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欠けていたモノ、必要なコトバ

第二話です。

今回はワタル先生いません。

その代わりシュウイチが大泣きします。

そんなシュウイチをアルバが膝枕してくれます。

第二話、お楽しみください。

「ここが談話室。ソファとテーブルと座敷があるよ、どれが落ち着く?」

広い談話室だ。天井が高い。その上、掃除が行き届いている。

「えーっと、じゃあソファで」

「ソファだね。じゃあ、こっちへどうぞ。ソファのクッションはすっごくふかふかなんだよ。うちの国の職人が長いことカモに頼み込んで、巣から分けてもらった、いらなくなった羽毛をもらって作っているんだ。素敵な話」

「カモにお願い……」

カモ相手に本気で交渉って、フォルテフィアって国にはアルバみたいなやつしかいないのか?いや、そもそも動物と喋れる文化圏なのか……?

「カモ語喋れたのかな……」

「ううん。言葉は通じていないよ。だけど、カモたちが何を求め、どういう暮らしをしてるか観察して、彼らが厳しいとき、苦しいときにそれを助けてあげたらしいんだ。……そうしたら、カモたちの方が、お礼に羽毛を置いていってくれたんだって。それを何年も続けて、今ではその地方の特産品さ。この話はボクのうちの子自慢エピソードでも、トップの方に入ってるよ」

「うちの子?」

「うちの子。国民のことだよ。さ、飲みものは何が好き?コーヒー、お茶、ジュース。水、お湯。いらないでもいいよ?」

「えーっと……じゃあ、水で」

「水だね、わかった。水が好きなのかい?」

「いや……、俺のいたとこ、水がおいしいって有名だったから。他のとこのも飲んでみたいなって……」

「そうなんだ。ボクもキミのとこの水、飲んでみたいなあ」

「機会があれば、持ってくるよ」

「ふふっ、ありがとう。さ、お水だよ。どうぞ召し上がれ」

アルバに差し出された水を飲む。それはどこか懐かしい味がした。

「あ、どーも。……うまい」

「ありがとう。キミが倒れていた森の奥に、綺麗な湧き水があるんだ。森の下には地下水があるから。そこの水を汲み上げて利用しているんだよ」

「へえ……、地下水の汲み上げか。俺のとこもそうだった」

「文化が似ているんだね。なんだか嬉しいな。……さて、シュウイチ。そろそろ本題に入っても大丈夫かい?」

「ん、ああ」

「キミが、これから生きていく力をつけるために、ボクはいろいろなものを用意するつもりでいるよ。食べ物、着るもの、住むところ。だけどそれだけでは足りないんだ」

「足りない、って、何が?」

衣食住が保障されてしまえば、もう足らないものなんてないだろう。

「……考える力。自分自身とその価値観を愛し、その理想に従って動く力と言えばいいのかな。これはあくまでボクの見解だけれど、自分が何を好きで、何が嫌いか。自分はどんな考えを持っていて、誰と、何をして、どんな風に生きていたいかを知っていて、やりたいこと、やりたくないことを決める。そういう風に、自分の心で素直に動くことが、今のキミには足りていないように見える」

グサリと図星を突かれた気分だ。……他人の評価や視線に振り回されて、自分の気持ちなんか出せてこなかった。だけど周りもみんなそうで、そうじゃないヤツはこてんぱんにいじめられ潰された。だから、本当にやりたいことや言いたい気持ちは抑え込んだ。そういう世界で20年も生きてきて、すっかりそれがクセになった性格の悪い自分を、こんな短期間で見抜かれていた。顔から火が出る思いだ。

「……お、俺は……」

でも、じゃあどうしたら良かったんだろう。俺のせいじゃない。アルバだって、俺と同じ環境で育てばきっと俺みたいに醜く歪んだはずだ。コイツはきっと王族の、金も容姿も人望も最初からあった恵まれた環境で育ったから、こんな風に言えるんだ。王族にさえ生まれれば、生まれただけで祝福されて、両親も揃ってて、養育費や教育費の心配なんていらないに決まってるんだから。そう、それに見るからにひとりっ子だろ?兄弟がいても性格がいいに違いない。親も非の打ち所ないくらい性格がいいんだ。だから、人と比べられたりせず、十分な教育受けて来られたんだ。アルバは。俺と違って。ソファに座ったままそんな風にぐるぐると頭を回していると、アルバが目の前にひざまずいて、俺の耳を塞ぎ、額を合わせた。

「シュウイチ。また、キミの中の声に囚われているね。キミが綺麗だと言ってくれた、ボクの声をよく聴いて。ボクはキミを攻撃しない。ボクはキミの敵ではない。キミのことを、悪く思っていない。キミの優しい心を知っている。そんな優しいキミが今、渦巻くとても辛い気持ちのなかで、必死に頑張っている。誰もキミなりの頑張りをわかってくれない中で、本当に頑張ってきたんだ。でも、ボクの目から見て、そろそろキミは限界だ。医者であるワタルも休んだ方がいいと言ったのを、覚えているかい?キミの心は今、必死にSOSの悲鳴をあげているんだ。だからキミは、見えない鎖にがんじがらめになったキミ自身の心を、助けてあげなくちゃいけない。だけど、それをするにはあまりにもキミは弱りすぎている。まずはキミ自身が、外からも内からも癒されなければいけない。ずっと一人で戦ってきたキミは、他のいつでもない、今、ゆっくり休まなければならないんだ」

アルバの言葉一つ一つが、心のどこかに刺さっていった。長い間ずっと、こんな風に言ってほしかったんだ。気がつくと、一滴、二滴と涙が溢れていた。

「今まで、本当に苦しい気持ちの中で、たった一人でずっと頑張ってきたんだね。もう、キミは休んでもいいんだよ。そして、キミはキミ自身のことを、ぜんぶ一人でやらなくてもいい。キミが苦しいときは、ボクがキミのことを手伝う。キミを助けたい人が、ここにいるよ」

その言葉で、張りつめていた最後の糸が切れた。わんわんと年甲斐もなく大泣きする俺の頭を、アルバの手が撫でていた。

「……シュウイチ、キミは自分にできることは何もないって思っているのかもしれないね。……でもボクは知っているよ、キミが、ボクやワタルにありがとうと言えること、自由に言葉を話せること、なにかにぶつからず歩けること、まっすぐ歩けないボクを手助けできること……キミが持って生まれたギフトが、ボクの目にはたくさん映っているよ。……キミがどんな風にそれを使いたがるのか、とっても楽しみだね……」

こうして俺は、療養という名目で、しばらくの間フォルテフィアで過ごすことになったのだ。


涙に暮れる俺を膝枕状態にしたアルバが、俺の髪を撫でながら出し抜けに言った。

「ねえ、シュウイチ。キミは、どんな景色が好き?」

「え……ええと。……アルバは?」

「ボクは、夕焼けの空が好きだよ。水色と茜色が混じったオレンジの光に、赤い真ん丸が浮いている。そういう風景を見ると、故郷を思い出すんだ」

「……故郷?アルバは、ここの出身じゃ……」

「うん、ボクはこの土地の出身だよ。ところで、キミの好きな景色は思い出せたかい?」

「あ……あー。そうだな……」

好きな景色、か。熊本城を見たりするのは好きだったけど、でもそれって、城自体を見てたわけじゃなくて……

「水……かな。俺がいたとこ、城の周りに堀があったんだ。井戸とかも。噴水とかも結構あって……水と共に育った、って感じだ。だから、水がある景色は、好きってか、落ちつく……かもしれない」

「水かあ。なら、城の一階に、窓から噴水と庭用の水路を臨める部屋があるから、そこをキミに使ってもらおうかな。どうだい?」

「ああ、それは、とても助かる。ありがとう。……でも、いいのか?」

「何がだい?」

「休んでいい、って言われても、俺、何ができるかも、どうしたらいいかもわかんないし。……回復にいつまでかかるかだってわからない。そんな、先が見えない上、素性も知れないヤツ……いつまでも置いとけないだろ。お金とか、かかるだろうし……」

アルバの眉がピクリと動いた。それを尻目に、この際だからと不安要素をぜんぶ雰囲気に任せて吐き出してしまう。アルバなら受け止めてくれるんじゃないかと、甘えているんだ。そんな単純で現金な自分に少し嫌気が差した。はじめはアルバのこと、苦手に思っていたくせに。

「心配と不安で、心が占められているんだね。大丈夫。特にお金のことは不安でいっぱいみたい。まず、金銭的なことから説明してあげるから、そのままゆっくり聞いてね」

アルバは頭を撫でる手を止めない。その手つきは優しく、小さい頃に風邪を引いたとき、母親にしてもらったような感触と同じだった。……いつからだったんだろう、風邪でも引かないと頭を撫でてもらえなくなったのは。

「キミにはこれから、うちの国の滞在許可証を取ってもらうよ。とりあえず最長の6ヶ月間で申請するけれど、キミの治療がそれより長くかかるなら、また申請し直そう。許可証の手続きは、明日に行うよ。今日はいろいろあって、キミも疲れちゃったろうから。手続きを終えれば、キミはその日から入国者用の保障が受けられる。うちの国では、基礎的生活保障と言って、国内の長期滞在者……主に帰化や永住目的の子達だね。それと全国民に向けて、1か月につき10万の所得を月初に渡している。昔は7万からスタートしていたんだけど、今は国全体の益が上がってね。ひとまず十分な所得を渡せるようになったんだ。キミは6ヶ月、療養目的で滞在という申請をするから、長期滞在者向けの手当てを受けられることになる。……ここまで、分かるかな?」

「ああ……、なんとか。とにかく、明日手続きすれば、一月10万は受け取れるってことか」

「そういうことだね」

「………………」

「なにか、不安があるかい?」

「ここの物価とか、王宮の家賃とか、医療費とか……、今日はアルバが出してくれたって聞いたから、それも返さないと……、でも、国から貰ったもんを王宮に返すって、じゃあ最初っから貰わなきゃいいんじゃないかって……、俺、そういうの貰う資格とか、本来ないんだし」

「ああ、ワタルから聞いたんだね。……貰う資格、か」

アルバは事も無げに言った。ただ、アルバが考え込んだので、もしやそろそろ深い話になるのかな、と身体を起こす。

「シュウイチ、経済の話は得意かい?」

「……あんまり得意じゃないかな」

金とか経済とか政治の話に興味持つとか、一部の特権階級以外がやると痛くてダサくて引かれておしまいだし。それでも俺一人延々と興味持って考えたところで、何も変わらなかったし。まあ、アルバは王様だから、引きゃしないだろうけど……。

「ボクもそんなに上手じゃないんだ。でも、シュウイチが不安な以上、お話はしないとね。……実はね、ボク、お金を遣うのが、すっごくヘタなんだ。だから、気がつくと貯金がいっぱいって感じになってて……。大昔に『ボクのお給料、余ってるからぜんぶ国庫に入れていい?』って聞いたら銀行のトップを任せた子にすっごく怒られてさ。『国のために使いたいなら、お金がないけど使いたい人に与えてください、そうすれば経済は回ります。貴方よりお金の使い方が上手な人はいっぱいいますからね』って。ボクが一人で使い道を考えるより、他の人に使って貰った方がいいみたい」

「それはまた、スケールの大きい話で……」

「でね、そのあと、銀行のトップの子……ケインって言うんだけど。その子が『投資』って考え方を教えてくれたんだ。自分の持ってるお金の余った分を、他の人に遣ってもらう考え方。失敗するとあげた分は自分の手元からなくなっちゃうけど、成功したらあげた分は戻ってくる。そういう約束をして、他の人にお金をあげるんだ」

「ああ、投資ね……」

それが俺となんの関係があるんだ。

「それがね、投資が成功した場合、あげた分が戻ってくるだけじゃないんだ。投資が成功するってことは、誰かがボクのあげたお金で成功したってこと。そしてそれは同時に、国の経済と何らかの文化の発展を意味する。……みんなが喜ぶもの、便利なもの、役に立つもの。誰かが欲しがってたもの。投資の成功は、それが国のどこかに出来たってことになるんだ」

そうか。一国の王からすれば、そういう結論に至るのか。投資って、投資したヤツとされたヤツだけ儲かるって思ってたけど。但し成功すれば。

「……だからね、シュウイチ。人への投資は、ボクの趣味なんだよ。今まで何人も投資してきたけど、優秀な子ばかりだった。たくさんの分野から優秀な子が育つほど、国はより良く、美しくなっていく。ボクの次の投資先はキミなんだ、シュウイチ。この国にキミという異分子が混ざることで、ボクの国にどんな風を吹かせてくれるのか、今から楽しみで仕方ない。つまりこれは純粋にキミだけのためにやってる慈善事業でなく、ボクのため、ひいては国益のためなんだ。そういうことなら、負い目を感じずに受け取ってくれるかい?」

「……なんか、凄い規模の話だけど。そういうことなら……」

「ふふっ、交渉成立だね」

「俺への投資、失敗しても知らないけどな。……失敗した金額の補填とか、できないぞ」

「大丈夫さ。キミがただ自由に生活するだけでも、国の消費は増え、経済は僅かながらも循環するから、補填は必要ない。ボクの目的が個人的な利益ではなく、国益である以上、この投資に成功も失敗もないよ。ボクが使えないお金をキミたちに渡して、代わりに上手に遣ってもらうことで、国全体としての利益が上がるのだから」

絶句。王様ってやっぱ、ワケわかんない人種だ……特に頭の中が。コイツ、お金のことを国の経済を回すツールくらいにしか思ってない。きっと生まれたときから、生きてきたスケールが違うんだろうな。

「まあ、唯一投資の失敗と呼べる方法もあるけど……」

「なに?」

「キミがこの国に関わる場所でお金を使わないこと。それこそ、全額貯金で国外逃亡とかね。だからボクはそうされないように手を打つよ。ボクからキミへの投資は、医療費の代替負担と家賃・水道光熱費の一定額控除。つまり、ワタルをはじめ医師にかかるとき、キミは無料で診療を受けられるし、城に住んで生活するのも基本的には無料。ボクが代わりにその分を負担する。おまけとして明日の手続き代、今日のご飯代もね」

「え?」

「つまりキミは明日から、ご飯を食べるほか、受け取った金額を一ヶ月単位で何にどう使うのか、常に考え続けなくちゃいけないってことさ!」

……前言撤回。ちゃんとした国だとか言ったけど、俺はとんでもなく疲れるところに来てしまったようです。

(次回へ続く)

第二話終了です!

前回から読んでくださった方、今回から読んだ方、ありがとうございます!

正直なところ、これは何ジャンルに放り込むべきなのか自分でもよくわかっていません。

非日常な舞台設定の日常モノくらいに思っていてください。

それでは第二話読了、ありがとうございました!

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