-梅雨- 雫の落書き
午前の授業なんて、あって無い様なもの。
先生には申し訳ないが、僕は今日の昼休みのことで頭が一杯だ。
財布を忘れて、一大事かと思いきやこんなハプニングが起き、ある意味一大事なことになっている。
(寝てて、起こしてもらうとか最高じゃないか?)
そんな馬鹿な事を妄想しつつ、二限目は数学の小テストがあったにも関わらず
どう解いたのか、全く記憶に無いというのだからめでたい話だ。
彼は、どんどん成績を落としているのを両親や担任に問いただされているが、お構いなしでいる。
目先のことに突っ走る性格だが、二つのことに努力を分配することは出来ない。
「どうした?達哉、いつも以上に呆けた顔してんな。」
「いきなり酷いな。陽平だって、スマホいじってるだけじゃん。」
「見つからずに隠れてやるのが楽しいんだ。」
クラス全員が、気付いていると思う。今時、教科書を立ててる奴なんて陽平くらいだ。
陽平の顔を見てふいに、夏海が言っていたことを思い出した。
「そういや、夏海と付き合ってるんでしょ?」
「え!?何で知ってんの?ってか、夏海呼びって・・知り合いとか?」
陽平は驚いた顔をしていたが、どこか余裕さが感じられた。
それは、彼氏だからなのか。
「夏海とは、幼馴染なんだ。」
「なるほどねー。」
そう言いつつ、彼は安堵した表情をした。恐らく、殆どの人が気付かないであろう一瞬のことだ。
「あれ、じゃあ俺取っちゃったとか?」
悪気は無いのだろうが、彼女が居ない僕からしたら少しムッとした。
「唯の幼馴染だよ。それ以上でも以下でもない。」
「ふーん、そっか。あ!じゃあさ、たまに相談に乗ってくれよ。
夏海ちゃんのこと色々知ってるだろ?」
気軽に下の名前で呼べる、そんな気さくな性格が少し羨ましかった。
「高いぞ?」
「えー。」
そんな他愛も無いやり取りを、授業中にしてるのだから先生からしたら良い迷惑だ。
「おーい、お前ら小テストが終わったからと言って授業は終わってないぞ?」
数学の先生である、石原先生が俺らの前に来てそう告げた。
「すいません。」
「気をつけまーす。」
陽平は全く反省をしてなかったが、彼はいつもこんな調子だ。
お互い、努力する方向が学問へと向いていない。
注意を受けた僕は、残りの時間は真面目に受けていた。
(一人で舞い上がっても仕方がないからな。)
数学の授業が終わり、次の授業の準備を終え、のんびりしていたが
トイレに向かうため廊下に出た。
教室から、トイレまで二十秒もかからないだろう。
だが、僕はそんな短い間に何か違和感を感じた。
その違和感の正体は、絵だ。廊下の壁に絵が飾ってあった。
絵のことなんて、当然何も分からないけど。
歩いてたら、足を止めその絵に見入ることは誰にでもあるだろう。
(この絵は、抽象画だろうか。どこか・・)
「その絵、気になるの?」
後ろから、急に声をかけ驚く。
「朝のお返し。」
素っ気無いが、軽く笑みを浮かべ話しかけてくる。
話しかけて来たその女の子は、雨の中冷たい出逢いをした彼女だった。
「気になると言うか、なんか儚げだなって。」
「儚いね。如何にも高校生が思い付く言葉ね。」
「なんだそれ。」
「失礼。でも、絵って言葉じゃ説明出来ないから絵にするのだと私は思うの。」
彼女の返しには苛立ちを覚えたが、同時に彼女の考えは共感できる物だった。
「キミの絵は、言葉に出来ないモノを表しているのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私の絵なんて、落書き。見ても何も得られない。」
この絵に感じたのは、憂いや悲しみかも知れない。
「落書きなんて言うなよ。俺は、この絵に見入ってたんだ。」
「当分、そこに飾っているらしいから。」
照れ隠しなのか、そう言って自分の教室へ歩いて行った。
(あの教室は、芸術コースか。)
もう一度、壁にかけられた絵をみる。
上半分は青色のグラデーションが色鮮やかだった。しかし、下半分は赤と黒で覆い尽くされていた。
どちらも人のようなものが描かれている。下の人間は苦しんでいるのだろうか。
その下には、絵のタイトルが書かれていた。
「存在」
確かに、僕にはタイトルと絵がマッチしないし理解出来なかった。
彼女の名前も書かれている。
(成宮雫。そう言えば、同じ階だから同い年なのか。)
雨の滴が飛んだ朝を思い出し、何か縁を感じていた。
とうに三限目は始まっていた。
遅れて教室に入り、先生には怒られ陽平には笑われたが
彼女が怒って無かったことに安心していた。
しかし、肝心なトイレに行くのを忘れていたのに気付いたのは、少し経ってからだった。
更新が遅くなっていますね申し訳ありません。
物語上、出逢いや出来事が一日に集約されていますが
その分、飛び飛びの日にちにしています。
現実的な恋模様ですので。