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第1話 星の火を持つ者【後半】

 学院が近づいてきた。

 和真は肩に頭を乗せて寝ている涼華を起こす。


「おはよう。和真」


「おはよう涼華。早く制服直しておけ」


 別に乱れている訳ではないが、今日から本科生になる以上、予科生からいる涼華は注目を受ける可能性がある。

 身だしなみには注意したほうがいい。

 とは言うものの、一番の問題はやはり和真の存在だろう。

 この入学がただの入学なら良かったのだが、涼華からすれば始業式に過ぎない。

 その原因は魔術学院の学年構成にある。

 魔術の基礎を学ぶ予科生課程を三年間過ごし、後に本格的な魔術を競い合う(・・・・)本科生課程を四年間過ごしてようやく国家魔術師となる。

 今回、二人が入るのは本科生課程だ。

 和真は緋堂家の推薦を受けて入学するのであって、予科生課程からの進級ではない。

 つまり、和真は京都帝国魔術学院の予科生課程を受けていない。対し、涼華は受けている。

 本当の意味での新入生は全体の三割弱ということは、殆どの生徒が涼華を知っているということだ。

 そんな中に同い年の兄が現れれば――面倒事は想像に難くない。

 車が学院内に止まった。

 周りには既に多くの生徒が来ている。

 車が注目されているのは、車に描かれた緋堂の家紋が目に入ったからだろう。

 五大堂家とはそういうものだ。

 運転手が後部座席のドアを開け涼華が降りる。

 それだけで周りは活気づいた。

 誰もが目で追う容姿。五大堂家という箔。成績優秀の優等生。

 才色兼備とはまさに涼華に相応しいとも言える――対外的には。

 実際は和真やメイドたちが面倒を見ないと、野垂れ死にそうな生活力ゼロのポンコツだったりするのだから。

 今回の進学に関しても、現状専属メイドがいない涼華の面倒を和真が見るようにと遥輝が土下座で頼む程なのだから笑えない。


「やぁ、涼華。元気にしてたかい?」


 和真が車から降りようかと思った時だった。

 一人の男が涼華に声を掛けている。

 小言で運転手が「またアイツか……」と呟いていることから中々面倒な相手らしい。

 和真は運転手に目配せして、そのまま車内から様子を伺う。


「こんにちは海藤さん。私はこれから職員室に用事がありますので、ご用件は後でお願いできますか?」


 何度も声を掛けられているのか、涼華は冷たくあしらっている。

 しかし、それを照れ隠しだとでも思ったのか、余程自分に自信があるのかは分からないが、男はなおも涼華に食い下がる。


「そう言わずに、僕と君の仲だ。荷物も持ってあげよう。

 おい、そこの運転手! 涼華の荷物を下ろせ」


 男は運転手を見たかと思うと唐突にそんなことを言い出す。

 下心があるのは誰の目にも分かる。

 ただ、運転手とは言え、他家の使用人に指図するとは随分と図々しい奴だと和真は感じた。

 

――考慮する必要なし


 和真がそう判断するまで、それほど時間を必要としなかった。

 涼華が和真を見てSOSを出してる。もはや、制裁の理由はそれだけで十分だった。

 あまり目立つ気がなかった和真だが、こうなってしまうと後で遥輝に何を言われるか分からない。


「荷物持ちなら間に合ってる。他を当たってくれ」


 そう言って車から降りた。

 瞬間にざわめきが起こる。

 名家の車から知らない男が出てくればざわめきもする。

 邪推するような不快な視線も多い。


(やっぱり、目立ちたくはなかったな)


 そう和真は思うも、もう遅い。

 教室で挨拶すれば遅かれ早かれ知られることにはなる。

 多少早く知れ渡ってしまっただけのこと。

 つくづく面倒な名を背負うことになってしまったと和真はため息をつく。


「誰だお前?」


 海藤と呼ばれた男はあからさまに不快そうな顔をする。

 和真も小物を見るような蔑んだ視線を向け答える。


「緋堂和真。一応、同い年だが涼華の義理の兄ということになるな」


「なっ!?」


 流石に海藤も囲い込みの風習というのは知っているらしい。

 余程、ショックだったのか和真を睨む目つきがより一層厳しくなる。

 挙げ句、和真を指さしてこの一言だ。


「どうやって取り入ったのか知らんが、涼華はお前に渡さないぞ!」


 訂正、囲い込みを正しく理解していないようだ。

 涼華は和真のものであり、和真は涼華のもの。それが囲い込みであり、これを覆すには現当主・緋堂遥輝の了承が必要になる。


「取り入ったも何も緋堂家から接触があっただけだ。

 文句があるなら義父上(ちちうえ)に言ってくれ」


「うるさい! 僕は卑怯な手に屈したりしない。

 君に正々堂々と決闘を申し込む!」


(卑怯――卑怯ねぇ……)


 何がどう卑怯なのかは和真には分からなかったが、当初から涼華を狙っていたのだとすれば、和真に獲物を掠め取られた構図にはなる。

 この年頃の男が狙ってた女を取られれば、無理にでも奪おうとしたくなるのかも知れない。

 正々堂々も何も因縁を付けているだけに過ぎないのだが、決闘を申し込まれた以上、理由はどうであれ五大堂家の人間として断るのは最善とは言えない。

 決闘システム。

 それはこの学園における魔術師の序列を左右するもので、序列は成績にも直結する大事なものだ。

 特に本科生課程は魔術を本格的に学ぶ課程であり、学年問わず実力主義だ。

 決闘は当然、賭け事を持って行われる。

 これは、どちらかが死して決着するという事態を防ぐためだ。

 命以外の全てをチップに使うことができ、チップの公平性はシステムによって判断される。

 通常、序列の下の者が上の者に決闘を申し込んだ場合、上の者は断ることが出来ない。

 順位が変動しなくなるからだ。

 しかし、上の者が気に入らないという理由だけで下の者に決闘を申し込んだ場合、下の者はこれを断ることが出来る。

 現在、本科生課程の入学式が始まる前なので序列差はない。

 つまり、和真は断ることも出来る。

 目立ちたくなければ断るのが最善だが……

 和真はふと、涼華を見る。

 その目は「叩きのめせ」と言っている。

 和真はまた一つため息をついた後、海藤に向き直る。


「分かったよ。その決闘受けよう――」


 そう言って、空中に手をかざす。

 表示されたのは仮想ディスプレイ。

 触る事の出来る(・・・・・・・)ホログラムと言ったほうが分かりやすいだろうか?

 魔導技術の開発は情報技術にも影響を与え、微量の魔力を使って通信機器や財布としての役目を担い、戦前から研究の始まっていた映像技術に関しても仮想ディスプレイを通して表示できるようになった。

 生徒の手首には学園から入学案内と共に送られてくるこの魔導具が装着されている。

 当然、帝国魔術学院仕様である。つまり――


「「我は双方の同意の下に決闘の開始を宣言する」」


 決闘システムも既に利用可能ということである。

 二人が開始宣言を行うと学院側が随所に設置している柱から、仮想ディスプレイと同じ要領でフィールドが構築される。

 半透明の壁であるがこれは外部からの攻撃や、内部から観客に対しての攻撃が出来ないようにするためのものだ。

 続いて、賭けに使うチップを決める。

 通常であればお互いの順位をチップに掛けることになるのだが、今回のように順位争いによる決闘ではない場合、つまり私闘の場合は同レベル帯のチップを掛ける必要があるため、どちらが先に決めるかをルーレットにて決める。


――優先権:本科1年 海藤将人(かいどうまさと)


 出現した巨大な仮想ディスプレイに表示された名前は海藤。つまり、ルーレットが選んだのは海藤だ。

 これで、海藤からチップを要求すること(・・・・・・)が出来る。

 この決闘システムの厄介なところはここだ。

 何せ、双方共に命以外の全てを対戦相手に対して要求できるのだから。

 そして、和真はそれに見合ったチップを要求することが出来る。


「僕は緋堂和真に対し、緋堂家との絶縁(・・・・・・・)を要求する!」


 海藤がそう宣言すると、仮想ディスプレイの和真の欄に『緋堂家との絶縁』と表示された。

 この時点で和真は負けた場合に緋堂家を離れる必要が出てきた。

 海藤は「してやったり!」と言った表情をし、周りはやり過ぎだと困惑しているように見える。

 対する、和真は「まぁ、そのくらい要求してくるか」と冷静に受け止めており、涼華に至ってはそもそも和真が負けるなどと考えてすらいないのか、呑気に立ったまま寝ている。


「なら、俺は海藤将人に対し、帝国魔術学院(・・・・・・)からの(・・・)即刻退学(・・・・)を要求する」


 和真の要求は公平と見なされ、仮想ディスプレイの海藤の欄に「帝国魔術学院からの即刻退学」と表示された。

 この二つの要求は互いに将来を左右する重要なものとなったが、やはり多少の誤差はあるというもの。

 和真はその誤差を理解した上で要求した。

 今回のこの決闘。負けた場合の損害が少ないのは和真だ。

 帝国魔術学院の退学は、すなわち国家魔術師の資格獲得が遠のくのと同義。

 何せ、資格を取得するには帝国魔術学院の卒業資格が必須なのだから当然だ。

 対し、緋堂家との絶縁はその後の魔術師生命を脅かすものではあるが、国家魔術師の資格が遠のく訳ではない。

 和真は入学に対し、相応の実力を示しているため、仮に負けたとて退学になることだけはないからだ。

 限りなくゼロに等しい可能性であったとしても、完全なゼロよりはマシというものである。

 そもそも自分が負けると欠片も思っていない和真だが、やはり深層意識は分からない。

 深層意識を良い方向へ可能な限り持っていこうとすると、こういう細かい優勢の形は作っておいたほうがいいと和真は考えている。


――決闘開始


 仮想ディスプレイの開始合図と共に最初に動いたのは海藤だった。

 その手には水色の()

 しかし、和真は未だ動く気配がない。

 海藤より放たれた火は和真に近づくにつれ大きくなり、衝突と同時に土煙が上がる。

 爆風は凄まじく、放った本人である海藤も腕で爆風から顔を守るほどだ。

 海藤は勝利を確信した。

 しかし、決闘システムによる勝利宣言は聞こえてこない。

 段々と土煙が霧散していく。

 その先に見えてきたのは――


――水色ではなく紫だった。


【to be continued...】

明日も8時と18時に更新です。

よろしくお願いします。

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