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6話

「待て待て、平手の爺様も知ってるってどう言うことだ? お前ら対立派閥だろ?」


 百歩譲って政秀が信長に愛想を尽かし心を離れさせていたとしてもだ。

 それでも中立が精々だ。

 幼い頃から育てられた、ある意味親代わりの政秀のことを信長は熟知している。

 だからこそ、勝家の襲撃を政秀が知っていることに困惑を隠せない。

 信勝派になったとしても別に怨みはしない。

 だとしても、だ。ならばどうして勝家を動かすような真似をする?


「(平手の爺様が知っているんなら、親父の監視は多分、始末されてるか邪魔されてるな。爺様の手の者によって)」


 だとしても、だ。

 信勝派になったのならばそのような手間をかけずとも良いではないか。

 後々信勝の治世において面倒になりそうな手合いを唆してそいつに暗殺者を送らせれば良い。

 そして、それを監視役にしかりと見せてやれば信秀はキッチリ処断してくれるはずだ。


「(ああいや違う……そもそも、平手の爺様なら暗殺なんて手段は取らないし取らせないはずだ)」


 あれこれと頭を回す。

 平手政秀の関与を知り、一先ずは信勝の危機も去ったので落ち着いて考えることが出来る。


「(じゃあ何のために勝家は俺を襲った? いや、そもそも武辺者のコイツを俺が制圧出来たってのもおかしいな)」


 信長も並の刺客や賊程度ならば軽く蹴散らしてのける。

 しかし、勝家に勝てるほどではないと言うのが客観的な評価であり事実。

 実際、信長の見立ては間違っていない。

 今回勝家を制圧出来たのは勝家が殺気を飛ばしつつも、直ぐに殺す気がなかったから。


 勝家は背後から押し倒して刃をつきつけ、信長の真意を確かめるつもりだった。

 命の危機にこそ、その人間の本質が表れると考えたがゆえの行動である。

 その結果如何では殺すつもりだったが、即座に殺すつもりがなかった。

 その点と、更には信長が勝家の予想以上に戦い慣れしており意表を突くようなやり方を重ねたからこそ信長は勝てたのだ。

 もし、最初から殺す気であれば恐らく信長は死んでいただろう。


「ああ糞! 考えても分からん、おい勝家。そろそろ股間の痛みも無視出来るだろ? とっとと答えろよ」


 超上から目線ではあるが、それも已む無し。

 立場的にも命を狙われたと言う意味で此処でへりくだる意味は無いのだから。


「何で平手の爺様が関わってる?」


 刀を納め、勝家の背から退いた信長は再び倒木に腰掛ける。

 すっかり日も落ち、熾した火が届く範囲以外は完全なる闇の世界だ。


「……最初から説明致しまする」


 起き上がり、地面の上に胡坐を掻いて座る勝家だがその顔は青褪めたままだ。

 もう我慢が出来る程度にはなったが、それでも股間へのダメージは男の一大事だから。

 女の最大の苦痛が出産だと言うのならば男の最大の苦痛こそが金的である。


「信長様が那古野に戻られて直ぐに御舎弟様より呼び出しがあり申した。

内容は御推察の通り、信長様の暗殺指令……戸惑う某に、御舎弟様は強く利を解きましたがそれ以上に私情が剥き出し」

「……却って冷静になれた、と?」

「はい。そして、表面上は従いつつ平手殿に会いに行きました。御舎弟様の呼び出しがかかる前に誘われておったのです」

「まあ……平手の爺様なら弟の行動も読めるわな」


 その上で、信長派ならば無視をすれば良い。

 政敵が勝手に失脚してくれるチャンスなのだから。

 しかし信勝派ならば暗殺を止めぬのはおかしい――政秀が何を考えているのか、それを知るため信長は先を促した。


「平手殿は信長様がうつけではないと看破しておられた」

「む……いや、まあ……そう、か」


 父親の信秀以外でバレるとしたら、それは政秀以外には居ないだろう。

 信長が政秀をもう一人の父親であると認識しているように、政秀も信長を我が子のように思っているのだから。

 それだけの間柄ならばバレていても不思議ではない。

 徹頭徹尾うつけムーブをしていたから大丈夫だと思っていたが、政秀ならばしょうがないと思い直す。


「さりとて、大殿が御舎弟様を差し置いて御身を当主に据えるほどの器かどうかは測りかねているようで」

「俺にそんな器量は無いさ」

「ならば何故、大殿が目をかけ、あまつさえ聖剣の魔女にも選ばれるのでしょうか」

「それは……」


 こっちが聞きたいと言葉に詰まる。


「平手殿は御舎弟様が某に暗殺を命じることを読んでおられた。その上で、某の頭も冷えることを。

平手殿が某に望んだことは、信長様を測ること。そして真意を聞き出すこと――某なりのやり方で」

「…………だから爺様は行かせたわけか」


 心底疲れたと言わんばかりに深い深い溜息を吐く。


「親父殿も爺様も、何だって素直に弟を認めてやらない。アイツを舐めてんのか?」


 その発言の節々から勝家もそうじゃないかとは思っていたが、信長は信勝を高く評価している。

 が、信勝からすれば大嫌いな兄に認められても嬉しくはないだろうし、認められているとさえ思っていないだろう。


「信長様、あなたはどうしてわざと奇矯な振る舞いをしているのです?

何故、その聡明さを表に出されない? 一体何を考えておられるのだ、真の意は何処にあられる?」

「……俺の真意なんぞどうでも良いだろ。良いじゃないか、弟を織田家の当主にしてやっても。俺以上に適任だぞアレは」

「その判断が出来ませぬ。某の私見ではむしろ、信長様の方が……」


 物ごとを冷静に俯瞰し、頭の回転も速く、機転が利き、人の真意を見抜くことにも長けている。

 更に言えば決して流されない、強い個我が見える。

 激情に駆られて危険を冒す信勝よりもよっぽど適任だと勝家は言う。


「俺の能力云々はさて置くとして、だ。俺は当主として不適格だろう、信勝の方がよっぽど良い」

「何故です?」


 ずずいっと、言い募る勝家。

 本人にその気は無いのだろうが、その強面ゆえ、何処か脅しに見えてしまう。

 まあ、信長本人は例え本当に恫喝されていても揺らぐことはないだろうが。


「――――信用出来んだろ、俺って」


 答えはそれに尽きる。

 周りがどう思うとも、人間として最低限のラインで信長は弟に劣ると思っていた。


「どんな理由があろうとも、誰にも真意を隠したまま道化た振る舞いをする人間。

そんな奴が信用に足るとでも? 俺ならぜってー信用しねえ、むしろ距離を置くね。

その点、信勝はどうだ? 確かに兄貴を暗殺しようなんざひでえことを考えるさ。

んで、それが失点にも繋がっている……だが元を辿れば悪いのは俺だろ、どう考えても」


 兄である信長がしっかりしていれば避けられた事態なのだ。

 もっとも、信長は自身を優先しているのでしっかりすることはあり得ないが。


「悪いところもある、だが信勝は素直で努力家だ。

家のため、臣のため、民のため、実直に努力をして自分を磨き続けている。

俺の暗殺もまあ……その一環だと考えれば悪手ではあっても、感情的には納得出来るんじゃないか?

少なくとも俺は自分が悪いと自覚してるし、正しい信念のために動いているんだから暗殺者差し向けられようとも納得出来る」


 信長は怨むどころか、むしろ信勝は正しいのだと言ってのける。

 史実における信長は冷徹な、魔王と言うイメージが強いかもしれない。

 しかしその実、彼は存外身内に甘いのだ。

 この信長も、期せずしてそう言う部分を持っているのだから面白いものである。


「ちゃらんぽらんな俺なんぞより、アイツの方がよっぽど誠実で信に足る人間だ」


 考え方、価値観と言うものに人の性格が表れる。

 勝家は信長の言葉に、芯の部分に存在している彼が持つ誠実さを見た。

 確かに信長が言うように道化た振る舞いをする人間は信に足らない。

 が、それを自覚し、その上で誠実な人間を尊ぶことが出来るのならば、それもやはり誠実さだろう。


「信長様……」

「そりゃ俺が当主にならなきゃ家が滅びると言うのなら俺だって頑張るさ。

弟やお前達の力を借りながら、ちゃらんぽらんなりにな……しかし、弟が継いでも家は滅びん」


 織田信勝と言う男は堅実思考だ。

 それゆえ、戦国情勢が塗り変わるほどの拡大は望めずともそれなりに家を育て護ってくれるだろうと考えている。

 今は未だ若さゆえの未熟もある、今回の軽挙のように。

 しかしそれとて周りの人間がしっかりしていれば諌められるし、諌められて反省出来ぬほど信勝も馬鹿ではない。

 そうすれば、どの強者に傅くかべきなのかもしかと見極められる。

 従属したとしても、その中でも堅実に動き、家を残して臣や民も護ってくれるはずだ。

 それで十分ではないか――信長はそう言う意味でも信勝が当主に相応しいと考えている。


「……それは、信長様とて同じなのでは?」


 信長の考えを聞かされた勝家が反論を口にする。

 彼の目に映る信長も、今語ったように上手く見極め戦国の大海原を泳ぎ切ってくれる力を持っているように思う。


「某や平手殿、御舎弟様も共に信長様を支えればより磐石でしょう」

「いいや、違うね。俺が当主になるのならば誰ぞの風下に入ることはしない」


 それはつまり、


「て、天下を目指す……自ら覇を唱え日ノ本の頂点に立つと?」


 勝家の声が震えてしまうのも無理からぬこと。

 形骸化したとは言え室町の幕府は存在しているし何よりも、


「それしか道は無くなる。だって、誰かの旗を仰ぐ以上は制約も多くなるからなぁ」


 この当時の織田家からすれば天下? 何それ、夢見てんじゃねえよレベルなのだ。

 だと言うのに信長はあっさりと言ってのけた。

 これがうつけだと思っていた時ならばともかく、地金が見えた状態で言われたとなれば抱く感想も違う。


「主家の命令であっちに戦に行き、この国を治めろ、嫁を娶れ、娘を誰ぞに嫁がせろ……とかしがらみだらけじゃねえか。

親に言われてならばともかく、何だって血の繋がりもねえ奴らに命令されにゃならんのだ。

いや、そう言う立場のお前に言うのは馬鹿にしてると取られてもしょうがないが、そんな気は無い。

少なくとも俺は嫌だってだけの話で、そう言う生き方をしている人間を馬鹿にはしてないぜ? むしろ尊敬してる。

自分に出来ないことをやってるわけだからな。皮肉でも何でもなく本当に凄いと思っている」


 親に言われるならば、信長は存外、孝行な人間である。

 現代で暮らしていた時も自分が生きるためのみならず、心を病んだ母親の治療費やヘルパーを雇うためにも働きに出たのだ。

 それは信長になってからも変わらない。根っこにあるのは強い自由意思。

 だと言うのになるたけ信秀に譲歩している。それは親と言う存在に対する感謝の念ゆえだ。

 自分がこの世に生まれ出でたのは親のおかげ、だからこそなるべく親の言うことには従う。

 それが自分にとって譲れないラインを超えない限りは。


「分かったろ? こんなワガママな野郎を当主にしちゃいけねえよ。

破滅と隣り合わせの無茶に付き合わされるなんぞ嫌だろ? 少なくとも俺なら嫌だね、それが真っ当な人間の正直な感想だろうよ」

「(しかし、その無茶を一つ乗り越える度に返って来るものも大きいのでは……?)」


 未だ信長の全容は把握出来ず。

 さりとて、信秀が寵愛し、聖剣の魔女が選んだ大器――その片鱗に触れた気がした。

 勝家は今、心が信長に傾きかけていた――否、傾いていた。


「俺はな、親父殿の策謀から逃れられず当主になったとしても親父殿が死ねば即、弟に家督を譲り渡すつもりだ」


 可愛がってくれた信秀が死んで超ショックー!

 もうノッブ、僧籍に入って親父殿の菩提を弔うんだから! などと家督を信勝に譲り渡す方便は幾らでも思いつく。


「親父殿も良い歳だ、そこまで長生きはしまい。色々と苦労の多い方だからな。

だからそれまで勝家、お前は他の家臣と共にアイツを支えてやってくれ。

決して馬鹿をやらかさぬように護ってやってくれ、頼む。律義者のお前にしか頼めんことだ」


 頭を下げて弟を護るように希う兄。

 目を曇らせ、激情のままに兄を殺そうとする弟。

 信長以外の者から見ればそうなることに、彼は気付いていない。


「俺はまだまだ旅を続けるし、戻っても表立って俺が何かを出来ることもない。

困ったことがあれば平手の爺様を頼れ。どうせ此処での会話も報告するんだろ?

だったらきっと、勝家に協力してくれるはずだ。智慧者の爺様ならきっと役に立つ」

「……承りました」


 深く頭を下げる勝家。


「おお! そうか、すまない。ありがとう、本当にありがとう! 俺はこれから蝦夷を目指すから何かあれば人を寄越してくれ」


 などと喜色満面で感謝を口にする信長だが頭を下げたまま顔を見せない勝家は別のことを考えていた。

 とりあえずは言われた通りに信勝を支える。

 が、これ以上愚かなことが続けば見限る。見限って信長を担ぐと決意を新たにした。

 信勝も優れてはいるが、それ以上に優れていると思わせる信長を立てるのは当然だ。

 それでも一先ずは信勝を支えることを了承する辺り、柴田勝家と言う男は義理堅い。


「はい。では、某はそろそろ……」

「ああ……しかし、その……大丈夫か?」


 潰さぬよう手加減したとは言え想像を絶する苦痛だ。

 勝家が自分の頼みを聞いてくれたこともあってか、信長も申し訳なく思うようになっていた。


「……だ、大丈夫に御座る」


 勝家は男の子、勝家は男の子だから我慢出来るもん!

 若干内股になりつつ闇の中へと消えていく彼を見送りながら信長は深く反省した。


「その辛さを知る男が、無闇矢鱈にそこを狙っちゃいけねえよなぁ……」

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