押したくなる衝動
「いや~、危なかったのです。助かったのです」
「……お、おぅ」
その姿を見て驚いた。おとぎ話は本当にあったのだ、と思ったほどだ。
薄い瑠璃色の瞳に、薄い黄色の髪は、肩ぐらいまで伸びている。といっても、大きいサイズのスマホの充電器ぐらいの大きさ。和也から見れば小人だろう。
「初めましてなのです、セラミーと言うのです」
「ど、どうも……えっと長谷川和也です……」
ペコリと頭を下げて自己紹介をしたセラミー。いきなりだったので、戸惑いを隠せないが、とりあえず和也も自己紹介。本能的に反応した形になった。
「………浮いてる」
軽く頭を下げたところで、和也は気がついた。目の前にいるセラミーが、だいたい和也と同じくらいの目線にいることを。小さな体全体が、和也の目に写っている。
「……ハッ! そういえばそうだったのです」
「……気づいてなかったのかよ。まあ、それよりもさっき叫んでたのって……」
「はい、私です。……ハッ!」
何やら再び思い出すと、和也の質問に答えたセラミーは、自分が助けを求めていたことを思い出した。その事に気がつくと、直ぐに和也の心の中に戻っていった。
「お、おい! どうしたんだ! つか、なんだ今の!」
急にセラミーが消えたことと(和也の心の中に入ったこと)そしてその戻りかたは、出てくる時みたいに、光の塊になって、スッと入っていったことの驚き。まるで幽霊が通っているみたいだった。
(奴が‥‥‥奴が来るのです!)
「おい、誰だよ。奴って。誰もいねーけど」
和也が周りを見渡すも誰もいない。何かしらの気配も感じなかった。冷たい風が和也の体に当たる。
(‥‥いなくなったのですか)
「そうなんじゃね?つか馴れねーな。この感覚。」
頭に直接言葉を話されている感覚。若干頭にキンキンと響く。
静かな住宅街に、一人ポツンと立っている。すると右手に何かあることに気がついた。
「‥‥なんだこれ?いつの間に‥‥‥」
いつの間にかに右手に、白いステッキを持っていた。
顔の近くに持っていって見ると、なんか可愛らしいと言うか、子供のオモチャみたい。大きさもそれほど大きくない、三十センチメートルを満たない。そして軽い。
先端と見られる所が少し丸く膨らんでいる。それ以外は特徴がない。
(なんですか?それ)
「気がついたら持っていて‥‥ん?なんだ?点滅してる?」
ステッキの真ん中辺に、赤く点滅している。少し盛り上がっているところから、ボタンっぽい。ずっと点滅している。押せと言う合図なのか。
「本当に何も知らないのか?」
原因があるとするならば、確実に心の中にいるセラミーというやつに違いないのだが、当の本人は「知らない」とのことで、解明できない。
(まぁそうですね~、こういうのは押すのがセオリーなのです)
「‥‥‥気のせいかも知れないが、楽しみにしてないか?」
(そ、そんなことないですよ)
心の中にいるといっていたが、その性なのかわからないが、感情を読み取ることができる。元々和也にそういった能力はない。これも影響なのか。ともあれ和也自身も気になっているのもある。
「じゃ、じゃあ。お、押すぞ~」
多少の迷いがあるが、好奇心には勝てなかった。押してください、と言わんばかりに点滅しているボタン。高まる気持ち。条件は整った。
左手に持っていた、牛乳入りの袋を一旦置いて、さぁ、押すぞ。というときにセラミーは思い出した。
あのステッキがなんなのかを。あのボタンを押すとどうなるかを。
全てはまだ学校に通っていた頃。既に不真面目だったが、うたた寝しながら聞いていた。あのボタンの意味を!
(まっ、ちょっ、ちょっと待つのです!それはおひちゃ、押しちゃダメなやつだったのでーす!!!)
突然心の中で大きな声を上げた、彼女の非情なる声は、
「え?あ」
和也の指には届かなかった。
和也はボタンを押した。いや押してしまったと言った方が正解なのかもしれない。この後に起きる出来事を考えれば。
和也がボタンを押すやいなや、押したボタンから、和也を包み込めるほどの光放った。突然目の前の景色が変わっていく。住宅街から電脳空間の世界へ。よくわからない文字、少なくとも日本語ではない。アラビア語に似ている文字が、和也を中心にしてドームのように大きく包み込む。
「お、おい!なんなんだよ、これは!」
(あ、あ~~~~~~)
「お、おい、どういうことだよ、大丈夫なんだよな?」
やっちゃった、みたいな声を挙げられても、和也にどうすることも出来ない。ただ、目の前に起こる非現実的な状況を見渡すことしか出来ない。
(べ、べベベ別に平気なんですけど、その、なんと言うか、あの、え~と、・・・)
なんとも煮え切らない答えに、和也の不安はますます募るばかり。おまけに心の中でセラミーが焦っていることも伝わってきているので、なおさらだった。
「お、おい!なんなんだよ、これからどうなるんだよ!」
(その、・・・が、頑張ってくださいなのです!)
「が、頑張れって、それどういう意味だよ!」
言葉の意味がわからない。少なくとも何を頑張るのかも。頭か理解しない。状況を整理できない。そして募る不安。
一切の情報がない。そもそもセラミーという存在自体がおかしな話だった。落ち着く時間が欲しい。
しかし、そんな時間を与えることはなく、頭上からアナウンスが流れてきた。誰かいるわけでもなく、そこに何かがあるわけでもないが。
〈契約内容の受諾を受けましたので、チュートリアルモードを起動します〉
※中に入る:セラミーが和也の心の中にいることを指し、この状態を「インフォームド」と言います。後にこの言葉が登場します。
簡単な説明でした。