あの日の君、これからの私
久し振りに書いてみました
「よぉ、久し振りだな」
まだ雪が溶けきっていない早朝、私は十年ぶりに初恋の人と会った。意図して会ったわけじゃなく、本当に偶然だ。
「うん、久し振り。変わってないね足立くんは」
「そりゃそうだろ。西園はすっかり変わっちまったなぁ。髪伸ばして眼鏡もかけて、服も真っ黒で……イメチェン?」
あの頃と変わらないあどけなさが残る笑みで足立くんは言う。そりゃ十年も経てば変わって当たり前なのに、少し羨ましそうに見えたのは多分気のせいじゃないと思う。
「髪を伸ばしてるのはなんとなく、眼鏡は毎日パソコンと睨めっこしてたからよ。服は……ちょっとね」
「ふ〜ん、昔の西園は可愛い感じだったけど、今の西園は綺麗って感じだな」
不意の言葉。もう二十七になるというのにあの頃のように心臓が暴れだす。結局、私は十年前から外見は成長しても心の中の一部分は十七の子どものままだと痛感させられる。
特に行く宛もなかった私達の脚は自然と母校へと進んでいる。示し合わせたわけではないのだが、そうしなければならないと何者かに命令されるがごとく懐かしい通学路をひた歩く。お喋りな足立くんといると話題に事欠かない、ほとんど彼が話を始め盛り上げオチへと着地させる。だけど彼が唯一私に話してくれと頼んだ話題がある。
「卒業後の私?」
「そう、西園が卒業してからって俺知らないからさ」
また羨ましそうな顔。会って二回目の表情だが、高校時代に彼がこんな顔をしたのを私は数えるくらいしか見たことがない。いつも笑顔の中心にいて、太陽みたいだった足立くんがまるで夜空に静かに佇む月に見える。こんな時に不謹慎だとは承知の上だが、グッとくるものがある。
それにしてもいざ自分のことを話すと言っても何を話したらいいのやら。
「どんな些細なことでもいいんだ。少しでも……」
さっき私はグッとくると言った。だけど今のは違う、こんな苦しそうな顔、いくら初恋の人のだとしても見たくない。
思わず視線を逸らしてしまった。すぐに戻すととうとう顔を隠してしまっている。
「わ、分かった! 話すからそんな顔しないで!」
慌てて足立くんの肩を掴み顔を上げさせる。そこにはまだ悲しそうな彼の顔がーー
「え、マジで? やりぃ!」
ーーなかった。
私が言葉にならない音を口からこぼしている中足立くんは歓喜の舞ーーらしきものーーを踊っている。
「いやぁまさか本当に引っかかってくれるとは思わなかーー」
「バカ!!」
頭の中であの光景がフラッシュバックされ、頭の中が誰かにかき回されたみたいにわけがわからなくなって、気が付いたら足立くんを突き飛ばしていた。
「いてて、何すんだよ西園」
「何すんだじゃないでしょ!?」
罪悪感より先に怒りが勝ってしまい、ダムが決壊するかのごとく今まで溜め込んできたものが思考を凌駕して口がこぼれ出す。
「本気で心配したの! また私のせいで足立くんが苦しんでるんじゃないかって! またあなたから全てを奪ってしまうんじゃないかって!」
頬に伝う涙は悲しみなのか、それとも私が彼にしてしまったことへの贖罪からくるのものなのか私にすら分からない。
「バカだなぁ西園は」
スッと立ち上がりながら汚れを払い、一歩、また一歩と私との距離を詰めてくる。
「俺が西園の前で苦しんだことなんてあったか? 少なくとも俺は最期の最期まで笑顔を保ってたつもりだぞ?」
そう。あなたは優しいから。だからあの時も笑ってたんだ。西園が無事でよかったなんて今際の際でも笑顔を向けてくれた。それがどれだけ私を苦しめていたかなんて、きっとあなたは知らないんだろうけどね。
「まぁこの話の続きはまたいつかするとしよう。と言っても、そのいつかが来るかどうかは別問題だけどな」
彼の言葉で自分の身体の違和感を初めて認識する。つい数時間前と同じ、身体から重さがなくなっていく不思議な感覚だ。
「大丈夫だよ。絶対にまた会えるから」
少しずつ意識が遠のいていく中でも、もしかしたらこれが最後かもしれないのに、やっぱり足立くんは最後まで笑っている。
「あなたに伝えなきゃならないことがあるんだもの」
この言葉を機に、私の意識はどこかへ飛び去っていった。
次に目を覚ますとそこは真っ白な病室だった。
あれが夢だったのか現実だったのか、それを確かめる術はないけれどーー
「あ、おねぇちゃんがおきた!」
「え!? す、すぐに先生を呼ばないと!」
私と同じ助けられた命の温かさ。この手に伝わるこの子の温かさだけは紛れもない現実だとハッキリ理解できる。
私は痛みを堪えながら女の子の手を握る。足立くんが私にしてくれたように、強く。強く。