-梅雨- 君の良いところ
旧校舎の空き教室にやってきた僕たちは、どこに座るか悩んでいた。
「窓際に座ろうか?」
教室から見える景色で、話のネタを引き出せるのではと言う考えだ。
しかし、彼の考えはカーテンを開けた途端崩れさった。
連日連夜の雨なのだから、当然曇り空で景色も暗く見える。
「梅雨は、髪の手入れが大変でね。一之瀬君は・・、そんなこと無さそうだね。」
山下さんが、僕の髪型を見て言いよどんだ。
部活に復帰した時に、バッサリと髪を断髪し、所謂スポーツ刈り状態なのだ。
「頭洗うの、めっちゃ楽。」
と、笑いながら答えた。
・・・
この前、と言ってもすでに一ヶ月前なのだが
一緒に遊びに行った時とは、うって変わって会話が続かない。
あの日も、一緒にスポーツをしていたから多くは語らなかったけど
今日は、面と向かって座っているからか、余計沈黙が気になった。
僕たちは、特別仲が良いという訳では無い。
同じ部活仲間ではあるが、あまり話したりはしない。
それどころか、今日の朝まで、一ヶ月近くも話していなかった。
でも、彼女は僕のことを嫌っていることは無いんじゃなかろうかと勝手に思い込んでいる。
それに、部活を休んでいる時も、わざわざ僕の教室までやってくれたし。
(もしかしたら、山下さんは僕に気が合ったりするのだろうか)
自分に対して好意を向けている女性の気持ちなんて、全く気付かないのに
おにぎりを二つ食べ終わった時に、そんな事を考えていた。
沈黙が、かれこれ五分程続いた後
彼女、山下さんが小声で何かを言って来た。
「え、何か言った?」
思わず、少し大きな声になってしまった。
すると、彼女が再び言い直す。
「一之瀬君ってさ、あまり話さない人?」
・・・
一瞬、僕は何を言われたのか分からなかった。
一緒にバスケを励む仲間ではあるが、友達以上の存在どころか、友達にすらなっていないかも。
そんな現実を知ってしまった、梅雨の日の昼休みだった。
と終わる訳には行かない。
三つ目のおにぎりを片手に、5秒ほど停止していたが
これはチャンスなのだ。恐らく、この先お昼ご飯を一緒に食べる機会は無い。
そう断言できる。そもそも、僕が誘えるわけがない。
「山下さん、何か話題無い?」
(待て待て、ここは僕から話すべきだろ)
「んー、私男子とご飯あんまり食べないから。何話して良いか分からなくて。」
(まだ、セーフっぽいな)
「まじ?俺なんか、高校入って初めて。」
「え?それって、寂しくない?」
「寂しいも何も、仲の良い女子いないから。」
言ってて、悲しくなってくる。
「そっかー、でもチャラ過ぎる男子よりはマシかなー、印象的に。」
(お、良い感じなのか?)
「スポーツ科って、男女関係なく仲良くしてるイメージだけどー。」
「確かに、他のクラスより一致団結してるかも。」
緊張が解け始め、自然に言葉が出てくるようになってきた。
「でも、仲が良いからか言い過ぎちゃって喧嘩になってる人結構いるの。」
相手のことを知れば知るほど、余計な口出しをしちゃうのは良くあることだ。
「喧嘩するほど、仲が良いって事か。」
「多分ね。その言葉の意味ってさ、仲が良くなきゃ喧嘩は起きないってことなのかな?」
あまり喧嘩をしない僕には縁が無い言葉だったが、使ってみたら彼女から逆に質問されてしまった。
「それもあるかも知れないけど、喧嘩しても仲直り出来ると信じてるから、
本音をぶつけ合って、時には衝突しちゃうんじゃないかな。」
「相手を信頼してたり、興味関心が無ければ、本当のことは言わないだろうし。」
そんな思い付いた言葉だけど、僕の本心を言ってみた。
「あっ、ごめん。なんか、偉そうに言っちゃって。」
「ううん、何か納得できた。少し、一之瀬君のこと知れた気がするよ。」
「そ、そう?」
何を感じたのか、僕には分からなかったけど
(僕も、山下さんは僕の話をしっかり聞いてくれる人だって、分かったよ)
「そう言えば、二年生の時に夏祭り覚えてる?」
二年の夏。忘れたり出来ないほど、印象深い出来事があった。
「あの時も、私が言ったことに真剣に答えてくれたよね。」
「一之瀬君の、良いところひとつ見つけたかも。」
「良いところ?」
「そう、真剣に真面目に答えてくれるところ!」
「そんなこと、普通じゃない?」
彼女は首を振った。そして、こう続けたのだ。
「だって、友達だとしてもさ話半分で聞いてたり、素っ気無く答える人いるじゃない?
その場限りの良いこと言って、本心じゃ違うこと考えているかもしれない人。」
それは、本当に友達と言えるのか怪しいなと僕は思ったが、口には出さなかった。
男子と女子では、違うのだ。信頼できる友達じゃなくても、ある程度は取り繕う必要があることもある。
「そう言うもんか。でも、僕は特に何も考えてなかったけどね。」
笑って答えたら、彼女も笑い返してくれた。
「何も考えずに、真剣に答えられる。だから、良いところなの。」
急に、褒められて僕は気恥ずかしくなった。
(でも、夏祭りの時に何言ったか全く覚えてないんだよな)
「あ、もうお昼休み終わりだね。なんか、あっという間だったね!」
彼女の、あっという間と言う言葉に、僕は嬉しさが込み上がってきたのを感じた。
少しだけ、僕は勇気を出した。
「また、財布忘れたら頼むよ。」
何故、また食べようと言えなかったのか。
でも、彼女から帰ってきた言葉は意外な一言だった。
「倍返しなら、いつでも良いよ?」
舌を出しながら微笑み、小走りに廊下に出て行った。
「・・・」
冗談かも知れないが、僕は舞い上がっていた。
次があるかも知れないということに。
(君の良いところ一つ見つけたよ)
彼のお財布事情が大変なことになるかもだが、そんな事を考える余裕は彼には無かった。
ある梅雨の日の出来事
以上で終わりです。
次からは、バスケ編最後の物語になります。