機械を愛し、愛される者
いつも通り、すっかり昼の賑わいを見せる大通りを歩く。
活気がありながらも、さすがの治安の良さが自慢のこの央都の商店が立ち並ぶ通りは、
こうして完全に遅刻である学生の身一人で歩いても問題ないのが嬉しいところだ。
「ふわあ……」
思わず欠伸が出る。
劣等生の烙印を押されすっかりやる気などない授業ではあるが、
卒業を許されず冒険者としての資格を得られないのは不本意なので――
機械の国の少年は、今日も通学路をゆく。
「わー!にいちゃんどいてどいてー!」
「んあ? ってごふっ!」
「ああああああー! ごめんなさい!」
地面から数センチ離れて滑空するスクーターから、一人の少年が真っ青な顔で降りてくる。
「っててて……」
「にーちゃんあの、ごめんなさい! 怪我は?!
どこ?! 痛い?! ぶつかっ、あっ、えっと、どうしよう……ごめんなさい……」
「だ、大丈夫だから落ち着け……おー、いいの乗ってんな」
本来ならば15に満たない年齢の子供が乗る事は許されていない浮遊移動機。
各国から冒険者を目指すエリートばかりを集めた央都であるからこそ、
このような少年でも運転が許されているのだ。
「確か事故ったら親に連絡が行って、結構な額の罰金だったっけか。
んーでも運がいいな坊ちゃん。ぶつかったのが俺で」
「え……? にーちゃん、つーほーしないの?」
「ばっかだなあ、そんなことしねーよ。でもそうだな、
お前これ、整備に持ってってないだろ。それもきっかり『4ヶ月と1週間』違うか?」
にやりと口元を釣り上げて言うと、少年は目を丸くする。
「なんで?! なんでにーちゃんわかったの?!」
「ふっふっふ、実はにーちゃんはな、この大通りをまっすぐ行ったあの学校の生徒なんだ!
……好き勝手してたら教師に怒られて、すっかり落ちこぼれってことにされたけどな。
まー課題はちゃんとやってるし? 先輩後輩の困り事は対応してるから生徒からの信頼は結構あるし?
あとは卒業まで偉い奴らのご機嫌取りって感じなんだけどな。」
段々と声を小さく落としながら言って、ぽかんとしたままの少年に再度にかりと笑う。
「まーとにかく、にーちゃんに任せとけ! ただでコレ、直してやる!
あ、その代わり直ったら試運転兼ねて乗らせろよ。どーだ?」
「いいの?!」
「ああ。ここで会ったのも何かの縁、ってな! 家はどこだ? 案内してくれよ!」
言うや否や勢い良く頷き、移動機を手で押して駆けだす少年の後ろをついていく。
幸い課題のほとんどは先週片づけ、嫌みたっぷりに担当教師の机に提出済みだ。
残る問題はといえば今日の午後、この通りで武器露店を営むとある男と交わした店番の約束だが――
「電話一本入れてなんとか休ましてもらうしかねーな。普段使いこまれたおんぼろの武器整備ばっかで、 こういう機械をメンテする機会逃してちゃしょうがねえ! 機械だけに!」
少年ははやる気持ちそのままに、連絡用の端末へ指を滑らせた。
「で、本当に電話一本で休みやがったなこの機械馬鹿。」
その日の夜。
『色々と聞きたい事があるから飯のついでに顔を出せ』
という店主からの連絡を受けた少年は、男の前で正座をして反省の意を示していた。
「いやあいい勉強の機会かなって……おっさんも、いつも言ってるじゃん?
『一日とて同じ日はない。できることと目の前の新しいチャンスを逃すな』って……いって!」
男の拳がしたたかに少年の頭をとらえる。
「それはあくまでも義務を放棄せずこなした後での話だ! ……俺はな、お前とお前の技術を信じてる。
お前を落ちこぼれだなんて思った事は一度もねえ。だからこそな、
店番なんて言うのをお前みたいなガキに任せてるんだ。」
「おっさん……」
「まあ、今回のは轢かれたのに無償で修理までやってのけたお前の相変わらずの対応に免じて
この一発で済ましてやる。ああそうだ、直した移動機の写真、どうせまた大量に撮ってあるんだろ?
現像する前のでいいから見せてくれよ。どう修理したのかも付け加えて、な。」
不器用ながらも片目をつむってみせる男に、
少年は痛む頭をさすりながら満面の笑顔で頷き説明を始めた。
「まずオイルが風の妖精の涙と風石の粉を混ぜたやつでさー。
これがなかなか央都生まれ央都育ちの人間じゃ手に入らないやつで――」
それに感心したように頷きながら、
男はポケットに畳んで入れている簡素な紙を気づかれないようにそっと撫でた。
それは、少年を――学園公認の《冒険者》として認め、旅立ちを許可する旨が書かれた手紙だった。