キミのマイナスは、誰かのプラスになりうる
地の文を書くのが苦手です。全部会話で終わらせたいくらい。
朝食を終えるなり、アルバは執務室へと俺を連れていった。アルバは持っていた錫杖をドア前に立てかけ、執務室の扉を開く。執務室はアルバの仕事場らしく、机と、書類の束と、膨大な本棚と、いろんな連絡端末と、その他よくわからない器具がごろごろ転がっていた。
「手続きはすぐ済むよ。この端末が使いやすいかな。これを使ってキミの情報を登録してくれる?」
アルバがスマホに似た端末を渡す。というかほぼスマホそのもので、慣れた動作で使うことができた。画面のガイドに従い個人情報を入力する。
「ええと、全部入力したけど、これでいいのか?」
「あ、はいはい。……うん、大丈夫。あとはボクが登録しておくよ。夜には、キミの使うことができるツールをすべて渡せると思うから、楽しみにしていてね」
登録が終わったあともそのまま少し待つように言われ、何かの書類にサインをするアルバを見つめていると、ドアの外からベルが鳴るのが聴こえた。
「どうぞ」
静かな空間にアルバの声だけが響く。ゆっくり開いたドアの向こうから、カケルの姿が現れた。
「こんちは!フォルテフィア国民カケル、ただいま参上しました!」
「はい、こんにちは。来てくれてありがとう。ドアは重くなかったかい?」
「杖置いてあったんで、借りちゃいました。そしたら全然大丈夫でしたよ!」
「そう、それは良かった」
アルバが自分以外と喋っているのをじっくり見るのは、これが初めてだ。なんとなく、新鮮だった。
「さて、カケル。早速で悪いけど、昨日お願いした通りシュウイチを商店街まで案内してあげてくれるかな?」
「お安いご用です!よーし、じゃ早速行こうぜシュウイチ!」
「えっ、あ、ああ、うん」
カケルが俺の背中を押して急かす。部屋を出るとき、アルバが「いってらっしゃい」とにこにこしながら手を振っているのが見えた。
さっそく商店街にたどり着く。さぞいろいろなものが売ってある店が混じりあって大量にあるのだろうなと思っていたのだが、それは大分想像と違っていた。
「ここが、フォルテフィア商店街!どう?賑やかだろ?」
「ええと……、どこからどこまでが、商店街だって?」
「だーかーら、こっちの端っこから、あっちの端っこまでが商店街」
そう言うカケルは、何十にも並んだアーケードの入口を指差す。まるで、電車の線路みたいだ。いや、アーケードの入口ならトンネルの方が近いか。とにかく、商店街の入口が横並びで大量にあるのだ。
「広すぎてびっくりした?」
「ああ、ちょっとな……」
「ええと、日用品とか食い物を買いたいんだっけ。それなら、あそこの『②eat(食べ物)』って書いてあるとこと、『①life(生活必需品)』って書いてあるアーケードに入ることになるんだ。……習うより慣れろ!さっそく行こうぜ。中にはさあ、アーケードごとに同じテーマで店ごとに違うコンセプトの小売店がいっぱい並んでて……」
カケルは駆け出す。そのとき、カケルの足音と共に、妙な金属音がすることに気付いた。
「……なんか、変な音がする」
「変な音?どんな?」
「えーっと、金属音?みたいな」
そう言うと、カケルは笑って言った。
「ああ、それ俺の足だよ。小さい頃事故に遭って、左足が動かないんだ。今は補助具をつけて歩いてるから、その音だよ」
「あ、そう……だったのか」
「そうそう!もー、突然変な音とか言うからびっくりしたわ!ほらほら、早く来ないと置いてっちゃうぜ~」
「あ、ま、待ってくれよー!」
急いでカケルを追いかける。いや、洒落じゃなくて。……昨日、アルバは左目が見えないと言っていた。カケルも、左足が動かなかったのだ。あのとき、しまったと思ったのに、また繰り返した。そして痛感した。助けが必要な人が、わざわざ自分から『大変です助けてください』と余裕を持って言うわけないじゃないか。俺が、彼らがどんな悩みを持っているかわからないように、彼らも俺がその頼みを聞くような人間なのか、分からないのだから。またどこかで、あの声が俺を嗤っている気がした。無知で無力な俺を嗤っているのだ。……今、あの声を掻き消してくれるアルバはいない。適当に返事をしながら、ぼうっとしてカケルの案内を聞く。ふと気がつくと、カケルがじとりとした目で俺を見ていた。
「なあシュウイチ、お前さあ……話、聞いてた?」
「えっ、あ……」
しまった。やってしまった。俺はいつもこうだ。ひとつの悪い考えにぐるぐるといつまでも囚われて、次に進めなくて、それでこうやって失敗して、たくさんの視線ときつい言葉に責め立てられる。最初は優しかった人たちも、だんだん愛想を尽かしていく。この見るからに人好きな性格のカケルだってきっと、次はこう言う筈だ。『折角足が悪いのも押して案内してやってんのに、最悪なんだけど』いや、そこまで極端じゃない。きっとこっちだ。『……目の前にいるのに話聞かないって、ちょっとそれって失礼じゃんね?』そうだ。きっとそうだ。そうやって失望して、みんな俺から離れていく。ああ、ここでもそうなのか。だったらもう最初から出会ったりしなきゃ――
「シュウイチ、おーい、シュウイチ!」
カケルが声をかけながら肩を軽く叩く。その動作で我に帰った。が、言葉がうまく紡げない。謝らなきゃいけないのに。話聞いてなくてごめんって、謝らなきゃ。
「……あ、お、俺……」
「もー……シュウイチ、お前ってさあ」
え、何。なんだよ。何て言うつもりだよ?『お前ってさあ、ホント嫌になる』とか?『不愉快』とか?『死ねよ』とかか?
「ホンット、アルバが言ってた通りだな!集中力があるんだって褒めてたぜ!」
「え……?」
え、なに、どういうこと?カケルが、気遣ってる……わけじゃない、かな。なんか、めちゃめちゃ楽しそうだし……
「アルバがさ、昨日言ってたんだよ!『シュウイチは空想の世界に集中する力がある。彼が物語や仮説を思うままに書いてみたら面白いかもね。でも、その集中力が高すぎて、現実世界をうっかり忘れることがある。だから、そういうときはキミがこっちに引っ張って戻してあげて』って。どう?戻ったっ!?」
「あ、ああ。戻ったよ……ありがとう」
「やーりぃ!ワタルに自慢してやろっと!」
「え、ワタル先生に?」
「そうそう!……ワタルもさあ、研究とか、本読んでるとき、やたらと没頭するんだよな。違う世界にいるっていうか……。そういうときは俺が戻してて。でもこないだ『俺、何かに没頭してる人呼び戻すの上手いかも!?』って言ったらワタルのやつ『へー、じゃあ証明してくれるんだろうな?』って言うから。でもこれで今、俺の新たなる才能が証明されたからさ!こっちこそありがとな、シュウイチ!」
……意外、ワタル先生年に似合わず落ち着き払ってると思ったけど、そんな子供みたいな口喧嘩するんだ。
「あっ、俺、もしかして喋りすぎてる!?」
「いや、大丈夫……どうしたんだよ、突然」
「いや~、静かなのが好きって人もいるじゃん?シュウイチもそうなのかなって思ってさ」
「……喋るのが、得意じゃないだけで……、カケルの話は、聞いてて楽しいよ」
「マジで!?じゃあ、良かったー!あっ、なら喋り倒してもいいか!?あのさ、あっちの食料品店でお薦めのさ……」
「で、出来ればお手柔らかにお願いします……」
こうして、カケルと賑やかな商店街巡りをして過ごしたのであった。……アルバ、ワタル先生に続いて、信じられそうな人が、また増えた……と、思ってもいいのかな。『いいんだよ』と笑うアルバの声が聴こえた気がした。
何かができない人がいるから、できる人が代わりにやって、それが仕事という形になるんですよね。
福祉施設の支援員の資質も、利用者がいるから才能や資質として成り立ってるんです。
お店の商品を買う人がいないと商売が成り立たないのと同じですね。