双子の想いとその形
あれだけ猛威を奮った冬将軍も、
綺麗に撤退を決め込んだ3月の終わり。
よく晴れた星空を、
バルコニーに置かれた揺り椅子から
静かに眺める姉の姿が目にとまった。
「ハル、まだ夜は冷えるね」
その姿に声をかけながら近付いて、
タオルケットの上に揃えられた両手へ、
湯気をたてるマグカップをそっと手渡す。
「ありがとう、アル。いつもごめんね」
「謝ることじゃないよ」
同じ年の同じ日、同じ場所で生まれた、
僕より一時間だけ長生きな双子の姉は、
こうしていつも何かに詫びて生きている。
もう何度目かも分からないやり取りを、
それでも大切に繰り返して、僕は姉さんの横へとリビングの椅子を運んだ。
「いよいよ週明けだね」
マグカップを両手で包み、
ほうっと夜空へ息を吐いたあと、
彼女はそういって僕に振り向く。
「旅立ちの準備はできたかな?」
「ひとつを除いてね」
そういって自分の分のマグカップに口をつけて目を瞑る。
甘い温もりが心地よく体内を満たしていった。
この高く広い空の真下にあるのは、
大陸全土から優秀な人々が集まる央都。
そのなかでも特に将来を有望視された少年少女のみが入学を許されるこの学園。
そのさらに一部の、厳しい教育課程の中で認可されたものは、
学園公認の冒険者として、大陸のどこへでもいける特権が与えられる。
旅費や食費などのお金は全て卒業生らによる援助金で賄われ、
本来は複雑で厳格な審査を経て入国を許される3か国へ、通行証を見せるだけで気ままに往き来できる。
まさしく特権の名に相応しい資格だけに、学園の冒険者となるのは容易ことではない。
その冒険者の一人として、これから僕はひとつの願いを叶える旅に出る。
「そのひとつってなぁに?忘れないようにしてね?」
穏やかに流れる月夜の中で、
そう訊ねた姉の声は笑みを含んでいる。
「ハルに渡すものがあってね」
予め用意しておいた二つのロケットを取りだし、
パチリと開いて中に埋めた写真を見せる。
「約束しよう。例えどんなに離れていても、
僕たちはいつもいつでも、いつまでも一緒だよ」
写真に映るものは、
僕と姉さん、それぞれの姿だ。
「アル、いつの間にこんな写真とってたの?」
驚いた表情で、僕の写真を入れた方のロケットを受けとる彼女。
「央都に来てからということは間違いないよ」
僕らが故郷を捨ててから3年。
苦労したことも数え切れないが、
ここには姉を煩わせるものはなかった。
「そうね、あの頃はこんな風に笑えなかったわ」
そういってふわりと微笑む。
その雪解けのような笑顔を見ると、
僕はこの道を選んで正解だったと思える。
残る問題も、早急になんとかしなければ。
「私もアルにお返しをしなきゃいけないね」
タオルケットを肘掛けへ置き、ハルがそっと立ち上がる。
「僕は姉さんが元気でいてくれたら、それが一番だよ」
「それはお互い様だから」
悪戯っぽく笑った後、
ふと目を閉じて両手を胸に当てる。
まさか――
「形に残るものはあげられないけれど」
重ねた両手からほのかな光が漏れ出す。
「見逃さないでねアルフォンス。
これが私にできる、精一杯の贈り物」
光に包まれた両手を天へと、そっと掲げて。
「私たちが同じ道を歩めますよう」
そのあとに見た眺めを、僕は生涯忘れないことだろう。
央都を彩る星空を、その中でなお優雅に翔る一筋の光明。
人の心を打つほどに長く、尾を引く星の瞬きは、僕の心に強く刻み込まれた。
「……姉さん、今のは?」
「願い星。故郷の習慣も、たまには悪くないでしょう?
アルの旅が、実りの多いものになりますようにって願ったの」
儚い微笑みを浮かべた姉は、満足したようにひとつ頷いた。