-想い- 彼らの感情、思惑
久しぶりの会話に盛り上がり、更に気温が暑く感じる。
朝から珍しく初瀬さんと出会い、山本の話で上がっていた。
「山本は相変わらずだなー。」
「そーなの、今じゃ山本くんが居ないとクラスが静かになっちゃうくらい。」
思い出し笑いなのか、和かに話してくる。
山本の顔や、一年の時のことを思い出して僕も笑う。
二人して朝から笑って、傍から見れば可笑しな人に見られるんじゃないだろうか。
夢中で笑っていたから、直ぐ横を通った自転車に気付くことは無かった。
それが、不幸か幸いか。吉と出るか凶と出るか。
「初瀬さんは、今度の夏休みに留学に行くんでしょ?」
「そうそう、短期留学ってやつ!もう時間無いから、焦って来ちゃって・・。」
「焦ってるの?」
「うん・・。だって、語学はいくら勉強しても本番でしっかり使えるか分からないし。」
「外国だしなー。俺だったら、生活に慣れるだけで一苦労かも。
でも、俺がバスケ頑張って来たように初瀬さんだって頑張って来たから訳だし・・!自信持って。」
「ありがとう。行ってみなきゃどうなるか分からないよね!」
「そうそう。それに、外国とか行ったことないし凄いよ。」
国際コースの3年生は、夏休みに外国へ短期留学するのだが、これは誰でも行ける訳では無い。
しっかり実力を認められれば、行き先が決まる。つまり、行き先が無いこともあるのだ。
「ちなみに、どこの国に行くの?」
「イギリスだよー。」
「ええ、まじ!?本場じゃん。」
「しかも、ケンブリッジなの!」
「おー、名前だけは知ってる!」
「流石にケンブリッジ大学に行くわけじゃないんだけど、憧れの街なんだー。」
「なんか、意外に心配してないんじゃない?」
「んー、そうかも?」
「なんだよ、さっきの焦りはどこに行ったのやら。」
不安もあるだろうけど、やっぱり初瀬さんにとっても初めての外国はどうやら楽しみの方が大きいらしい。
「でも、留学まで後二週間も無いからね。うかうかしてられないのは本当!」
「じゃあ、陰ながら応援してるよ。次いつ会うか分からないし、今のうちに言っとく、楽しんで来てね。」
「うん!ありがと。」
話をしている内に、高校に着いた。正門から入り真っすぐ、新校舎へと向かう。
下駄箱で、靴を履き替え、クラスの違う初瀬さんが遅れて合流。
「そう言えば、一之瀬くんは夏休みの予定はー?」
「塾に通い始めるか検討中なんだよね。受験もあるしさ。」
「塾!そっかー、もうそんな時期か。」
「初瀬さんは、通ってるんだっけ塾。」
「英会話のスクールには行ってるよー。」
「あ、やっぱりそうなんだ。」
三年生の教室は、一階にあるので階段に上る必要は無い。
下駄箱から、真っすぐ進み突き当りでお互い別れるが話は続く。
偶然にも、廊下には誰も歩いていなかった。
「てか、そうじゃなくて遊びの予定とか無いの?って聞いたつもりなんだけど・・。」
「あ、そっちか。今のところは無いかな。でも、バスケ部の奴らとは遊ぶかなー。」
「なるほどー。一之瀬くんってまだ彼女いないの?」
「まだも何も、いたことないけど。」
「意外、モテそうだけどな。」
一般的に、女性のモテそうという言葉を真に受けてはいけない。
所謂、初対面の女性に可愛くなくても、例えば面白い人ですねと少し焦点をずらしているようなものだ。
社交辞令と言う言葉が当てはまるかもしれない。
と、どこかの雑誌で書いてあったことを不意に思い出した一之瀬だった。
しかし、初瀬と言う女の子は、嘘は付かないタイプで、一度あったことを忘れない性格だ。
実際、二年前も一之瀬は忘れていたが初瀬は出会った日のことを覚えていた。
初瀬の一言は、本心であり一之瀬の評価でもあった。
教室の近くに着き、初瀬さんと別れの挨拶をしようと左手をあげた時だった。
「じゃあ、私が一之瀬くんの彼女に立候補したらダメ?」
目の前にいる彼女が、突拍子も無いことを言い出して僕は案の定顔を真っ赤にしていた。
そして、空を切る左手。無意識に手を下す。
「どうしたの、突然、こんなところで。」
廊下のど真ん中で、すぐそこには国際コースの教室があり、生徒の声がわずかに聞こえてくる。
「こ、こんなところで言うことじゃないのは分かってるんだけど・・。でも、突然じゃないよ!
だって、何度も一之瀬くんが帰る時間まで待ってたりしたし。いつも、バスケを頑張る一之瀬くんを応援してた。」
初瀬さんが、顔を赤くしながらも決意した目で僕を見ながらそう告げて来る。
僕自身、時間が合うはずが無い初瀬さんと一緒に帰ったりしたことを疑わなかった訳じゃない。
だから、僕は真剣に彼女の言葉の続きを聞いた。
「わ、私は、一年生の頃から・・ずっと・・。」
唾を飲み込む音を、鮮明に聞いたのは初めてかもしれない。もう既に周りは見えていなかった。
「あれー、一之瀬じゃん!めっちゃ、久しぶりだな。」
「え。」
その短い単語は、ほぼ同時に口から発せられた。
「なんだよ、初瀬ちゃんも一之瀬も顔を赤くしちゃってさ。とりあえず、おはよ。」
「や、山本か・・。おはよう。」
「山本くん・・、おはよう。」
「なんだよ、久しぶりに会ったのにテンション低いな。てか、そろそろチャイム鳴るぞ?」
「あ、もうそんな時間なんだ。じゃあ、一之瀬くんまたね。」
一瞬にして、態度をいつも通りに変えた彼女を素直に尊敬した。
「あ、一之瀬くん、あとでメールするね。」
「ああ・・。分かった。」
僕は、唖然とし、返事をすることしか出来なかった。
突然の第三者の登場に、場は一転しいつもの学校の雰囲気へと戻った。
僕は、まだ自分の心臓が高鳴っていることに気付いた。
彼、一之瀬達哉は初めて異性から思いを告げられかけたのだった。
一之瀬と初瀬が、廊下で話をし始める三分前。
自転車で登校していた山本は、何かいつもとは違うことが起きるような気がしていた。
直感で物事を判断し、口に出す彼はそう言った感が鋭かった。
少し速足で、下駄箱へ向かい教室へと向かう。
何か違和感を感じると思ったら、下駄箱の近くの廊下には誰もいなかった。
正確には、真っすぐ進んだ先に見覚えのある二人が立っていた。
久しぶりの再会に、思わずテンションが上がった山本は更に足を速める。
幸か不幸か、彼は初瀬の声を耳にする。
「いつも、バスケを頑張る一之瀬くんを応援してた。」
山本と言う人物は、悪く言えば軽い男で女性を外見で判断する奴だが長く一緒にいた初瀬に関しては、
外見以上に中身も好きになっていた。
だからなのか、彼女の一言を聞いただけで告白をしようとしていることをいち早く察する。
人の恋事情に口を出すことは良くないと分かっていつつ、彼は止まることが出来なかった。
今の関係が崩れて行く、そんな不安が彼を動かしていた。
二人で、国際コースの教室へと入っていく。
「ところで、何の話してたんだよ?」
「山本くんには、関係ないでしょ。」
いつも以上に強く言われたが、仕方ない。それほどのことをしたのだから。
恐らく、初瀬は一之瀬同様、山本の行動には気付いていないだろう。
一方、山本は下がった印象はこれまで通り時間をかけて取り戻して行こうと心に決めていた。
誰が正しくて、誰が悪いのか。何が良くて、何が悪いのか。恋愛と言うのは、その繰り返し。
三人の行動は、誰もが正しくて、誰もが悪い。
僕は、初瀬さんのことを考えていた。
いつも陰で応援してくれてたこと、帰りを待ってくれたこと。
高校に入って、初めて女の子と放課後遊んだこと。
彼女のさっきの言葉を、振り返っていた。
そんな、誰が見ても普通じゃない顔をしながら廊下を歩く。理系コースの教室が近付き教室に入ろうとドアを開ける。そこで、今日何度目かの僕を呼ぶ声が聞こえた。
「あれ、一之瀬だ。おはよ。」
「一之瀬君、おはよう。」
今井さんと山下さんが、気付けば目の前にいた。
「あ、おはよ。朝に二人と会うの珍しいね。」
二人は、顔を見合わせていた。僕は、首をかしげる。
今井さんが、山下さんに向かって肘をつつく。山下さんは、顔の前で手を横に振っていた。
僕が、戸惑っていたら今井さんから話しかけられる。
「実は、さっき自転車で一之瀬とすれ違ったんだけどさ。」
「あ、そうだったんだ。」
「そう、で、気になったんだけど。隣にいた女の子は誰?」
「え。」
気付かなったことに関して、謝ろうとしていたのだがそんなことを聞かれるとは思わなかった。
「あの子は、国際コースの初瀬さんって子。一年の頃一緒のクラスでさ。」
「国際コース・・、そう言えば一年の時はコース関係ないクラス分けだったっけ。」
「そうそう。初瀬さんがどうかしたの?」
「いや、何でもないの一之瀬君!引き止めちゃってごめんね。またね!」
「え、ちょっと星香、待ってよ。じゃあね一之瀬!」
「あ、じゃあ。」
どうも、今日は話の途中で終わる日らしい。僕は、訳も分からず教室へ入って行った。
「ちょっと、星香。星香ってば!聞いてる?」
「あ、ごめん。なに?」
「一之瀬と初瀬って子が、どういう関係なのか聞かなくて良かったの?」
「そんなことまで聞けないよ・・。」
「まぁ、そうかも知れないけど。」
私は何故、途中で話を切り上げたのか、いや逃げ出したのかを考えていた。
「私が、はっきり口に出して言った方が良い?」
奈美が、私に何を言おうとしているのか、多分昨日までの私だったら分からなかったと思う。
でも、今の私は分かる。いや、やっと気付いた。今までの気持ちに。
一之瀬君の傍にいる女の子は、私だけじゃない。そして、何故こんな感情になっているのか。
一之瀬君の笑顔が、初瀬さんと話している時の笑顔に、私は嫉妬した。
誰にでも優しい、一之瀬君。その笑顔が、私の知らない女の子に向けられていることに私は焦りを感じた。
焦りと同時に、その笑顔をもっと見たい。そう、気付いたんだ。
「奈美?」
「どーしたー、星香。」
奈美が、いつもより優しく聞き返してくれる。
「私、一之瀬君のこと、好きみたい。」
「うん。星香がそう言うなら、そうなんだと思うよ。」
「好きだよ。もう、この気持ちは止められないと思う。」
「だと思うよ。だって、星香は一年生の頃から一之瀬のこと見てたもんね。」
「え、見てたの・・!?」
急に顔が熱くなるのを感じる。目線が奈美から外れ、泳ぐ。
「だって、ほぼ毎日見てたと思うよ。」
「ほんとに!?」
私の親友は、やっと自分の気持ちに気付いたみたい。
私も、恋はそんなに経験豊富ってことは無いけど、星香よりはあると思う。
だから、私は親友として女として、自分の気持ちに気付いた星香を助けてあげたいなとそう思った。
気持ちは、自分で気づかなきゃ意味無いから今まで黙って来た。
(それにしたって、まさか引退するまで気付かないなんて・・・)
あと、星香が気付いてないことが一つある。
星香が一之瀬を見てた以上に、一之瀬は星香のことを見ていたってこと。
多分、女バスの皆は気付いてると思う。男子は、相澤とか遠藤なら気付いているかな。
星香が頑張れば、一之瀬なんてイチコロ!だと私は思う。
ただ、問題があるとすれば初瀬って子かな。多分、あの子も一之瀬が好きだと思う。
選ぶのは一之瀬で、当人達の問題だろう。でも、親友の星香を少しでも助けたい。
一之瀬は、私から見ても良い奴。顔も悪くないし、バスケも上手い。勉強は何とも言えないけど。
それに、二人を見てると楽しめそうだしね。
「頑張ってね、星香。」
「うん!」