学院から追い出すつもりですか⁉︎」
和真に負けてなお、自分の腕に自信があるのかそう言い放つ。
まるで、自分を退学させれば大きな損失になるぞとでも言いたげだ。
だが、五大堂家の中でも、特に実力を重視する武道の名門・獅子堂家の人間が、決闘に負けた人間の言い訳に耳を傾けるはずもない。
獅子堂学院長は一言で切り捨てる。
「決闘に負けたのだから当然だろう?」
何を当たり前なことを言っているとでも言いたげに、首をかしげる獅子堂学院長。
自分が負けると微塵も思っていなかった決闘において、かなりの代償を払うことになった海藤は動揺を隠せず、愚かにも京都帝国魔術学院の秩序である獅子堂学院長に食い下がる。
つくづく、身の程の弁えない男だと和真は感じた。
「あ、あんなのは無効だ! 完全に化け物じゃないか‼︎
どこの世界に仮想フィールドを破壊する阿呆がいる!」
「あ? ここにいるが?」
「――っ!?」
獅子堂学院長が、悪魔の様な笑みを浮かべながらそう答える。
一瞬その言葉が信じられなかったのか、硬直した海藤だったが、その顔は次第に驚愕で染まる。
周りにいた教師は、彼女が素手で一発殴って仮想フィールドをぶち破った挙句、「なんだ、案外脆いな」と言っていたのを見ていたために完全に苦笑いだ。
「往生際が悪いぞ海藤の次男坊。
それでも予科生課程の卒業者か?」
「ぼ、僕がいなくなれば、父上は学院への出資も辞めるはずだ。
ウチが一体どれだけ出資していると思って――」
「たかだか五千万程度だろう? 悪いが出資額としては、出資者の中で一番下だ。
あの人格者に限って、息子が退学させられたからと言う理由で、正当な理由があるにも関わらず、出資を辞めるとは考えられないが、辞めるなら辞めてもらって結構。
そんな馬鹿どもが用意する金など要らん。必要なら私が出す」
胸を張って、堂々とそう宣言する。
現時点でも獅子堂八重の出資額は、他の追随を許さないダントツの一位であるが、海藤が抜けるとあれば、その分も自分が出そうと言うのである。
もはや、たかが息子の海藤将人など、獅子堂学院長の交渉相手にすらならなかった。
「そ、それに優秀な生徒を追い出してどうなるんです?
学院にとっても大きな損失では……」
海藤は、遂に余計なことを口にした。
そう思っていたとしても、自分で言うものではない。
やはりと言うべきか、獅子堂学院長の反応は冷たいものだった。
「成績上は優秀でも、相手の力量も見定められん奴は、優秀でも何でもない。
それに、お前が抜けたとて、お前の目の前にもう一人、優秀過ぎる化け物とやらがいるだろう?」
獅子堂学院長は、顎で和真を指す。
それを目で追い和真を見る海藤は、ため息をつく和真を見て体をガタガタと震わせていた。
(ナチュラルに化け物扱いしないで欲しいんだが?)
むしろ、目の前の学院長の方が、誰がどう考えても化け物だろう――と和真は思ったものの、口にはしない。
どんな制裁があるか、分かったものじゃないからだ。
和真もまた、獅子堂八重の武勇伝というものを、幾度となく耳にしたことがある。
出来ることなら、事を構えたくない。
「一つ、海藤の次男坊は勘違いをしているようだから訂正をしておこう」
「勘違い? 一体、何を勘違いしていると言うんです!」
「この学院の入学生が、魔術師として優秀である必要はない。
むしろ、魔導師としての道を勧める準備すらある」
この言葉に、観戦していた生徒の全員が驚いた。
京都帝国魔術学院は、魔術を中心とした教育を行う教育機関であり、魔導を学ぶのであれば、東京帝国魔術学院に入学するのが最善の選択だからだ。
「ん? 言ってなかったか?
今年から、東京帝国魔術学院と京都帝国魔術学院は、両方の授業を実施することになった。
だから、魔術より魔導の方が合ってると判断した生徒を、即刻魔導クラスに移動させられる教育体制を敷くことが出来たのだ」
確かに、学生寮は少なからず設置されているが、出資額の多い者から順に入寮するため、一般生徒は中々、入寮することが出来ない。
それは、東京帝国魔術学院も同じで、魔導を得意とする者も、金銭的理由から近場の京都帝国魔術学院を選ぶということが多くあった。
ある意味で朗報と言えるだろう。
「というわけで、予科生課程で落ちこぼれなんて言われていた連中も、今後は魔導に転身することで、飛躍的能力アップを見込めるかも知れん。
そのための布石も、色々と打ってある」
獅子堂学院長は一瞬、和真を見やった後、話を続ける。
「何れにしても、海藤の次男坊。
お前の籍はこの学院に存在しないし、帝国魔術学院へは来年度まで、編入も入学も出来ない。諦めて、家に帰るといい。
それと、緋堂兄は私と学院長室だ。妹の方は始業式に参加しろ。
教師陣も、私がいないからと気を抜かず式を進行するように――解散!」
言うが早いか、教師陣を中心に、その場にいた全ての者が行動を開始した。
始業式の開始時刻まで、さして時間はない。
皆、足早に移動していった。
涼華は躊躇いを見せたが、和真が行けと言えば渋々ではあるものの、その場を後にした。
そうして、数刻後には和真と学院長、海藤に学院常駐の警備スタッフしか残っていなかった。
「迎えは呼んだか?」
「はい。学院長の指示通り、海藤家の当主殿に直接連絡を入れ、状況を報告しました。
非常に慌てた様子ですが、すぐに迎えに行くとおっしゃっていましたので、そろそろ正門に到着するのではないかと。
すでに、正門の担当警備員にも、連絡は入れておきました」
「ご苦労。海藤の次男坊を引き渡しに行け」
「承知いたしました」
父親が慌てた様子で迎えに来たと知り、放心状態になった海藤を、警備スタッフが二人がかりで持ち上げ引きずっていく。
その様子に目もくれず、学院長は和真を見据えた。
「さて、話をしようか緋堂兄」
こうして、和真は半ば連行という形で学院長室へと連れて行かれるのだった。
【to be continued...】
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