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アヴェク・トワ  作者: 四葉&わたる
序章 冒険者
4/4

不器用な優しさ/お迎えに上がりました

「で、本当に一言もなく行っちまったんだな、あの機械馬鹿は」


昼間は人でごった返すこの通りも、

夜には独特の静けさが訪れる。


それは特に、この2年ほどの間、

頻繁に訪れていた少年がいないことで、

ある種の寂しさとなって押し寄せていた。


「お世話になりましたの一言も言えねぇのかよ、ったく」


機械油にまみれた工房には、

かち、こちと時を刻む針の音が大きく響いている。


「なぁ、リデア。

薄情なガキを拾ったもんだ」


部屋の奥、小さなデスクに置かれた

今は亡き妻の写真に語りかける。


彼女は3年前に事故に遭い、

あれ以来声を聞くことは叶わなくなった。


カーン カーン カーン……


時刻を告げる鐘の音が、

壁掛け時計から奏でられる。


8時丁度、鐘の音は8回。

時報が終わると、静けさが戻り、

静寂のなかにジッーー……という機械音が聞こえた。


いつもなら、騒がしい声が響いていた頃だ。

はは、我ながらどうも感傷的になっている。


『ふふふ。やだ、そんなに気に入ってたの?』


あー。俺もいよいよおかしくなっちまったか。

妻の幻聴が聞こえた気がする。


『大丈夫よ。気が向いたら戻ってくるわ』


「そりゃまた、気の長い話だな」


気が向いたら戻ってくる。

リデアらしい言葉だ。

前にどこかで言われた気もする。


『ねぇ、ゆっくり待ちましょうよ。

子供の成長ははやいものよ?

私たちが思うよりずっと、ね』


「っ!?」


脳内に電流が走る。振り返る。

そのフレーズには明確な聞き覚えがあった。

これは、幻聴ではない。


『そうだな、その日が来たら、

せいぜい笑ってお帰りを言ってやろう』


今度は俺の声だ。懐かしい記憶が蘇る。

そうだ、子猫を拾った夜のことだ。


『さて、じゃあしんみりタイムはおしまいね!

明日もお店、開けるんでしょう?』


笑みを含んだ、暖かい妻の声。

もう一度聞きたかった声だった。


もうからくりは分かっている。

部屋の隅、がらくたに埋もれた棚に向かう。


そうだ、たしか、

あの日の俺は、こう返したな。


「『あぁ、もちろん』」


一人分の、2つの声が重なる。

脳裏にはその後のリデアの笑顔が浮かぶ。


「……クソガキが。

生意気なことしやがって」


視線の先には古びたステレオ。

妻の愛したものであり、

手入れできるものがいなくなってから、

直すこともできず沈黙を保ってきた骨董品だ。


あの野郎、何時の間にやら直してやがったな。

ステレオの脇にあるのは、リデアの好んだ音楽、

そして日常を切り取った録音テープだ。


「あの機械馬鹿……」


テープを入れた箱には、

そこまで綺麗ではない文字で一言。


お世話になりました。


「帰ってきたら覚えてやがれよ」


床にこぼれた水滴は、

努めて見ないフリをした。






「随分と苦労しましたよ。やっと見付けました。

まさか国境を越え、央都に来ているとは、

考えもしませんでしたからね。ハルモニア様」


揺り椅子に座る小柄な少女。

その傍らには、宵闇に溶け込む、

スーツスタイルの男がいた。


「久し振りね、ジェルマン」


振り返ることなく、彼女は答える。

揺り椅子を見つめる細身の男は、

その口元に小さく笑みを浮かべた。


「ステラを行使されたのはやはり貴女でしたか」


「あら、使ってはいけない決まりでもあったかしらね?」


回りくどい問答は意味がない。

そのことを、ジェルマンは悟った。

この少女は敏い。時間をかけるのも得策ではない。


「これは失礼。お迎えに上がりました。

主さまがお待ちです。帰りましょう。……我が家へ」


揺り椅子はその主を失い、

月明かりの元、さびしげに揺れている。


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