第一章1 7月23日
誕生日。それは、どこの誰でも、犬でも猫でも、下手をしたら星にだってある、めでたい日である。
中には、自分の誕生日がクリスマスなどの「お祝いをする日」と重なって、二つの日を同時に祝われたり、本来ならプレゼントを二つ貰える筈が日にちが重なってしまい一つしかプレゼントが貰えない、なんていう人もいるらしい。
だが、夕人に言わせれば「貰えるだけマシ」「祝って貰えるだけマシ」である。夕人は、物心ついた時から両親は他界しており、直ぐに父の兄の家に引き取られた。が、夕人は愛されなかった。
邪魔ものの様に扱われ愛情を注がれず、兄の子供とも差別され育てられた。
幸い、暴力や家事を全てやらせるといった虐待の類は無いものの、ただ無関心。視界にも映らない邪魔なもの。いっそ、虐待をされた方がマシというような扱いを受けていた。
だから、昔から夕人は孤独だった。
無論、友だちと呼べるべき存在も居た。虐めにも合わなかった。だが、やはり、幼い子供の心に関心を持たれないというのは耐え難いものがあった。
夕人は何度も家出をした。
ただ、探してもらいたくて。見つけて欲しくて。声をかけて欲しくて。だが、だれも迎えには来なかった。諦めて家に帰っても何も言われない。
学校で悪さをすれば「迷惑をかけるな」と、冷たく言い放たれた。
ならば何故、自分を引き取ったのか。
どうやら、両親が亡くなって、誰が夕人を引き取るかという話になった時、半ば強引に押し付けられる形で引き取ったらしい。
だから、父の兄からすれば単純に邪魔だったのだろう。
夕人が中学に入った辺りからご飯は作って貰えなくなった。だから、自分で作った。
高校に入るとバイトをして小遣いを稼いだ。
夕人の、今までの人生はこんな感じだ。
そして今日、7月23日が夕人の18歳の誕生日。
学校の帰りにコンビニによってケーキは入手済みである。ちなみに、好みは少し甘めなショートケーキだ。
既に、いつの間にか部屋着と化したゲームの初回購入特典のTシャツとシンプルなジーンズに着替えている。
部屋の中央に設置された円形のちゃぶ台の上には、コーラとケーキが置いてある。ちゃぶ台の、部屋の扉の反対側に腰を下ろした夕人は不意に、ニヤリと笑う。
「フフフ……これで準備は整った。自分の誕生日を祝い、食後のデザート兼バースデーケーキ味わおうではないか!」
ぼっち、もとい孤独丸出しの発言の後、歌を歌いだす。
曲名はもちろん「Hppy Birthday to you」だ。
「ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイディア、お~れ~。ハッピバースデイ……」
トゥ、と歌いながらやっと自らの身体が発光している事に気付く。
「?」
青白い光は燐光を散らしている。そしてそれは、徐々に、徐々に強くなっていく。
「なんだよ…コレ」
やがて、光は夕人の全身を包む。
夕人は、未だ状況を理解できずに戸惑う。これは夢なのかとも思ったが、自らが今みているものに妙なリアリティがある様な気がしてそうも思えない。しかし、夢じゃなければこんな現象有り得るのだろうか。
夕人は完全にパニックに陥っていた。自分の直感と、常識的な考え。その二つが、相反する答を出し、頭の中はごっちゃになっていた。
何もできず、意識はふと手元へ。無意識に広げられた掌を、グーパーグーパーと動かす。しっかりとした皮膚の感触。肉感。全て、慣れ親しんだ自分の手だ。発光している以外、何も変わってはいない。
心なしか、動かした部分が強く燐光を散らしているように見えたが、気のせいだろう。
すると、一瞬。掌が透けて見えた。
「……え?」
しかし、一回瞬いた時には、ただ光っているだけ。だがやはり、燐光は強く散っていく。掌は、どんどん色を失っていき、遂には再び透ける。それは直ぐに治る。が、また透ける。だんだんと、そのインターバルは短くなっていき―しゅぅん、という音と共に、夕人の手が燐光となって霧散する。
「う、うわああ!?」
そして、間髪入れずに、消えた手の部分が起点となり、腕、肩、気が付けば、脚の方も消えていっている。夕人の身体は、みるみる内に霧散していく。
「…何なんだよっ!」
頬を伝って流れた涙も、微細な青白い粒子となって消える。
しゅぅぅぅぅっん。
そして、長谷川夕人は誕生日の歌の最後のフレーズを歌う事無く、異世界へと旅立った。