人生で初めて好きになる人に、今、出会った。
初めまして。
この度『熊本県出身の大学生・村上修一(21)が今よりほんの少し先、ファンタジーと科学が融合したタイプの未来世界で職質を受けるとこからスタートするタイプのどこにでもあるありふれたラノベもどき』を僭越ながら投稿いたします。
現代と未来の、似ているようで似ていない倫理観、思想、社会制度、技術の違いをお楽しみください。
「初めまして。ボクはアルバ。……ところで、ちょっとキミ、ご同行願えるかな?」
滑り込んだ井戸の底。暗い闇のなかに消えるはずだった俺は今、なんかきらびやかな人に職質受けてます。
「ええっと、まず、キミのお名前を聞いてもいいかな?あ、さっきも言ったけど、ボクはアルバだよ。よろしくね」
「はい……、姓は村上、名前は修一と申します……」
思い返すこと小一時間前。今日も今日とてスマホのニュース欄に映る『ゆとり世代』の文字と暗いニュースにウンザリしてました。そんな暗い大学生だった俺のちょっとしたストレス解消が、大学終わったあとに城をうろつくことだった。熊本城は市のど真ん中にあるから、普通に放課後でも寄れる。しかも広い。毎日何かしらイベントやってて、歩いてるだけでもそこそこ楽しい。結構な確率でくまモンにも会える。いや、もうアイツに関しては城じゃなくても会えるけど。どこでだって会えるけど。そういうわけで生粋の肥後っ子な俺は熊本城をうろついて日々のストレスから逃げていたんです。そしたら、いつも事故防止に塞いであるはずの井戸跡地が、何故か開いていて。『危ねーな……、いやでも、もうここから飛び降りるのも、いいかもな。もう、俺みたいに無能なゆとり世代の若者にとって、未来に希望とかないし……しかも俺、魔の1995年生まれだし……』なんて痛いニヒリストを気取っていたら、後ろを走る子どもにぶつかられて井戸の底へまっ逆さまですよ。いや、もういいんだけどさ。起きたことはしょうがないし。あの子たちが親とかこわい大人にすっげー怒られたり、俺が落ちたことがトラウマになってなきゃいいんだけど。俺なんかのせいで。
「『ムラカミ、シュウイチ』……ね。性別は?」
「どっからどう見ても男だと思います」
「人を見た目で判断するのはよくないよ。……キミは男の人なんだね」
そして、井戸に落ちたと思ったら、気がついたときには知らない森の中で、この人が目の前にいて。このどこかよくわかんない部屋に通され、机を挟んで向かい合って職質を受けているわけで……。なんか犯罪者になった気分。つーかさっきから手元で操作してるのは何?タブレットなの?タブレットにメモしてんの?いいのそれ?一応公的機関の人なんじゃないの?あ、よく見たらすげー美人。美形?中性的。ってか外国人?おかっぱっぽいけど金髪だし、目赤いし。なのにふっつーに日本語伝わるんだけど。……ていうかお前は男なの?女なの?そもそも何人なの?
「……アルバ?さんは、男女どっちなんすか?」
「どっちも。シュウイチ、年齢は?」
……呼び捨てかよ。てか『どっちも』ってなんだよ。いやいや、性同一性障害?じゃない、最近はLGBTって言うんだっけ?の人かもしれないしな。デリケートなとこだろ、触れないでおこう。いやでも海外の人なら聞いても大丈夫かな?オープンなイメージあるし。
「えっと……21です」
「21……と。あの森の中で何してたんだい?」
「えっ……」
そんなこと聞かれても、気がついたらあの森にいたし。俺、どこで何してたとか、知りようもないし。そもそもここどこかもわからんし。
「……それが、わかんないんです。俺、家の近所を散歩してたら、井戸に落ちて、それで気がついたらあそこにいて……」
「……ふむ。なにか、持ち物とかはある?」
そうだ、所持品!ここがどこだろうと、スマホさえあればわりかしなんとかなったりする!ええと、今持ってるのは……
「……あー、スマホだけ、か。これだけです」
「スマートホン……、なるほどね」
「あの、これ預かったりします……?」
正直異国っぽい地で使えるツールがなくなるのは非常に手痛いし心細いので丁重にやめていただきたいんだけど。知らない人にスマホ預けるとか個人情報流出的に考えて怖いし。ってかよく見たら圏外じゃねーか。あとでWi-Fi入るとこ探そ。
「ああ、いいよ。自分で持っていて。キミの大事なものでしょう?」
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。それよりも、身体に痛いとことか、違和感はないかな?」
「やー……、あんま、ない……と思いますけど……」
「それは何より。でも、万が一ってことはあるからね。このあと軽い検査を受けてもらうけど、いいかな?」
「え、検査?」
やべ、もしかして麻薬密売とか疑われてる!?いやいや俺普通の一般的な城好きの大学生です!怪しいものじゃないんです!!
「そう、検査。井戸に落ちたって言っただろ?見えないところに内出血とかあるかもしれないし、森の中で、虫や動物から病原体をもらってるかもしれないからね」
「あ、あーね!検査ってそういう!」
「……いったい何の検査だと思ったんだい?」
「や、それは、ええと……」
あー、あーねー。健康診断の方の検査ね!そっかそっか、なるほどねー。人を疑いすぎてたわ。人間不信だわ俺……。
「……キミは、結構治安の悪いとこから来たのかな。大丈夫。ここはそれなりに安全だから、心配要らないよ。ね?」
タブレットを机に置いたアルバという人が、両手で俺の手を取った。誰かに手を触れられるなんて、保育園や小学校以来のことだ。その手は妙に暖かかった。
「ここには、おいしい食べ物も、綺麗な水も、落ち着いて住むところもある。それでも困ったときには、ボクもいるよ。……だから、安心してほしいな」
「アルバさん……」
なんだか気恥ずかしかった。こういう空気は、むずがゆくて苦手だ。慣れてないもん、無条件に優しくされるのとか。裏があるんじゃないかなって勘繰っちゃうもん。
「……や、ありがたいすけど、いいすよ、そんな……。俺みたいなやつにそこまでしてくれなくても……」
「シュウイチ」
アルバはきっと目を吊り上げ、すぐに悲しそうにそれを伏せた。
「……この国ではね。人を大事にしないことは、最もよくないこととされている。国のルールとして決まっていて、みんな、それに従い日々暮らしている。だから、そんな風に自分を卑下して喋っていると、自分という人を大事にしていないと取られてしまうよ」
「あ、そうなんすか……」
へえ、いい国もあったもんだな、と他人事に思う。俺のいる日本社会じゃ考えられない。人を大事にしないことこそ正義みたいな風潮だらけだし。東京とか遠い都会では変わってきてるとか言われても、俺はしがない地方民だし。優秀な人材はみんな東京が吸い上げて、地方の田舎に残るのは爺さん婆さんと、地方文化に染まった若者、東京出るほどの度胸やお金、ストレス耐性ないやつらだけだし。そして俺も所詮その一人だし。で、いろんな社会問題が蔓延るけど、それを解決するための国の制度の恩恵を真っ先に受けるのは東京で、地方にそれが届くのは何十年後だし……。そんなとこで暮らしてきた俺に比べて、恵まれてるこの国のやつらってずるいよな。
「他人事じゃないんだよ、シュウイチ。キミは今、この国にいるのだから。今、キミに言った言葉も、これから話すことも、キミにも関わってくることなんだよ。無関心でいるのは、好ましくないよ」
そんな心を見抜いたようにアルバは言う。……こういう、心読んでくるタイプは苦手だ。汚い自分の心を見透かされるみたいで。こういう優等生みたいなのがいるから、そうなれない俺が悪者扱いされる。
「……少し、きつい言い方だったかな?嫌な思いをさせたのならごめんね。だけど、シュウイチ。キミをこのまま、放ってはおけないんだ」
どうしてそこまで言ってくれるのやら。出会ったばかりの、素性も知れない俺に。なにか裏があるんだろうな。そう考えたらひとつだけ思い当たった。
「それって……やっぱ、法律で決まってるから?」
言った後で気づく。我ながら馬鹿な質問をした。これでは『そういうルールに決まってるから仕方なくやってるんだろ?』と取られてもしょうがない。まるで俺が疑り深くて性格の悪いやつみたいじゃないか。アルバはほほえんで言った。
「ボクがキミを放っておきたくないから、放っておかないんだよ。……さあ、検査を受けておいで、シュウイチ。時を急ぐ怪我をしていたら、大変だ。そのあとにまた、ゆっくり話そう。またね」
俺はまだアルバの言葉に納得がいかなかったが、とりあえずは言われるままにその部屋を後にした。
部屋を出ると廊下だった。広い。シャンデリアとかついてる。花とか活けてある。絨毯敷いてある。何ここ、城?城なの?
「こんにちは」
「こっ……こんちは」
突如後ろから声をかけられる。え、誰?この黒髪眼鏡の人。あ、白衣着てる。検査とか言ってたし、医者?つか俺より若くね?さっきから、どいつもこいつも10代に見えるんだけど。ご立派な若者たちですこと……。やっぱ国がちゃんとしてると人って早く優秀に育つんだな。あーあ、いいな。
「ええと、ぼ……俺、ワタルです。シュウイチさんでいいんですよね?」
「え、あ、はい」
「検査室に案内するんで、どうぞこっちへ」
案内されるままに検査室とやらへ連れていかれ、身体の不調や最近の生活習慣を聞かれる。そして、驚いたことにメンタル面の不調まで尋ねられた。……精神科医なの?なら、身体検査の方に不安が残るんだけど。ってか若いし研修医じゃねーの?いやいや、外国に来てるっぽいし、日本の常識は通じない。……あれ、なんで言語通じてんだろ?
「うーん……身体はまあまあですけど、結構ストレスが溜まってる感じですね。今はよくても、放っておいたらあとがきついだろうな」
「えっ、そうすかね……、自分ではよくわからないんですけど」
「そうなんです。それが厄介なところで。サイレントキラーって知ってます?『目には見えないけど、身体を徐々に蝕み、気づいたときには死に至らせる』という要因の総称です。ストレスはそこに入るんですよ」
「へ、へえ……」
さすが医学系。話が小難しくてよくわからない。
「あの、わからないときはわからないって言ってくださいね。うまく説明できる人呼んだり、図にしたりしますから」
「えっ……そこまでしてくれるんですか?」
「僕はしますよ、この国で医者になった以上は。他は知らないですけど」
絶句。とんでもない先進国に来てしまったらしい。俺は日本に帰ったとき絶望しないでいられるだろうか。いやもう帰らなくてもいいんじゃないかな。あんなとこ。どうせあそこにいても破滅以外のエンドは待ってないワケだし。あっ、でも待てよ……?
「……ちょっと待ってください。そんなレベル高い医療受けるってことは、めちゃめちゃお金かかるんじゃ……」
そうだよ、俺財布持ってないしここの通貨持ってないよヤバイよ。ここの人ら超絶レベル高いっぽいし、俺こんなとこで稼げるかな。超絶無能なのに。コミュ力も手に職も一芸もついでに語彙力もないし、金稼ぐ能力ゼロだもの。生きていけないじゃん。
「代金なら心配いりませんよ」
「えっ?」
「貴方はこの国の民でないので、今は社会保障の適応外ですが。今回の件に関する費用は、王がプライベートマネーから出資してます」
「王様が……?」
「はい」
え、なんで見ず知らずの王様がそこまでしてくれんの。恐。俺、それを理由に影武者とかにされない?やだよそんなの。死ぬのとか怖いし。俺みたいな凡人がそんな風にスペシャルに死ぬワケないじゃん。もっと相応しいやついるって、俺以外で。
「え、見ず知らずなのに、なんで」
そう呟くと、ワタル先生は顔をしかめた。
「……アイツ、またまともに自己紹介しなかったな……、ええと、シュウイチさん」
「はいっ」
「あなたがさっきまで会ってた金髪のアレ……、アレが、このフォルテフィアの王、アルバです」
え、嘘。嘘じゃん。さっきまで俺を職質してた人が?てか王様?うっそ、めちゃくちゃ若かったよ?俺王様に手握られちゃったの?てかここフォルテフィアって言うの?どこそれ。聞いたことない。ポルトガル以上に知らない。ポルトガル名前とカステラとザビエルとサッカー強い以外ほとんど知らないけど。場所も知らないけど。
「……心中お察しします。外国から来た人ほど驚くんですよね、アレに……。それに、カルテ見る限り、あなたは特に抑圧の高い文化圏から来たようですからね……」
もうワタルさんしか信じられなくなってきた。まともにじっくり話聞いてくれる医者ってこんなに信頼感あるんだ。医者ってすごい。時間って大事。俺って単純。
「――そうなるとですね、シュウイチさん」
「はいっ」
「ああ、大丈夫です、身構えないで。……シュウイチさん、元の国に帰るにしても、ここに国民として残るとしても、ちょっと生活の基盤をですね、整える時間が必要だと思うんです」
「はい……」
凄いぞこの国。俺この人に一銭も払ってないのにこんな親身になってくれるぞ。しかも今後の生活まで心配してくれる。ていうか俺どうやってここまで来たかわからないのにいいの?こんなに待遇よくて。普通は不法入国の不審者扱いじゃないの?
「……どうですか、ちょっとストレス解消もかねて、この国にしばらく滞在しつつ、今後を考えてみては?」
「そう……ですね、出来たらいいですけど……」
「何か、心配が?あるのであれば言ってください。言いにくければ文字か手話でもいいです」
「あ、ええっと……、俺、財布落としちゃったみたいで、一文無しで……。帰るにも生きるにも、お金ないからなーって……」
「それは……ちょっと僕じゃ難しいな」
「ですよねー……」
だよなー。医者に金ないって愚痴ってもどうにもなんないよなー。あとは頑張れ、熊本平野の夏の暑さ(大体35℃くらい、高湿度による不快感がすごい)に負ける俺のサバイブ力。って、ワタルさんなに電話かけてるの?診察中ですよー?
「……よっ、アルバ。ああうん、僕もだ。……うん、シュウイチさんの話。そうそう……、資金面の生活援助はお前の仕事だろ?……ああ、そう。じゃそれ先に言っときなよ。……わかったわかった、話せて良かった。じゃまたな」
ピ、と音を立てて電話が切れる。え、この人らめっちゃ仲いいの?タメ口だし。つかお医者さんってタメ口使うんだ。そりゃそうか。ってか『話せて良かった』とか言ってたよね?電話で。恋人か彼女でもなかなか言わねーよ?彼女いたことないけど。
「シュウイチさん」
「あ、はい」
「このあと、またアルバが今後のことについて説明するそうなんで、案内しますね」
「ど、どうも……ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。身体に不調が出たら、また報告お願いします」
検査室を出ると、アルバがそこに待ち構えていた。
「お疲れさま、シュウイチ。ストレスが溜まってたんだって?……大変だったんだね」
「いや……、俺のいたとこじゃ、みんな、同じ感じだから。あんま大変って感じは……しないかな」
まあ、どう考えても異国の地に身一つで来てしまったこの状況よりは大変じゃない。俺こっからどうすればいいか皆目見当もつかないもん。ただただ流されてるもん。
「みんな、同じ……。そうか、そうなんだね」
「アルバ?……えっ、ちょ、ちょっと。なんで泣いて……!?」
「……ボクは悲しい。為政者として。同業者に、そんなにも民の心を蔑ろにする者が在ることが。……ごめんよ、王の涙なんて、如何なる民に見せるべきものではないよね。王は国家の象徴なのだから……」
思わずアルバに手を差し出そうとするが、そういや俺こんなときに渡せるハンカチのひとつも持ってなかった。そうこうしてるうちにアルバは涙をさっぱり拭い取り、切り替えてしまう。
「さ、シュウイチ。次の話をしようか。今は目の前にいる、キミのことが大事だもの」
あー、この人って王様なんだ。そして、王様ってこういうものなんだ。人のために泣き、人のために行動するような……。自分のいた社会では、王様はいないし、そういう政治家の存在なんて信じられなかった。……どんなに良い政策だとニュースが褒めそやしても、自分や家族の誰かが豊かになることも楽になることも、ちっともなかったどころか、生活は苦しくなっていくばかりだったから。アルバを見ていると、苦しい。自分の本来いるべきところには、こんなやつはいないから。……ここの生活に慣れきってしまったら、突如元の世界に戻されたとして、俺は絶望して自殺するかもしれない。気を付けなくては。だって、人生何が起こるかわからない。急に大地震が来たり、うっかり井戸に落ちたり、気がついたら知らない世界にいたりするんだから……
「シュウイチ」
アルバの声がする。王様なんだから敬語使わなきゃいけないよな、と思うと変な喋り方になった。
「あ、ああ……何、ですか?」
「今日はいろいろあって、疲れてるんじゃないかと思うんだ。だからこのあと、キミのこれからのことだけ簡単に説明したら、お風呂とご飯を案内しようかと思うんだけど……、なにか、希望はあるかな?個人のお風呂とか、露天風呂とか。シャワー派だったり、あとは食べ物のアレルギーとか好き嫌い、味覚過敏。あったら遠慮なく言ってね。もちろん、食欲がないとか、お風呂に入りたくないなら、それでもいいよ。キミの意思が一番だもの」
「えっ、いやいやいや!そんな、急にそこまでお世話になるわけには……」
あまりにも至れり尽くせりな言葉に遠慮すると、アルバはまた手を取り、真っ直ぐな目で言った。
「ワタルから聞いたよね。ボクはこの国の王だ。たとえ迷い込んだ民だとしても、それを見逃すわけにはいかない。……悪い言い方をすれば、ある意味、キミがうちの国に入れるほど信頼に足る人物なのかを観察してるとも言える。そして、こっちはボクの個人的な考え方なんだけど、せっかく知り合えたのだから、キミのことが知りたい。そして、生きる力を失いかけて弱っている命を、中途半端に見捨てたりしたくない。……伝わるかな?」
「ええと……」
なんか、ニュアンスは伝わるんだけど。正確に理解できているかはちょっと自信ない。つまり、雨の日に弱った捨て猫を拾うような感じ?窓にぶつかって気絶した雀やコウモリを放っておけないタイプの人ってこと?
「つまり、ボクがキミをおもてなししたいってことさ!……さあ、談話室に行こう。これから生きていくための力を、キミにあげなくちゃ」
アルバは俺の手を引いて、会議室へと歩を進めた……と、思ったとき。
「あ痛っ」
城の柱にぶつかった。……コイツ王様ってことはここ城だよな?で、この城で暮らしてるんだよな?何故ぶつかる。
「あはは、ぶつかっちゃった……ごめんね、キミも痛かったろう」
アルバは柱に謝り、ぶつかったところを撫でる。
「キミに傷をつけちゃ、キミと、キミを生み出した人に申し訳ないものね」
柱に本気で謝ってる。……変なやつだ。でも、多分、悪いやつじゃないんだろう。そして、こんなやつだから、この変な国の王様なんだろう。……でも、変な国って、本当にフォルテフィアの方なのか?俺のいた日本の方が、変な国なんじゃないのか……?いや、俺はまだフォルテフィアのこと全然知らない。ここが変な国かはそれを知ったときに判断しよう。
「お待たせ、ワタル。……ボク、今日は左目がよく見えていないんだ。だから、またどこかにぶつかるかもだけど……ちゃんと案内するから、よろしくね」
「えっ、目見えてな……そういうことは早く言えよ!」
「どうして?」
「……や、そしたらもっといろいろ、気遣いとかできたろ……?どういう風にしたらいいかは分かんないけど、言ってくれたら、どうにか……」
情けなく口ごもる俺に向かって、アルバは花のように笑った。
「ありがとう、ワタル。キミの優しい気持ちが知れて、とても嬉しい。そして、その気持ちをボクのために使おうとしてくれて、もっと嬉しい。……それじゃ、ボクの右側を歩いてくれると嬉しいな。キミが見えないと、キミにぶつかっちゃいそうだから。あと、他にも何かにぶつかりそうだったら、軽く声をかけてくれる?人でも物でも、ぶつかっちゃうのは忍びないからね」
「あ、ああ。分かったよ」
「ありがとう」
アルバはまた歩き出す。そういえば、森からここまで来るときも、馬車から足を踏み外したり、手を壁やドアに沿わせたりしていた。あれはきっと片目が見えなかったからなんだ。……それならそうと、先に言ってほしかった。それか、白杖とか眼帯を使って、悪い部分が目に見えるようにしててほしい。そうじゃないと、優しく気遣ってやったりできないじゃないか。(本当かよ?)え?(お前、アルバに言われるまで、どうしていいか分からなかったじゃないか。悪い部分が目に見えてれば、ちゃんと『シンセツにもカラダ悪いヒトのお手伝い』ができたのかよ?)……心の中の悪意がうるさい。……やり方がわからなくても、親切にしようとするのはいいことじゃないか。みんなそう言うじゃないか。(アルバのお陰で、『優しいヒト』が出来て良かったな、この偽善者。お前は所詮、弱くて強くてお人好しな、都合の良い彼を利用して自己肯定感を高めたいだけの、しょうもないヤツだ)……うるさい、うるさい、うるさい!じゃあ俺はどうしたらいいんだよ、どういう人になったら文句をつけられないんだよ……!!
「……シュウイチ?談話室についたよ、シュウイチ。……ねえ、大丈夫?苦しいの……?」
「……アルバ」
気がつくと、アルバが心配そうな顔でこっちを覗き込んでいた。俺なんかがこんだけ世話と手間かけてるのに、これ以上心配までさせちゃいけない。
「や、大丈夫……、ちょっと、考え事しててぼーっとしてただけ」
「……シュウイチ」
アルバは俺の顔を、その両手で固定して言った。俺より背は低いし、年齢も若く見えるのに、その炎のように赤い目はとても強くこちらを見据えていた。
「いいかい。よく聞いて。……今、ボクの目を見て。ボクの言葉だけを聞いて。キミの中にある声には、しばらく耳を貸さないで。……そうしないと、キミはぺちゃんこになって潰れてしまう。それはとても良くないことだ」
さっきまで頭のなかを占領していたナニカが、どこかに消えていくようだった。あれはきっと、自分の中に吹きだまった悪意の塊だ。
「……アルバ……」
燃えるような赤い目がじっとこちらを見つめている。これで左目が見えていないだなんて、とても信じられない。頭が空っぽになって、この場にそぐわないとても間抜けな感想が出た。
「……アンタって、綺麗な声してるんだな」
「ふふっ、ありがとう。……さ、部屋に入ろっか」
アルバはただ笑う。よく笑うヤツだな、と思った。それから、ありがとう、とよく言うヤツだと言うことに気づいた。……それが嫌な感じは、しなかった。
(次回へ続く)
まずは、お読みいただきありがとうございます。
星の数ある小説の中から選ばれた奇跡に乾杯をしたいところです。
さて、第一話はお楽しみいただけたでしょうか。
シュウイチはまだまだ未熟者ゆえに嫌われてしまうかもしれませんが、暖かい目で見守ってあげてください。しばらくは彼のパートが続きます。彼はこれから少しずつ本当の彼を取り戻します。
アルバについては、この時点で彼自身の物語はほぼ終わってしまっているので、あまり語ることがありません。便宜上彼といってますが、彼は『彼でも彼女でもない』ところだけ強調しておきます。
ワタル先生の話はまだ先になりますが、いずれ掘り下げたいですね。
それでは、第一話読了、ありがとうございました!