序章
前回の「序章の序章」との繋りはございません。
別の視点の序章になります。
また今回は、ハイファンタジーが強めになっておりますのでご了承ください
「ムツー」
「はい」
「ダイ」
「はい」
「セラミー」
「…………」
その名前に反応するものは、いなかった。しかし珍しい出来事ではない。むしろ通常通り、と言ったところか。
「あの子は……、また、サボリですか、後で探さないと」
思わずため息を漏らす。彼女がサボるようになってから、三年も経っている。ごく稀に現れることもあるが……。
ただ、彼女は学校内にはいる。学校内のどこにいるかが、わからない。この問題児を探さないといけないのは、担任の宿命なのだから。
「まーた、授業サボって、そんなとこにいるんだからー」
「けっこう、気持ちいいのですよ」
木々が靡く。葉が一枚、また一枚と、穏やかな風が吹くたび下に落ちていく。
日当たり良好。安定性抜群。潜伏度高し。ここまでくれば、快適を通り越して楽園だ。
「で~も~、確かに気持ち良さそう」
「メールもこっちに来るのです。気持ち良いのですよー」
「マジですか。私もサボろうかな~」
「あんた、なに乗せられそうになってんのよ。全く、どうやってそんなとこに登ったのか。」
セラミーがいるのは、学校の外の校庭の端にある木の上にいる。丁度いい大きさの幹の上に座っている。高さは丁度、学校の三階ぐらいだろう。
「もう授業始まるから行くね」
「おっとっとそんな時間?じゃあ~ね~」
「頑張れなのです」
彼女自身も授業を受けなければならないのに、まるで他人事。
彼女は学校を窮屈に思っていた。それが彼女をこうさせた。
というのも彼女、セラミーは優等生だった。いや、歴代でも最高と言っても過言ではない。
セラミーが通う学校は、もといセラミーがいる世界の学校には、勉学だけでなく、魔法の勉強もある。
魔法は主に魔族の召喚した魔物と戦うために用いられる。セラミーは勉学、魔法共に優等生だった。
魔法に関しては稀に見る天才だった。学校では教師よりも魔法の才能がある。魔法を使うには、複雑な術式を理解したり、構成や性能の知識を理解してようやく使用できる。
だが、セラミーは何となくで、できてしまう。適当にやっても使用できるのだ。複雑な術式も一度見れば理解できた。そのゆえに天才と呼ばれた。
その事については別に嫌でもなかった。むしろ気持ちがここまで良いときもあった。だが、学校の先生たちは彼女に高い期待を持っていた。自分の学校から天才が輩出されれば株が上がると思ったのだろう、彼女に過度な期待をしていた。
彼女を見る目が、期待から願望に変わっていった。学校の株を挙げると言う願望に。特に地位が高い先生からだ。
セラミーは、そういう目で見られていることに嫌悪感を覚えた。学校の良いように使われそうで嫌だった。普通の生徒として扱って欲しかった。それは、生徒にも同じことがいえる。一度学校に来れば、学校中でざわついた。それらの対応もめんどくさくなった。
だから、授業をサボるようになった。不真面目ならそういう目で見られなと思ったから。幼いころからの友人で先程話していた、メールとレイチェル以外とは、あまり関わろうとしない。少なくとも同学年には彼女たちだけだった。
(…………気持ちいい風なのです)
暖かい風が木々を少し揺らす。絶妙なバランス感覚で落ちたりはしない。
学校の事を考えても嫌気がさす。だから、この暖かい風に流れに身を任せるかのように、力を入れずただ伸び伸びするだけ。
今はこれでいい。このままでいたい。先の事を考えることを捨てた。今が気持ち良ければそれでいい。
「………………………」
段々眠くなってきている。寝るための全ての条件が揃っている。場所といい、環境といい。彼女の思考は停止し、そのまま目を閉じた。
「コラーーー!!そんな所で何をしてるーーー!!」
「!?」
閉じていた目が一瞬にして解放した。いきなり怒りの声を聞き、思わずバランスを崩して落ちそうになるも、持ち前のバランス感覚で何とかカバー。
木の根元を見れば、数人の教師たちが集まっている。
「早く降りてこーい!」
一人の教師が怒鳴り散らす。顔を真っ赤にして。
ただここで素直に降りようもんなら、ゲームオーバー。数々のサボりによって、どうなることやら―――。
なぜこの場所が、ばれてしまったのか。そんなことよりも、今はこの場を何とかしなければならない。
だが、セラミーにも秘策があった。それは…………
「テレポーテーション!!」
右手を胸にあて、魔力を注ぎ込む。目を閉じて、頭の中で場所を想像し、魔力が注ぎ終わると同時に、目を開ければ―――。
「なっ!………くそっ!逃げやがったか………」
セラミーがいた木の上には、誰も居なくなった。
テレポーテーション 目を開ける直前に、頭の中で想像した場所に瞬間移動できる魔法。ただし一度その場所に行ってなければ発動しない。
そしてセラミーが頭の中で想像したのは―――
「ふぅ、ここに来れば安全なので――」
「どこが安全だって?」
「!?」
薄暗い室内の中に、ボールが沢山入った籠がいくつかあり、跳び箱だったり、マットレスだったり。移動したのは、学校の敷地内にある体育館の倉庫だった。
この時間に授業が行われていないことを知っていて、なおかつ、この時意外にも追われたときに、逃げ込んだ場所だったのだが、それが仇に出た。
移動を終えるや否や、待ち構えていた。あたかもここに移動するのを知っていたかのように。そして待ち構えていたのは担任だった。
「な、なぜ……この場所を」
「毎回同じ手が通用するとでも!」
先生たちに追いかけられるのは、これが初めてではない。その都度テレポーテーションを使い、この場所に逃げ込む確率が高いことを先生たちは知っていた。いや、目撃情報を聞いた、といった方が正しいかも知れない。
「さぁ観念しなさい!」
「あぅ………」
テレポーテーションは一度使うと、しばらくは使えなくなってしまう。いくら天才のセラミーでも、この副作用はどうすることも出来ない。
体育館の倉庫の出入口は一つだけ。しかしそこには担任が待ち構えていて、突破は難しい。窓は一応あるけれども、高い所にあり直ぐには出れない。もたもたしてたら直ぐ捕まってしまう。
(こうなったら………あれを使うしか――)
セラミーには奥の手がある。ただそれは一度も使用したことがない魔法。そして効果も不確定。そんな博打をここで使うのか……。
「さぁ、大人しく教室に戻りなさい!」
担任がセラミーに近づく。最早やるしかない。
両手を挙げて叫んだ。
「テレポート!!!」
「なっ! そんな魔法を!」
一瞬にしてセラミーの姿が消えた。魔法は成功。
一日に一度のみ。多くの魔力を消費し、使える者は数少ない。それがこの「テレポート」だ。テレポーテーションと大きく異なる点はただ一つ。
「あの子……あんな魔法を…………」
担任はただただ驚きを隠せず、立ち尽くすだけ。教師の中でも使える者はいなかったはず。これが天才と言われる所以なのか………改めてそう感じた。
「ふぅー、成功なのです」
シュンと音をたて、転移した。その場所は………。
「…………どこですか?ここは」
薄暗い洞窟の中。最初は、そう思った。ただ、学校の近くに洞窟なんて物はない。
テレポーテーションは想像した場所に移動出来るが、テレポートはランダム。自分のいる場所から、半径五キロ圏内のどこかにだ。
「とりあえず、歩いて―――ん?」
物怖じすることなく、歩こうとした時だった。足に何かがあたったのだ。それを手に取ってみると、それは白い丸形のカプセルだった。
「とりあえず、持っとくのです」
そのカプセルがなんなのかが、わからない。それでも一応ポケットに入れることにした。ポケットに入る程の小ささだった。なにやらボタンみたいなのがあるが、暗くてよくわからなかった。
再び歩き始めようとした時に気がついた。なにやら光っている。遠くない。むしろ近いところで。それを目掛けてセラミーは歩いた。
「………これは?」
光っていた正体は小さな泉だった。薄く七色に光っている。
「水? なのですか」
丁度喉が乾いていた。しかしながら、七色に光っている水を口に入れるのは、さすがに躊躇いはあったが、喉の乾きが、それよりも上にあった。
セラミーは泉に近づき、七色に光っている水を掬う―――。
「あれ?………ってヤバイのです!」
掬うことができなかった。つまり水ではない。それでも手は貫通した。しかしながら、水だと思っていたセラミーは、掬えることが前提だったため、前のめりになっていた。そしてそのまま―――
「ギャアアアアアアアなのでーーーーーす!!!」
落下していった。
普通の泉ならば底があるはずなのだが、ましてや七色に光っている泉なので、普通な訳がない。そのままどんどん落ちていく。
ただ、不思議なことに、落下の空気抵抗がない。落ちていくよりも、沈んでいく不思議な感覚だった。
「………っおお」
思わず声をあげてしまうほど、綺麗だった。元々薄く七色に光っていた表面だったが、中はというと、幻想的な七色になっていた。
場所もわからない、状況もわからない。しかしながら、心地よい。ずっとこの場所にいたいと思ったほどだ。
「………えっ?」
しかしながら、その時間は直ぐ様終わりを迎えた。
景色は一気に変わり、灰色に。沈んでいく感覚から………
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
落下していきましたとさ。