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3話

 マーリンは元はただの村娘だった。

 しかし、ひょんなことから魔道を学びこれでもかと大化けしてしまった。

 若きマーリンは大いなる力には大いなる責任を、なんて蜘蛛男のような信念を抱き行動に出る。

 ただの娘だった頃からグッダグダな為政者とグッダグダな国に思うところがあった。


 が、自分の力で上に立つのも誰かを傀儡にするのも違う。

 それはやってはいけないことだと思い、一計を案じる。

 魔道の粋を集めて練成した聖剣エクスカリバーとその伝説を広めたのだ、地道に長い時間をかけて。

 結果として、今では武門の人間ならば誰でも知っているような話となった。

 ようは分かり易い大義を設定したのだ。聖剣を抜いた者が伝説を上手く利用し易いように。


 信秀もまた若い頃に京を訪れエクスカリバーを見ている。

 岩に刺さって全容は分からぬも、柄や僅かに覗く刀身を見るだけでも神々しく。

 支配者の――王の剣と言う伝説に違わぬものだった。

 誰でも見れる場所にあり、見れば誰もが納得――まあ、そのように作ったのだが。


 尚、伝説を広める際にマーリンは自分の存在も織り込んだ。

 要約すると、聖剣の担い手の下には空色の衣と七色の光を纏いし美しき魔女が現る――と。

 自分で美しきとか言っちゃうのはどうかと思うが、伝説だからそれぐらいの方が丁度良いのだろう。

 真実を知らない人間にとって、マーリンが現れたと言うことは――――。


「(信長が聖剣の担い手……! やはり、わしの読みは間違っておらんかった!!)」


 そう言うことである。

 ちなみに聖剣の選定基準についてはマーリンのお眼鏡に適うかどうかだ。

 聖剣の下に立ち、抜こうとした瞬間に聖剣を通して一方的な面接が始まる。

 これまでに面接を通過したのは判官九郎義経のみで、その義経は試しにやってみただけで聖剣に興味無し。


 さっくりと元の岩に刺し戻して帰ってしまった。

 尚、余談ではあるがマーリンと言うのは親からつけられた名前ではなく自称である。

 生まれた時は芋い名前だったのだが、格好が悪いと改名したのだ。

 エクスカリバーも和名じゃ特別感が出ないと言う理由での命名だったりする。


「(……まずいな)」


 前提となる話を、犬千代情報の世間話でしか知らない信長だが元々目端が利く方だ。

 大体の流れを把握し、その上でこれから父信秀がやろうとしていることを予測出来てしまった。

 家督云々は嫌だがそれ以外の面ではなるたけ父親に孝行してやりたい。

 あれも嫌これも嫌と突っぱねるのがあまりにも申し訳ない。

 かと言って正当な、真っ当な理由が思いつくわけでもない。


「(親父殿は俺を旅に出すつもりだ。聖剣の回収もあるが、それ以上に内部の不穏分子を炙り出すために)」


 ハッキリ言って聖剣だけで天下は取れない。

 良い名分にはなるがそれだけ。

 聖剣の威光に誰もが平伏すと考えるほどにおめでたい頭はしていない、信長も信秀も。

 それでも魔女が現れたことには確たる意味が生まれる。


 現当主信秀が推し、伝説に謳われる聖剣の魔女までもが信長に着いた。

 反信長な人間は家督を継ぐことを阻止出来るわけがない。

 阻止するだけの正当な理由が見つけられないからだ。

 さて、そうなるとどうするか。非合法な手段、言ってしまえば暗殺などに頼るしかなくなる。


「(俺と魔女の二人旅。不穏分子としちゃ魔女が傍に居るとしても、機を掴むためにはやらざるを得ない)」


 マーリンはこの場に現れた際、信秀にだけ見えるように信長より譲り受けた短刀をチラつかせた。

 それを察せぬ信秀ではない。

 信長がちょっと前まで抱いていた女こそが魔女で、その魔女は信長に惹かれている。

 つまり、護衛として使える。惚れた男を護るはずだと言う確信が生まれた。

 だからこそ、不穏分子の炙り出しとして信長に旅をさせても安全と言うわけだ。


「(あー……最悪、途中でまりを更に誑し込んで二人で逃避行すっかなー……)」


 つつがなく元服の儀が進み、魔女より祝いの品が渡される。

 表は漆黒、裏地は真紅の西洋風の外套だ。


「火鼠の皮衣――を使ったわけではありませんがこの外套は耐火の力を持っております」


 本能寺的な意味で嬉しい一品である。


「洗う必要もなく汚れは勝手に落ちる。また、防刃性にも備えておりますので信長様の御役に立つことでしょう」


 その上羽毛のように軽いし動きを阻害しないのだ。

 この素晴らしい商品を今なら無料で御奉仕! とは言えこれが本命じゃ御座んせん。

 本命は将門公の時代より存在すると言われている王の剣!

 信長の先行投資は成功だったと言えよう――客観的に見れば。


「おお! 良いものを頂いたのう信長や! どれ、ちと着て見せてくれんか?」

「……ええ」


 やる気は無いが流石は伊達男。

 バッ! と外套を広げて粋に羽織って見せればマーリンの瞳にハートマークが浮かぶ。

 反感しか抱いていない他の者達も一連の所作には文句のつけどころがなかった。


「如何でしょうか?」


 気合を入れて着る必要は無かった、むしろうつけムーブをするなら此処でも粗相をすべき。

 しかし信長がそうしなかったのはひとえにこれが女からの贈り物だから。

 女を喰い、喰わせてもらっていたホストとしての矜持だろう。

 その辺、融通が利かないのが何とも面倒臭い男だ。


「うむ! まっこと惚れ惚れする男振りよ!!」


 ホクホク顔の信秀。

 しかしそれも当然だろう。ただでさえ今日は愛息が元服を迎える日だったのだ。

 そこに聖剣の魔女がやって来た息子が聖剣の主になると分かれば喜ばないはずがない。

 織田信秀にとっては人生最良の日と言っても過言ではないだろう。


「ならばわしも一つ、祝いの品を贈ろう」


 本来ならば信長が家督を継いだ後に渡すつもりだった。

 しかし、今渡しておかねば価値が下がる。

 何せこれから先、信長は伝説級の代物を手に入れるのだから。


「ち、父上! それは――!」


 と、声を上げたのは将来謀反起こしてぶっ殺される信長の弟信勝である。

 まだ元服を迎えてはいないが、信勝と表記させて頂く。

 信勝が狼狽したのは、父信秀が自身の愛刀を手にしたからだ。

 家中の者ならば誰もが知っている、信秀がどれだけそれを大切にしているか。

 信長ですら知っていて、正月には手入れに必要な道具を贈ったこともあるほどだ。


「元々信長にくれてやるつもりだったしのう。ちと時期が早まっただけのこと」

「……宗三左文字、よろしいので?」


 宗三左文字。

 それは史実においては信長の愛刀となる一品だ。

 しかし、手に入れる経緯が違う。

 桶狭間にて今川義元を討ち、その際の戦利品として宗三左文字を手に入れるのだ。

 だがどう言うわけか、この世界では信秀が所持している。


「遠慮するでない。言うたであろう、元々お前に渡すつもりであったと」

「……ありがたく」


 断れる名分も思い浮かばず、内心で溜息を吐きつつ太刀を拝領する。

 親の宝を貰うのだ、喜んで見せるのが礼儀と言うものだろう。

 しかし信長は不満げな顔はしないまでも、淡々と受け取った。

 それがまた反感を呼ぶのだ。理不尽かもしれないがそう言うものである。


 とは言え信長にも言い分はある。他人に価値があるものでも自分にとってそうとは限らない。

 女を口説いた結果として何かを貰ったのならばそれがどんなものでも信長は価値を見出す。

 が、この宗三左文字は違う。父信秀が勝手にくれたもので、しかも祝いと言う理由だけではないのだ。

 信長を更に雁字搦めにしようと言う、いわば信秀自身の益も絡んでいて、父の益は子の不利益。それゆえ喜べない。


「(どんだけ俺を当主にしたいんだよ親父殿……)」


 魔女の外套を羽織、宗三左文字を佩いてみればそれはもう立派な武者振りだった。

 見た目が良いと、何をやっても様になるのだから様になることをすれば人並み以上に映えるのは当然である。


「何と見事な立ち姿でしょう。滲み出る覇気に傅いてしまいそう」


 と、持て囃すマーリン。そしてそれに気を良くする信秀。

 とは言えそろそろ本題に入らねばなるまい。


「魔女殿」

「何でしょう?」


 真剣な顔でマーリンを見つめる信秀。

 信長が父の思惑を看破しているようにマーリンもまた、信秀の思惑を看破していた。

 その上でそれに乗っかると決めている。


「我が息子信長、親の贔屓目と思うかもしれませぬがわしを超え、いずれはこの日ノ本に名を轟かせる器に御座います」

「ええ、そうでしょうとも」

「魔女殿にそう言って頂けるとありがたい。さりとて、こ奴はまだ若年。青く未熟な男に御座る」


 ゆえに、


「これより、家督を継ぐまで見聞を広め自身を磨くため諸国を巡らせようと考えています。

ついては魔女殿にも同行して頂きたく、旅の最中でどうか愚息めに指導のほどを御願い出来まぬでしょうか?」


 可愛い子には旅をさせよう――と言う建前をいけしゃあしゃあと言ってのけるタイガーダディ。

 魔女が傍に居ても、それでも尚、信長に仕掛けようとする者。

 それだけ信長を疎んじ殺意を抱いている者をこそ最優先で排除せねばならない。

 そのための提案、しかし気付いている者は恐らく当人と信長、マーリンぐらいだろう。

 他の者達は精々聖剣を回収させるため、旅などと言うのは可愛い子を甘やかすためとしか思っていない。


「謹んで御請け致しますわ。非才の身ですが、出来る限りを尽くさせて頂きましょう」


 恭しく一礼をするマーリン、溜息が出るほど美しい。

 中身は割りと残念な子なのに。


「と言うわけだ信長。今直ぐ那古野城へと戻り旅の支度を致せ。金は後で届けさせよう」

「……承知致しました」


 頭痛を堪えつつマーリンを伴いこの場を後にして外に出る。

 抜けるような蒼い空が何ともまあ、憎たらしい。


「如何なされたのです、信長様?」

「はぁ……いや、抱いた女が聖剣の魔女などと大そうな存在であると思っていなかったのでな」

「ああ、騙したようで申し訳ありません」

「いや、身分を欺いたのは俺が先だ。と言うかあれだ、俺は知っての通り女好きのうつけでな。ぶっちゃけてしまうと聖剣やそれに纏わる話にも興味が無い」


 与太話として聞く分には楽しいがマジとなればげんなりしてしまう。

 何で戦国時代でファンタジーをやらねばならぬのかと。


「構いませぬ。信長様はありのままでよろしいのです」

「……お前が何を期待しているのか知らんが、俺は為政者と言う器ではないよ」


 先ずそこを明言しておかねばなるまい。


「織田と言う家に生まれたからとて親父殿の跡を継ぎ家を大きくし、国を豊かになどと言う大望は持っていない。

俺は俺だ。一個の命としてこの世に生を受けたのだから、その道は己で定めるべきだと考えている。

何をしたいかなど、まだ思いついてはいないが、それでも為政者になろうなどとは思っていない」


 暗に離れるのなら今のうちだと言っているのだがマーリンはクスリと笑うだけ。


「つまり、己で定めたのならば王の道を往くと言うことで御座いましょう?」

「それは……」

「そうしたい、そう思い動き出したのならば御身の飛躍は誰にも止められません。必ずや良きものをこの日ノ本に齎すでしょう」


 買い被りで、勝手な期待――それが素直な感想だった。

 信長としてはどいつもこいつもどうしたってこんな信の置けない男を為政者にしたがるのかまったく分からない。


「強制は致しませぬ。ただその時が来るまで御待ちするのみですわ」

「……来ないと思うがな」

「いいえ、私はそうなると思っております。それに、そうならぬのならそれはそれでよろしいかと」

「ほう……良いのか?」

「ええ、それでも御傍に置いて頂けるのなら」


 妖艶な笑みを浮かべるマーリン。信長の性剣ゲージが上昇する。


「こんな女好きの馬鹿ボン相手によくもまあ……」

「確かに信長様が色を好まれているのは確かでしょう。しかし、色を好むことと暗愚であるかは等しくありませんもの」


 民百姓は国の礎、そして"まり"の手を美しいと褒め称えたその言葉は嘘ではない。

 マーリンはそう確信しているし、真実、信長の素直な想いでもあった。

 誰もが見落としそうで、だけども貴い美しさを知り真っ直ぐ受け止められる信長は愚人ではない。

 鳥になって事故るようなドジッ娘魔女も、見誤ってはいけない部分は決して見誤らないのだ。


「ふぅ……そうかい。ま、なら今はこれ以上は言わないでおこうか。旅自体は俺も楽しみだしな」

「それはよう御座います。私、これでも地理には詳しいので道中は御任せくださいな」

「ああ、そうさせてもらうが……一つ、良いか?」

「はい、何でしょう?」

「――――何かおでこ赤く腫れてるんだが、大丈夫?」


 元服の儀を行っていた場では魔道の力でカモフラージュしていた。

 しかし外に出て二人きりになったからか気が抜けて解除してしまったらしい。

 おでこの腫れは勿論、


「……ふ、不幸な事故ですわ」


 前方不注意による衝突事故である。

 千年を生きる魔女にダメージを与えるなど、流石は烏。伊達にゴミ袋を散乱させてない。

 尚、烏との示談は成立済みである。


「よく分からんが気を付けろよ。俺は気にする性質ではないが、それでも女の顔に疵は無い方が良いからな」


 そっと、優しくおでこを撫ぜる信長。

 ひんやりと冷たい手の平とは裏腹にマーリンの顔は熱を帯びるばかり。

 千年を生きたとしても色ごとに関しては初心のねんねなのだ。

 純潔を捨てたからとてそうそう成熟は出来ない。


「では、那古野に戻るか」

「はいぃ……地獄まで御供致します!!」


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