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第5話 宇津井セラの憂鬱【後半】

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「和真。私は何でここに連れてこられたのかしら?

 それに、たかだか半日で私が一人前になることはないわよ?」


 セラの言うことはもっともだった。

 魔術師の家系において血統が重要視されていたのは、遺伝子上の問題だけではない。

 受け継がれた式もまた重要な要素なのだ。

 故に、魔術師の強さは受け継ぐ歴史の長さによって決まるとされる。

 たかだが半日研鑽したところで、魔術師として大幅にレベルアップすることはない。

 しかし、セラは一つ失念していた。

 和真は一言も、一人前の魔術師(・・・)にするとは言っていない。

 正直、没落した宇津井家の魔術処理能力では、和真が用意した魔術を扱いきれない。

 しかし、魔導であれば、セラの処理能力でも問題ないのではないかと、和真は考えたのだ。


「そもそも、セラは魔術処理と魔導処理の違いを知っているか?」


「魔導は扱ったことがないから詳しくは……」


 これこそが、今まで魔術と魔導を分けて教えていた弊害だ。

 魔術師と魔導師はお互いを殆ど知らないのだ。


「いいか? 魔術処理って言うのは、こういったアクセサリに刻んだ式を基に、魔術という現象を発現させることを言う。

 故に同じ現象を起こしても、人それぞれに辿り着くまでの時間や課程が違う。

 数学がいい例だ。式があって、一つの答えがある。しかし、計算方法は複数あり、人によって解き方が変わるし、計算間違いをして別の間違った答えになることもある。

 だが、魔術は間違った答えすら肯定する。

 だからこそ、実際に発現した魔術の効果が人によって変わったり、発動までの時間が変動したりする。

 魔術処理とは、そういうことだ」


「それは、私にも分かるわ。

 それに加えて、複数の式をアクセサリに刻むことで、式の組み合わせを変えて、戦況に合わせた魔術を行使する汎用性。それが魔術の強みね」


「その通りだ。対し、魔導処理は計算方法すらも指定されている」


 魔導とはコンピュータがプログラム通りに、指示に従って計算することと似ている。

 故に術式開発には、最小限の処理で現象を発現させる計算式が重要視される。

 魔導師は計算式を素早く穴埋めするだけで、現象を発現させることが出来るのだ。

 それ故に、処理能力は魔術師ほど必要ない。


「そういう理屈だったのね……。でも、なら魔術師はどうして魔導が苦手なのかしら?

 魔術よりも処理能力が少なくて済むなら、むしろ、楽になるんじゃないの?」


「流石、零組の生徒に選ばれただけある」


 セラの質問は、あまり疑問に持たれない部分だ。

 そこを疑問視し、研究をしているのは、和真と一部の研究者だけ。

 確かに、魔導は魔術よりも少ない処理で、現象を発現させることが出来るが、少なくとも落ちこぼれと言われないような魔術師は、それなりの処理能力を有するために、魔術処理を無意識に行う。

 例えば、

 5+7=12、12+17=29

 と言った計算は、慣れた人間からすれば、5+7だから12であり、12+17だから29なんだとなる。

 しかし、これが魔導になると、計算方法が指定されているがために、

 5+7=□+□=12、12+17=□+□=29

 といった計算式が最初から織り込まれているため、□+□にそれぞれ、2+10や9+20という計算式を必要もなく埋め込む必要があり、この処理に関して抵抗意識(ラグ)が生じるのだ。

 そのため、魔術師と言われる者たちは、魔導を行使することを苦手とする。


「なら、なんで和真は魔導も扱えるの?」


「よくよく考えれば、セラなら分かると思うが?」


 セラは少し考え込む。

 今まで、魔導について考えたことは一度たりともなかった。

 それ故に魔導を理解しようとすることに、多少なりとも抵抗を覚えたが、新たな見識を広げるのは非常に有意義だと判断した。

 和真との会話にはそれだけの価値があるとも――

 そして、一つの答えを見つけ出す。


「もしかして、その指定している魔導の計算式を、無意識に使っている魔術の計算式と同一にしたってこと?」


「その通りだ」


 これは、口にするほど簡単なことではない。

 魔術の処理を無意識にしているというのは、本当に無意識であり、余程、魔術に深い理解を持った者でないと、自身や他人が使っている処理手順を見出すことは叶わない。

 それを、和真はやってのけたと言うのだ。


「なんて、偉そうに言っているが、俺一人の研究成果じゃない。

 教室で言ったろ? 魔導師や魔工師の知り合いがいっぱいいるって」


 確かに、他に協力者がいるなら――と納得しかけたセラだったが、そんな言葉に騙されるほど、セラも甘くはない。

 例え協力者がいたとしても、相当な実力者たちだ。

 一体、どういうコネを用いれば、そんな人たちと知り合えるのだろうか?とセラは疑問に思った。

 何せ、和真が緋堂の家に囲われたのは今から三ヶ月前。

 三ヶ月で出来る研究ではないように思える以上、恐らくその繋がりは緋堂に囲われる前からあったのだろうと、セラは考えたのだ。


「ま、というわけで、セラにはこれから魔導師にクラスチェンジして貰う」


「私も一応、魔術師として生きてきたんだけども?」


「そう言うなら計測から始めようか。

 それで、セラが魔術師と魔導師のどちらで大成するか、あるいはそもそも無理なのかは分かる」


 和真は立ち上がると部屋の隅の本棚に手を掛ける。

 すると、本棚が開き、一つの扉が出てきた。


「無駄にギミックチックな部屋ね」


「獅子堂学院長の趣味だ。俺に言うな」


 無言で話を聞いている涼華と、気合を入れているセラを連れて和真は扉に入る。

 扉の奥はエレベーターになっており、そのまま地下へと下っていった。

 地下何階まで降りただろうか?

 三階の研究室から降りたとは思えないほど、地下深くまで降りたように感じる。

 これは、それぞれの研究員が大きいトレーニングルームを所持しており、他のトレーニングルームに影響が出ないよう、上下の間隔も大きく開いているためだ。

 エレベーターを降り、まっすぐに続く道を進むと大きな部屋に出る。

 これこそが、京都帝国魔術学院の誇る施設の真骨頂だ。

 観測装置まで設置されている。

 確かに、ここなら正確な測定が行えるだろう。


「俺は計測があるから、涼華と模擬戦を行ってくれ」


「え? 魔術使うだけじゃないの?」


「それじゃあ、実力が分からないだろ。

 さっきも説明した通り、魔術の良さは汎用性にこそある。

 如何に素早く状況に適応出来るかが、魔術師としての実力だ」


「大丈夫。手加減はするから」


 そう言って、涼華が紅蓮の炎を放つ。

 セラは咄嗟に避けた。

 それだけで、涼華が本気なのはセラにも理解できた。

 しかし、未だに納得がいかないことがある。

 宇津井家は魔術師の家系なのだ。


(それを今更、魔導師に? 冗談じゃない。

 私は、私が魔術師であることに誇りを持っていたし、例え落ちこぼれと言われようが、魔術師として生きられるのならどうでも良かった)


 涼華の攻撃はどれも手加減されていた。

 そのことが、セラを余計にイライラさせる。

 例え相手が親友でも譲れないプライドがある。

 しかし、和真はそれを踏みにじり、涼華もそれに同調するかのように攻撃してくる。


(ああ、憂鬱だ……)


 だが、セラからすれば、全ての攻撃が見えていた。

 紙一重で全て避けていく。

 さらに、セラは時折、無数に飛んでくる火球の間を縫うように魔術を放っている。

 まるで踊るように避け、攻撃するセラの動きに、和真は観測室で口角を上げていた。


(やはり、宇津井はあの(・・)“空井”か)


 知る人ぞ知る凄まじい空間把握能力を保持した幻の一族・空井。

 宇津井と聞いた時に、もしやと疑っていた和真は、セラの動きを見て断定した。

 その動きを見れば分かる。

 確かに魔術師としては没落したかも知れない。しかし、そもそもが魔術師の家系でなかったとすれば?

 没落したのではなく、そもそも魔術師ではなかったということになる。

 この結果は偶然ではあったが、和真に取って非常に都合がいい結果となった。


「ようやく、あれの使い手を見つけられた」


 そう言って、観測室の隣の準備室から引っ張り出して来た一つの箱を和真は開ける。

 中には漆黒の銃型デバイスが二丁入っていた。


【to be continued...】

「うつい」と入れて変換すると「宇津井」と出ます。

もともと、彼女には空間把握能力を持たせる予定だったので、「空」という字を入れて名字に出来ないかと考えたのです。

私の周りにも過去には「空」「大空」なんて名字の人がいましたが、それでは芸がないと調べていく内に「空井」で「うつい」と読めることが分かりまして「これだ!」ってなった訳ですね。

この回を読んでもらうと、セラは異常なまでの空間把握能力を有していることが分かります。

ただし、魔術師としては三流以下、魔導も疎い――

明日の更新(執筆が間に合えば)では新たな要素「異能」が出てきます。

私自身がこんがらがって来てる感がありますが(空間把握能力=異能とすることは昨日決めた)、まぁ、「才女」同様、なるようになるでしょう。

では、また明日。

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「近代魔術のレッツェルシーカー(カクヨム版)」
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お時間ある方は、こちらも是非よろしくおねがいします。

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