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7話

 勝家襲撃以後、これと言って特に変わったことはなかった。

 賊やらが襲っては来ても普通に返り討ちにして逆カツアゲをしたので問題無し。

 順風満帆に、その健脚で当初の予定通りに蝦夷へと。

 徒歩と船なのでそれなりに時間はかかったものの、感動は一入だった。


 現代に居た際は、修学旅行で北海道に来たこともあったが、今とはまるで別物だ。

 今、この時代、蝦夷は日本ではなく、異国。

 異なる文化が広がっており、いずれは多くが絶えてしまう。

 そのことに世の無情を感じはするが、だからと言って信長に何が出来るわけでもない。


 それよりも何よりも、未来で味わえはしない文化を堪能すべきだ。

 排他的ではあったものの、持ち前の行動力とコミュニケーション能力を以って信長は積極的に蝦夷の人々と交流。

 徐々に仲を深め、異文化を堪能しつつ馴染むまでにかなりの時間がかかった。

 それでもその甲斐あって蝦夷での滞在はこれでもかと言うほど楽しいものに。


 居心地も良く、気付けば二年近く滞在していた。

 織田家のことが気にならないでもなかったが、そこはそれ。

 旅に出る前にマーリンが信秀に渡した鳥の使い魔から何の連絡もなかったので変事は無いらしい。

 信秀が信長に知られては都合の悪いこと――例えば信勝関係のことを秘密にしている可能性もあるが、その可能性も低い。


 何故なら勝家には蝦夷に行くことを伝えていたのだから。

 信勝関連で何か動きがあったのならば報せが届くはずだ。

 それがなかったこともあり、信長は実にお気楽に蝦夷生活を楽しんでいた。

 とは言え、何時までも此処に滞在しているわけにもいかない。


 名残は惜しいが、現地で絆を深めた者達にまた遊びに来ると伝え信長はようやく日ノ本へと戻った。

 そこからは当初の予定通り、行きは急いでいたので楽しめなかったものを楽しむことに。

 仙台、山形、関東では将門公の足跡を辿りつつ、天下の堅城たる北条家の小田原城も見物。

 特に北条領内は流石相模の獅子と言うべきか、とても豊かで笑顔が溢れていた。


「(カメラが無いのが実に残念だ……)」


 現代人の感覚からすれば観光地で写真を撮るのは当たり前。

 資格情報は記憶するしかないので、そこが少々残念だった。

 それならばと、代わりに旅行記をつけることで何時でもその情景が蘇るよう微に入り細を穿って感動を書に記す。

 信長は煩いを忘れ、本気で諸国漫遊を楽しんでいた。

 そんな彼が目下目指している場所は今川領内である遠江――現代で言うところの静岡は浜松である。


「にしてもあれだ、領内を巡って統治方法を見るだけでも楽しいもんだな」

「あら、家督を継ぐ気になったの?」

「ちげえよ。単純に為政者の人となりが透けて見えるのが面白いってだけだ」


 二年近くも行動を共にしてきたこともあり、マーリンとの関係もすっかり気安いものになっている。

 自分が体験した現代から戦国への生まれ変わりと言う奇妙な体験こそ話してはいないが、それ以外のことは大体語ってしまったほどだ。

 それゆえ、マーリンも何故信長が家督を継ぎたがらないのかは理解している。

 理解した上で、それでも信長はいずれ必ず立つであろうと寄り添っている――否、立たなくてもだ。

 単純に惚れた男の傍に居たいのだろう、この魔女は。


「残念。ところで、ホントに行くの? 今川と織田の関係は決して良いものじゃないのよ?」

「身分を明かさずに領内をちょろちょろするぐらいなら大丈夫さ。お前も手伝ってくれるんだろ?」


 外套と宗三左文字はあまりにも目立ち過ぎる。

 それゆえ、マーリンの力でカモフラージュをしてもらうつもりなのだ。


「信長様の頼みなら喜んでやるけど……それでもやっぱり不安だわ」

「だとしても、行かなきゃいけないんだ。女好きとしては、な」


 それは蝦夷から帰還し、北奥羽は弘前の町に滞在していた時のこと。

 近畿地方からやって来た旅人と意気投合して酒盛りをしていると、あることを教えてくれたのだ。


『シンさん、アンタ尾張の中村は知ってるかい?』

『ん? ああ……まあ、知ってるよ』

『そこにとんでもない女が居るんだ』

『ほう……何て奴だい?』


 尾張に居た頃は城下に出ては遊び呆けていた信長だ。

 あそこの誰々が良いだの、ここの誰それは駄目だのと女関連での噂話にも詳しかった。

 しかし、尾張を離れて随分経つ今ではその辺りの噂からもかなり疎くなっているはずだ。

 二年も時間があればニューフェイスだって台頭していても何ら不思議ではない。


『藤乃って娘でな、千人喰いの色情猿ましらなんて異名も持っとるらしいでよ』

『千人……だと……?』


 割と選り好みをする信長にとって千人と言う数は遠い。

 ビッチに対して偏見は無いものの、千人と言う数は現代ですらお目にかかったことがなかった。


『ま、流石に吹いてるとは思うがね』

『普通に考えればそうだよな』


 とまあ、それでこの話は終わったのだ。

 しかし旅の道中で幾度も幾度も千人喰いの噂や直に相手をした者達の話を耳にする機会が多々あった。

 曰く、


『気付けば極楽浄土を見ていた』


 曰く、


『一晩で空っぽになった。一生分の性欲を使い果たした』


 曰く、


『もうこの先、俺は女を抱かなくても良い』


 曰く、


『ふぅ……僧侶になります』


 曰く、


『件の猿は分け隔てがないものの、二度目の相手に選ばれた者は誰も居ないらしい』


 信長はもう好奇心を抑え切れなかった。

 千人喰ったグレートビッチと言うだけでも凄まじいのに、伝え聞く話の数々が更に興味を掻き立てる。

 永続賢者モードに叩き込んで出家を決意させるほどの快楽とは何か、技術か、器か?

 二度同じ相手と寝ないのは如何なるこだわりなのか。

 同じく色の道を往く信長としては是非、一度手合わせ願いたかった。

 そう、これは快楽だけを求めてのことではない。ある種の求道者染みた欲求だった。

 まあそれはさておき。藤乃と言う娘を求めて何故浜松に向かっているのかと言うと、


『何でも猿殿は今川家の松下様の下に仕官すると言っていたとかいないとか』


 そんな噂を聞いたからである。

 万が一外れだったとしても、その時は尾張の中村へ行き情報収集をするだけだ。


「マーリン、俺がもしも腑抜けにされちまったらそん時は生き恥を晒さぬよう首を刎ねてくれ」


 道中で猿に喰われたと言う男達の顔は実に情けなかった。

 男として大事なものが根こそぎ無くなり、もう二度と蘇ることはないのだろうと予感させる終着駅。

 とは言え、全員が全員そうなるとは限らない。

 使い果たさず二度目を乞うた人間が居るからこそ、同じ相手と二度は寝ないと言う情報が出て来たのだから。


「フフフ、それで首を刎ねたら私ってとんだ物狂いじゃない! 頼まれたからと言っても信じてくれないわよ!!」

「何なら遺言書書いておこうか?」

「どんだけ本気なの!?」


 マーリンも旅の中で幾度となく鳴かされ、快楽の坩堝に叩き込まれた。

 自分は気持ち良くなって満たされはしたが、信長はどうなのだろう?

 出来てない。千年もののネンネだったマーリンにそんな技術は無い。

 だからこそ、未だ見ぬ敵を定めて今までで一番凛々しくも雄雄しい顔をしている信長を見るのが辛い。

 そして、信長に執着を向けられるまだ見ぬモンキーが妬ましい。

 表面上は何時も通りなマーリンではあるが内心では割とジメジメした想いを抱いていた。


「マーリン」

「なぁに?」

「――――お前にはお前の良さがある、気にするな」


 外套の中に引き寄せ、ギュっと抱き締める。

 こう言う女心の機微に聡いのだからずるい……そう思いながらもマーリンは黙ってその胸に顔を埋めた。


「……ハァハァ、信長様、凄く良い匂いがするわ!」

「こらこら、盛るな盛るな。野外でするのは最終手段って決めただろ? 虫刺されとか辛いんだから」


 背中の微妙に届かない場所を刺されてしまうともう地獄だ。

 唇を尖らせ拗ねた顔で上目遣いをするマーリンだったが、駄々を捏ねるほど子供でもなく名残惜しさを隠そうともせずに信長の胸から離れる。


「さて、そろそろ人通りがある場所に出るし外套と太刀を隠しましょうか」

「ああ、頼む」

「信長様、外套脱いで裏地を表にして宗三左文字を包み込んでちょうだい」

「ん? 分かった」


 どう言うことか分からなかったが言われた通りに宗三左文字を外套で包み込む。

 するとどうしたことか。

 外套と宗三左文字は人の頭ほどの大きさの小汚い風呂敷包みに姿を変えたではないか。


「おお! これは?」

「ちょっと前に外套に機能を追加しようと思って、道中でちくちく弄っててついさっき完成したばかりなの。

その風呂敷の結び目を解けば元の外套と、宗三左文字が出て来るわ」


 信長の外套は彼の体躯に合わせているので当然大きい。

 つまり、かなりの量を包み込めると言うことだ。


「……良いな、これ。収納に便利だ」

「でしょう?」


 結び目を解き、いそいそと他の荷物を外套の中に入れて包み直す。

 これで荷物は手に提げる風呂敷のみとなった。

 そのことに満足しつつ、再び信長は歩み始める。

 ビッチモンキーは松下嘉兵衛の城――と言うよりは規模的には屋敷で奉公をしているらしい。

 勿論ずっと屋敷に居るわけではなく奉公人用の長屋か何かが用意されているのだろう。

 そこを訪ねて一戦ヤらかすつもりの信長だったが、


「!」


 ピタリと道の真ん中で止まってしまう。


「どうしたのシン様?」


 流石に人の往来がある場所では信長呼びではなく偽名のシンを使うマーリン。

 しかし呼ばれた当人は厳しい顔で黙りこくっている。

 はて? と首を傾げるマーリンだったが、ふと気付く。

 今しがたすれ違った少女が自分達の少し後ろで背を向けたまま立ち止まっている。

 歳の頃は信長より少し下と言ったところだろうか。


「……」


 つぅ、と信長の額から汗が零れ落ちる。

 それは後ろで立ち止まっている少女も同じ。

 二人はまったく同時に振り向き、視線を結ばせ頷き合い、人気の無い場所へと向かう。

 気配が無いことを確認すると再び向かい合って口を開く。


「……お前が千人喰いの色情猿、藤乃か」

「……ええ、そう言うあなたはもしや、織田信長様?」


 互いの表情は、薄氷の上で殺し合っている人間の如く緊張感に溢れている。

 尚、そんな二人を見てマーリンは心底白けた顔をしているが二人の眼中には入っていない。


「俺を知っているのか?」

「私がこの道に入ったのは、あなたの影響ですから」

「(この道ってどの道よ? 危ぶむべき道じゃない、行かなくても分かるわよ)」


 信長は好きだが、それはそれとして常識も兼ね備えているマーリン。

 それでも口に出さないのは空気が読めるから。


「何?」

「女には女の情報網――と言うほど大したものではありませんが、あるんですよそう言うものが」

「ふむ……俺の噂でも聞いたか?」

「ええ、あなたに抱かれた女性が皆、良かったと」


 基本的に信長は最初は素性を隠しても、ことが終わった後、素性を隠すことはしない。

 閨の中で最終確認を終えたからだ、自分に抱かれたからとて決してそのことを理由に波風立てるようは真似はしまいと。

 信長の持論に、抱けば大体分かると言うものがある。

 至極アホ臭い理論だがその通りに生きて、実際に間違っていないのだから世の中存外、テキトーなものだ。


「それでまあ、性の目覚めを果たしました。とは言え、最初のうちはただの耳年増でしたが」


 照れ臭そうに笑う藤乃をじっくり、嘗め回すように――と言うか視姦一歩手前のそれで観察する信長。


「その耳年増の小娘が、そこまで化けた切っ掛けは?」


 容姿は可愛い系、何処となく子犬を想起させる。

 その上に耳を溶かす甘い声――成るほど、確かに男好きのする容姿だ。

 これに誘われたら乗ってしまうのもしょうがない。

 しかし、可憐な外見とは裏腹に男を骨抜きにする怪物の性も秘めているのだから決して侮るなかれ。

 信長は生涯最高レベルで気を引き締めていた。


「今言った通りです、私が道を定められたのはあなたの影響だと」


 胸の中の宝箱からそっと、思い出と言う名なの宝石を取り出す。

 藤乃の瞳は何処までも澄んでいて、キラキラと輝いている。


「中村の、イネと言う方を覚えていますか? 信長様が一夜を共にした方です」

「ああ、覚えている。実に良い女だったよ、あの婆さんは」

「老婆とな!? 守備範囲広すぎるわよちょっと!!」


 流石のマーリンも声を出してしまう。しかし、二人は何処吹く風だ。


「俺は容姿で女を抱くこともあるが、それ以外の部分で抱くこともある。

イネは確かに婆さんだったが、実に美しい生き方をして老いた婆さんだ。

まあ、普段の俺は流石に婆さんは抱かんがな。美醜どうこうではなく、単純に身体が心配だから」


 お年寄りに無理をさせてはいけない。ザ・敬老精神である。


「じゃ、じゃあ何で!?」

「俺も茶飲み話で十分だったんだが……。

夫にも先立たれ老い先も短いし、人生の最後の思い出をくれと言われてな。

良い女の誘いを断るのは俺の流儀に反する。身体に負担をかけんよう丁寧に丁寧に相手をさせてもらった。

婆さんは良い思い出が出来たと笑っていたが、俺も俺で良い思い出だよ」


 フッ、とニヒルに笑う信長。


「(やだ……何これ……良い話なの? 御馬鹿な話なの? どっちなの!?)」


 それは受け取り手次第だろう。

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