-梅雨- 雨の滴
練習に集中すればするほど、一日はあっという間に終わっていく。
GWから一ヶ月が経とうとしていた。
肝心の僕の今の状況はと言うと、相変わらず準レギュラーの位置だ。
しかし、体力もほぼ戻って来て余裕が出来てからは個人技の練習も増やしている。
引退と言う時期が近くなければ、復帰後としては順調だ。
そんな時に事件は起きた。
僕にとっては事件だが、他の人にとっては事件では無いかも知れない。
ある6月の雨が強い日。梅雨シーズン真っ盛りな今日、僕は財布を忘れたのだ。
育ち盛りの彼には、昼抜きと言うのは非常に厳しい。
それに、朝練、放課後の部活を乗り切れるはずがない。
何せ、早弁が基本であり、ご飯とは他にパンも食べてるくらいだ。
(ど、どうする・・。)
朝、学校に行く電車に乗っていたら財布が無いことに気付いた。
服のあらゆるポケットを探す僕を、見かけた乗車中の人はさぞ可笑しく見えただろう。
戻るにも、朝練には間に合わなくなる。
朝練を休んででも、財布を取りに行かないと困るはずなのだが。
彼は、途中で降りることなく学校までの道のりを歩いていた。
ひょっとすると、自転車なら戻っていたかもしれない。
その日は、雨が強くカバンまで濡れかけていた。
前にいる同じ高校の女子生徒のYシャツが濡れていて、まさかまさかの少し透けている。
健全な男子高校生にとって、幸運な出来事かもしれないが見ないように必死に目を背ける。
(授業をずっと寝ていれば、お腹空かないかもしれない・・。)
そんな馬鹿なことを考えていて、斜め下をボーっと見ながら歩いていた彼は、前との距離を考えることなく前進していた。
目の前の女子との距離が近づき、当然傘がぶつかる。
傘がぶつかり、反動で傘に付いていた滴が彼女と僕に降りかかる。
「うわぁっ!」
「きゃあ。」
最近では、滅多に聞かない言葉が聞こえて来た。
「冷たい・・。」
何かを言いたげな顔をした女の子が振り返って来た。
「もしかして、ぶつかりました・・?」
前を見てなかった僕は、何にぶつかったのか分かっていなかった。
「あなたが、後ろからぶつかって来たんです。」
彼女の顔をよく見ると、頬に雨の滴がついていた。
「ご、ごめんなさい。考え事してて。」
「別に、気にしてないです。」
気にしてなかったら、そのまま去って行ったんじゃないだろうかと思ったが口には出さなかった。
何事も無かったかのように、彼女は先を歩いて行った。
眼鏡と、制服の中に何故かジャージを着ていたのが気になった。
(暑くないのかな。)
そのジャージには、絵の具が僅かに付着していた。
後をつける訳では無いが、同じ方向なので自然とついて行ってしまう。
凄い華奢な体つきをしていた。まるで、朝ご飯はいつも食べてないかのよう。
そんな事を考えていたら、財布のことを思い出した。
前を歩く彼女は、正門に向かったようだ。僕は、朝練に参加するために東門から入る。
朝練が終わり、既にお腹が空き始めていた。
「誰かー、昼飯代貸してくれない?」
部員に手当り次第頼みに行く。
「わりい!手持ち無いわ。」
「そんなバカな。相澤は?」
「ん?ああ、別にいいぞ。」
救いの神が現れた。
「まじで!?助かるわ。」
そこに、直井が現れる。
「相澤、ちょっと待て。なあ、一之瀬よ。山下に借りるってのはどうよ?」
「なんで、山下さんが出てくるんだよ。」
心拍数が上がっているのを感じる。
「おいおい、GW明けにお前らが遊んでいたって言うネタは上がってんだぜ?」
「誰がデマ流してんだか知らないけど、今は山下さん関係ないだろ?」
話を元に戻したい。相澤が貸してくれればそれで問題ないのだ。
しかし、直井は更に続ける。
彼は、果たして悪魔か天使か。
「きっかけだよ、きっかけ。お前、ここ最近話してないだろ。」
「な、何で知ってんだよ!」
あの日以来話してないどころか、まともに顔を見ていない。
「とりあえず、男は考えずに突撃してこい!」
偶然、体育館を出ようとして入口に向かっていた山下さんの前へと突き飛ばされる。
山下さんと、その親友の今井さんは戸惑った表情をしていた。
「一之瀬君、どうかした?」
「いや。なんでも無いんだけど・・。」
「そう?」
そのまま通り過ぎて、体育館を出ようとする。
「一之瀬!」
後ろから、直井が声を荒げる。振り返るとガッツポーズをしていた。
面白がってるのか、励ましてるのか分からない。
「山下さん!」
「うん?」
「あのさ、俺今日財布忘れちゃってさ。良かったら、お金貸してくれないかなって。」
明日返すから。と付け加えて僕は早口に言う。
久しぶりの会話に、僕は緊張していた。
「え?あ、良いよ!そんなことなら全然構わないよ。」
「ありがとう!助かるよ。」
何とか乗り切れそうで一安心していた僕に、今井さんはとんでもないことを言い出す。
「星香さ、今日は一之瀬と一緒にご飯食べたら?」
「え?」思わず、僕と山下さんの声が重なる。
他の男子部員も、急にこちらを見る。直井はポカンとした顔をしていた。
「いやさ、私お昼に委員会の集まりがあるからさ。お金貸すならついでに食べれば良いかなって。」
「全然、ついでじゃないよ・・。」
「まぁ、良いじゃん。一之瀬も、その方が良いでしょ?」
固まっていた。はっと我に返る。
「それは、その方が嬉しいけど。むしろ、一緒したいです。」
こういう時は、言ったもん勝ちだ。
「一之瀬は乗り気だし、たまには良いんじゃない?」
「うーん・・。
まぁ良いけどー。」
山下さんは、思い悩んでいたがOKをくれた。
ひょんなことから、僕と山下さんは一緒にお昼ご飯を食べることとなった。
これは、夢かなんて思ってたら。
「じゃあ、一之瀬君。お昼になったら呼びに行くね。」
「ああ、待ってる。」
平然と答えたが、内心ドキドキ物だ。心臓は飛び跳ねている。
一方で、直井は悔しそうな顔をしていたが僕はそっとして置いた。
続きが遅くなり、申し訳ありません。
2章も少しずつ、物語が進んできたかと思いきや
ある日の高校生の日常を展開して行きます。
大まかな流れは、引退試合⇒引退⇒その後
となる予定です。バスケの小説ではないのでバスケ自体の展開は早いです