-告白- 現実的な恋模様 前編
その日の朝はまるで一瞬であるかのように、眠りについたと思った時には既に朝がやってきていた。
大事な日の朝、彼の心情と言えば
(寝ていた気がしない・・。)
しかし、寝坊するわけには行かず二度寝は断念し行動に移す。
昨日のうちにデートに着て行く服は決めてある。山下を楽しませて、最後に告白をする!それだけだ。
薄々彼女の気持ちにも気付いていた彼だか、極めつけは金曜日の今井奈美の言葉。
鈍い彼でもさすがに気付く。
「これから友達以上の関係になるかも知れない。」
そう彼女に言われて、今日のデートはただ遊びに行くだけじゃないのだと改めて実感した。
(僕自身も遊ぶだけなんてそんなつもりは無いし、いや、もう僕じゃ無く俺だ。)
僕と言う自分も居れば、俺と言う自分も居る。思考によって変わってくるのだ。
何故僕じゃなくて俺なのかと言われると、深い意味は無いが今の自分を素直に出しているのは俺だと思う。
どちらの思考も自分であることは間違いないのだが、彼女を引っ張っていくと言う意思が強いのは俺の方だと自負している。
だからこれからは、頭の中で考える自分も俺で行く。そう昨日の夜決めた。
彼は告白と言う自分の高校生活における一大イベントを迎えることで、バスケとは違う成長をしていた。
待ち合わせの時間は十時。今は八時四十五分を過ぎたところで出かける準備は出来ている。
「さて、早めに向かうか。」
その声が聞こえたのか、彼の母親が玄関に顔を出す。
「今日は良い天気みたいだし、楽しんできなね。」
何しに行くかは聞かず、送り出してくれる。
「ありがとう。行ってきます!」
都心部に着くまでには一時間弱。余裕を持って待ち合わせの改札前へと着いた彼だったが、一つ肝心な物を忘れていることに気付いた。
(メモ忘れちまった。)
昨日のうちに、陽平と行く場所やオススメのスポットをまとめた手書きのメモを忘れていた。
現代人らしくスマホを使っておけば良かったのだが、彼らは何故かそうしなかった。
スマホのメモはいつでも見れるが、手元に残しておきたかったのだ。今日と言う日を計画した証を。
(すまん、陽平。さりげなくメモを取り出して、「予定は考えて来てるよアピール作戦」は失敗のようだ。)
待っている間、メモに書いていたことを思い出しスマホのメモ機能を打ち込んでいく。
一方、彼女は言うと。一之瀬達哉が改札前に着く五分ほど前から到着していた。
しかしどう声をかけて良いのか迷っていたら彼が到着し、かれこれ10分程経過していた。
(会う前から緊張してどうする私・・。)
手洗い場で身だしなみをチェックしてから、いざ彼の元へ。
「おはよう、一之瀬君。」
急に話しかけられたからか驚き、慌ててスマホをしまう。
「おはよう、山下。早いね。」
「遅刻しないようにね。一之瀬君の方が早かったみたいだけど!」
彼女の方が早く来ていたことは、恐らく彼女しか知らない。
「山下を待たせる訳にはいかないからね。」
さりげなくクサい台詞を言ってのけるのであった。
「じゃあ、早速行こうか。」
彼女も前日に今井奈美と今日のプランを考えてきている。
(奈美が言うには、男性が考えて来たプランを聞いてからの方が良いらしいし。まずは聞いてみないと。)
「どこに行くの?一之瀬君どこか決めてるところとかある?」
「そうだな、まずはお昼ご飯までに軽く動いてお腹空かせようかなと。ボーリングとかどうかな。」
「いいね、ボーリング。あの時以来だね!」
俺たちが初めてデートをした時に彼女が気を遣ってボーリングに誘ってくれたのが2ヶ月前のことだ。
むしろ他にすることを思い付かなかったのかと思われていそうと心配した彼だったが、彼女の笑顔にその考えは杞憂であったと安心する。
「よし、行ってみよっか!」
彼女にそう言われ、横に並び歩いて行く。まだ緊張が解れていないのか会話がいつのようには弾まない。
駅から歩くこと十分、よく見かけるボーリング場やカラオケ、ゲームセンター等が併設されている娯楽場に到着する。
「日曜だからか、人も多いな。」
「うん、やっぱり多いね・・。」
「もしかして、人混みは苦手?」
「ちょっと・・ね。視界があっちこっち行っちゃって苦手なんだ。」
バスケで鍛えられた動体視力が余計に彼女を疲れさせるのだろう。
「よし、ささっとボーリング場のある階に向かおうか!」
「そうだね。」
少し距離間のある歩き方。でも離れすぎない友人としての距離感。
「何ゲームくらいする?」
「この三ゲーム千五百円ってのがお得じゃない?靴レンタル込みみたい。」
「よし、そうしようか。千五百円って言ってもやっぱり税抜きなんだな。」
「やっぱり?」
「いやさ、ピッタリの額じゃないんだなと思って。」
「大体、こういうのって税込みじゃないのがセコイって感じ。」
笑いながら彼女がそう答えると、自然と俺も笑みがこぼれる。少し緊張が解れて来たかも知れない。
「靴を借りてっと。俺らの場所は四レーンみたいだ。」
そう言い席に向かい荷物を置いた後、互いに自分に合ったボールを探しに行く。
三十分が経ち一ゲームが終了した頃。戦いは均衡していた。
スコア百二十六対百二十二。
「中々接戦だな。うっし、買った方が昼飯奢りな!」
俺が勝ってもいきなりデートで彼女に驕らせる訳は無いのだが、ここはノリという奴だ。
「あ、自分が勝ってるからって!絶対負けないから・・!」
飲み物をお互い飲んで少し休憩を入れた後、二ゲーム目を始めた。
彼女は割とと言うか、かなり負けず嫌いだ。それは俺も同じだが。
(ボーリングは、ボールを投げて離す瞬間までが大事だ。離す時もピンの真ん中に行くように真っすぐだ。)
ブツブツと彼が言っているのが聞こえたのか、彼女はどこか可笑しそうに笑っている。
(思っていたよりも緊張しないで、楽しめてる。)
互いに身体を動かすことが好きなだけあって、話しも弾み楽しい一時を過ごす。
「早く投げないと、後ろから押しちゃうよ!」
「えっ!?」
彼女の一声に気を抜かれボールは真っすぐ進むどころか右に大きく曲がり、ピンは空しく一本しか倒れなかった。
「ああー・・、山下がいきなり声かけるからミスったじゃんか!」
「作戦通りっ。」
ガッツポーズの真似をしながら彼女は喜んでいた。それをみて俺も仕返しをするしかないと決める。
互いに足を引っ張り合い、スコアは伸びることなく均衡していった。
三ゲームが終わり最終的な結果は俺のスコアが十点上回る形で幕を閉じた。
「あー惜しいなあ。最後にスペアじゃなくてストライクだったら勝てたかもしれないのに!」
「山下も十分上手かったけどな。」
「勝者のセリフだね。悔しいなー。」
「そう言うなって。もう昼過ぎてるし、昼飯食べに行く?」
「そうだね、お腹空いて来たかも。」
十二時を二十五分程過ぎた頃。彼らは昼食を取りに駅の方へ戻っていく。
女性が好むお昼ご飯と言えば、パスタやリゾット系であると陽平から事前に聞いていた彼であったが誤算が一つ。彼女が前日にパスタを食べていると言うこと。
当然その事実を彼は知らない。ましてその情報を得ることは容易ではない。メールで聞いていれば別だが、毎次何を食べたかを教えあう友人は滅多に居ないだろう。
しかし悲しくも彼が言った言葉は、
「昼ご飯、パスタとかどう?」
彼がその言葉を言った瞬間、嫌な予感がした。まるで選択を間違えたかのような錯覚に陥る。
何故なら、彼女の反応が鈍かったからだ。
「えっと、実はパスタは昨日食べたんだよね!」
せっかく提案してくれた意見を無下には出来ないと言う彼女の気持ちの表れなのか、語尾を少し大きめにして答える。
「そ、そうか。じゃあ、食べたい物とかある?」
彼は自分のプランを崩れた瞬間焦ってしまう。相手に食べたい物を聞くという選択は正しくも間違いでもある。相手に委ねていると捉えられかねないからだ。
しかし昼ご飯でそこまで深く考えることは無いかのように彼女は即答する。
「じゃあ、ラーメン!」
まさかのチョイスである。麺系列で決めたことに対してもだが、デートでいきなりラーメンは大丈夫なのだろうか。そう考えた彼だが、そもそも彼女が食べたいのだから問題は無いと結論付けたのはラーメン屋に着いてからだった。
「だって、ラーメン好きなのにラーメン屋って中々入り辛いから!」
メニューを見ながら彼女が付け加えて来た。どうやら、彼女も少し気にしていたようだ。
「女性だけだと勇気いるよね。他に女性居るのかーとか。」
「あれ、一之瀬君詳しいね?」
「親友からいつも聞きたくなくても情報が入って来るんだ。」
佐伯陽平は休み時間、一之瀬達哉が暇をしていると話しかけにくる。その度、デートやら女友達と遊んで知り得ただろう情報を教えてくれるのだ。初めて役に立ったが今度は役に立つかも知れないなと彼は心の中で密かに思うのであった。
「仲良いみたいだね。」
「そうだね。良い奴なんだよ。そう言えば話を戻すけど、女性に人気のラーメン屋とかもあるらしいよ。ヘルシーなラーメンが女性に人気みたい。」
話をしながらラーメンを注文し、ラーメンを食べる姿をお互い見ていた。ラーメンを食べているところを見るのはお互い初めてのことだから。
「どうかした?」
不意に目が合ってしまい、思わずそう聞いてしまう。ここは無言でやり過ごすのが正解では無いかと自問自答した時には既に遅く口から出ていた。
「何でもないよ。美味しい?」
彼女も取り繕い別の話題へ持っていく。初々しい彼らの食事風景。
「ああ。俺もラーメン好きだからな。」
「そうなんだ!」
食事中に話すのは難しい。特にラーメンはゆっくり食べてしまうと本来の美味しさが徐々に失われていくからだ。美味しいものをゆっくり味わいたいのにラーメンと言う料理は難しいものである。
彼らの選択は間違いかのようにも見えるがお互いが食べたい物を食べるのもデートの醍醐味の一つであろう。好きな食べ物を知っていき話が弾んでいく。そう言った積み重ねが思い出を増やして行き、お互いの想いを募らせて行くのではなかろうか。
昼食を終え、二人は次の目的地へと向かう。