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2話

「……ふむ、忘れてた」


 あれからさんざっぱらまりの身体を貪った信長。

 昼間っから始まり夜通しヤり続けて気付けば日が昇っている。

 これはうっかり、そう言えば今日は元服の儀があるではないか。

 急いで古渡城に向かったとしても遅刻待った無し。

 父――信秀は気にしないだろうが他が些か以上にやかましい。

 うつけと言う評価は気にしないが愚痴愚痴説教されるのは面倒だ。


「どうなされました信様?」


 信長の腕枕で快楽の余韻に浸り蕩けていたまりが甘い声を出す。


「用事があったのを忘れていてな。まあ、御主との語らいよりはさして重要でもないが……俺はともかく連れがな」


 気を遣って今も外で待機しているであろう犬千代。

 彼が叱り飛ばされるのは心苦しい。

 信長はあちこちにキスマークをつけたまま、着物を羽織り身支度を整える。


「まり殿」

「はい?」

「これを」


 巾着をまりに手渡す。

 これは一体? と首を傾げつつ中身を見てみれば、


「し、信様!?」


 それは民百姓がお目にかかることもない額の銭だった。

 貢がせるつもりなのに貢のか? そう言う疑問があるかもしれない。

 しかしこれは先行投資だ。時には此方が差し出し、最終的に得を取ると言うのがノッブスタイルだから。


「俺は御主に嘘を吐いた。俺は漂泊の人間ではない、俺は尾張の虎織田信秀が嫡子。

今日より織田信長を名乗ることになる男よ。家族ごと御主を娶っても構わないが……」


 まりは色々と抜けてはいるものの、そこらの機微については信長よりもよっぽど聡い。

 とは言えそれを口に出すと疑われるから出しはしないが。

 彼女は未だ、自分が上手く偽りの皮を被り続けて居られると思っているのだ。


「御主も知っているかもしれんが、織田の嫡子はうつけで家中の嫌われ者」

「そ、そのようなことはありませぬ! あなた様は大そう御立派な……」

「御主にそう言ってもらえるのは嬉しいが、客観的な事実よ。そのような俺に嫁げば御主やその家族にも累が及ぶ」


 だから娶ることは出来ない、別にこれは建前でも何でもない。

 信長としては問題が無ければ娶っていただろう。

 何せこの時代、妻帯したところで側室制度があるのだから女遊びは続けられるし。


「とは言え、御主ほどの女子に天にも昇る思い出を貰ったのだ。幾許かの銭と、そして……これを」


 織田の家紋である木瓜紋が刻まれた短刀を手渡す。


「何か困ったことがあれば那古野城下の詰め所にこれを見せると良い。俺に取り次げる」


 下っ端の掌握ぐらいはやっているので握り潰されることもないだろうと笑う信長。

 ただの村娘に対して何たる厚遇と思うかもしれないし、まり本人はそう思っている。

 それだけ惚れられて認められて嬉しくないわけがない。


「私のような女に、此処まで……」

「まり、そう己を卑下するな。御主は良い女だ――と言ってもうつけの評価だから信じられんか」


 冗談めかして笑う信長。

 彼は今、心底楽しんでいた。良い女と関係を持てたこともそうだが、一体この投資に対して何が返って来るのかと言う期待ゆえだ。

 浅ましいと思うかもしれないが、人間関係とはそう言うものだ。

 何某かを求め、求められ、そうやって社会は廻っているのだから。


「そのようなこと!」

「ふふ、ならば胸を張って生きよ。良い元服祝いになった、改めて礼を言うぞ――ありがとう」


 そう言って信長は小屋を飛び出し外で待たせ続けていた可哀想なワンちゃんを拾い隠していた馬に飛び乗って古渡城を目指す。

 残されたまりは、


「……はふぅ」


 初体験から夢のような時間を思い返し悦に浸っていた。

 とは言えずっとこのままと言うわけにもいかない。


「ようやく見つけたわ、あの方こそが私の求めていた日ノ本の王!!」


 一夜を共にした男女補正の私情が混ざりまくっているが本人は気付いていない。

 まり――マーリンと言う女は人智及ばぬ魔道を駆使する魔女だが、割と残念な子だから。


「遂に……私も村娘の皮を捨てる時が来たわね」


 散らばっていた衣服を身に纏い、今生の家族の下へ急ぐ。

 今まで世話になった礼をせねばならないからだ。


「ゴホ……ま、まりか。おかえり」

「ただいま、おっとう。松とひよりは?」

「遊びに出かけたよ……なあ、まり。その……」


 帰って来ないまりを心配して父は娘を探しに出た。

 その際、娘が男とそう言うことをしているであろうと聞いたのだが……。


「お前はよくわしらを支えてくれた。だから、その……もう、良いんじゃないか?」


 他のことには脇目も振らずに家族がため尽くし続けた。

 そんな娘が絆されるような男と出会えたのだ。

 ならばその男を追って、幸せを求めるべきだと、そう思うのは父親として当然のこと。

 そんな仮初の父の優しさは当然、まりにも分かっていて……。


「はい。まりは、あの御方の下へ行こうと思っております」

「……ああ、そうか。うむ、わしらのことは心配せんで――――」

「だから、その前に恩返しをば」


 民百姓として暮らしている以上、魔道は封印していた。

 魔道を使えば田畑を簡単に肥えさせることも病も治すことが出来る。

 しかし、そうすれば問題を生むことも分かっていたしそれではあまりにも失礼だから。

 苦しくても、精一杯生きている者達への礼を失するわけにはいかない。同じ民草として生きる以上は。


 しかし、もう二度とは戻らない。魔女としての生を取り戻すと決めた。

 ならば魔道を使うことに躊躇いは無い。

 勿論、同じように闇に潜む魔道の徒を誘引せぬよう乱用するつもりはないが。

 それでも無闇矢鱈に控えるつもりもない。本来の自分は私情の女だと自覚しているから。


「如何です?」


 この家族の下で世話にならねば信長にも出会えなかった。

 だからこれは正当な報酬である、そう自分理論で病身の父から病を取り除く。


「こ、これは……身体が……」


 呼吸をするのも苦しかったのに節々の痛みは消え、視界もハッキリと開けた。

 もうずっと感じていなかった健常な肉体に戸惑いを隠せない父。


「長生きしてくださいな。そして、あの子達のことをよろしく御願いします」

「ま、まり!」


 信長から貰った銭を父に押し付け制止の声を振り切りまりはマーリンに回帰した。

 鳥に変化して空を往く、目指すは古渡城だ。


「虎が死去すれば家督を継ぐのは信長様だわね」


 信秀が信長を溺愛している噂は広く知れ渡っている。

 とは言え、家督を継いでも臣達が色々と足を引っ張るだろう。

 うつけと蔑み、本質を見ない愚か者達が――と、さりげに昨日の自分にも返って来るディスを零すマーリン。


「ならば、私が助力すれば良いだけ。聖剣の魔女、マーリンが」


 こう言う時のために伝承の中に自分を紛れ込ませていたのだから。

 クスクスと笑うマーリンは前方の鳶に追突事故を起こしかけた――前方不注意だ。


「信長様、あなたのマーリンが今行くわ!!」


 正当な支配者云々はさておき。

 信長と言う人間が毛色が違って、この時代に新しい風を吹かせることが出来ると言うのならば確かにそうだ。

 しかしそれは爛熟した社会の中で育まれたからに他ならない。

 数多の過去に学べて、数多の未来に続く道が見えるそんな社会の中で。


 とは言え信長自身も優れた資質を有しているのは確かだ。

 彼の稀有な資質、それは適応力と応用力。

 戦国と平成の、あまりにも広大なジェネレーションギャップ。

 自身の価値観を戦国のそれに摺り合わせることはないが、それはあくまでしないだけ。


 出来ることはマーリンを口説いた際のやり取りを見れば明白である。

 現代で使っていた手口をそのまま使用するのではなく、要訣のみを抽出し、この時代の者に通用するように応用して信長はマーリンを口説いた。

 この時代の者に通じさせる以上は、理解しておかねばならない。

 未だ未熟な文明、文化、社会、そして向き合う個人そのものを。


 適応力と応用力に秀でているからこその芸当。

 そしてそれは治世にも役立てることが出来る、本人は今のところそのような気はサラサラ無いのだが。

 なのでそう言う意味でマーリンの目もあながち節穴と言うわけではない。

 ただまあ、本人の気質ゆえか色々と残念なことには変わりないが。


「うへへ……明るい! 未来に! 嫁入り希望だぁああ! ウォウウォウォ――ブハァ!?」


 黒塗りの高級烏に衝突事故を起こしてしまった魔女はさておき。

 その頃、古渡城では信長が父と対面していた。


「吉法師、何をしておった?」

「女を抱いておりました」

「だろうな! グワハハハハハハ! そのナリを見れば一目瞭然よ!!」


 何時も通りに肩を出した格好で露出度強な信長。

 あちこちについているキスマークを見れば何をしていたかなど猿でも分かる。

 周りの家臣が厳しい目を信長に向けているのだが、父信秀は快なり快なりと笑うだけ。


「(ふぅ……やれやれ……親父殿はどうしてこう……)」


 信長としてはこの場でのこともそうだが、常日頃からやっている奇矯な振る舞いには理由がある。

 知っての通りに自分の人生を歩みたい信長だ。家督を継ぐわけにはいかない。

 ゆえに道化た振る舞いで評判を落とし、弟に家督を継がせる気で居るのだ。

 しかし信秀はそれを看破していた。


 何も信秀とて信長贔屓で可愛がっているわけではないのだ。

 虎と謳われ、乱世を強かに泳ぎ抜く中で培われた己が目。

 それで信長と信勝、どちらが跡継ぎに相応しいか冷静に見極めた結果の可愛がりなのである。

 露骨な贔屓は、こうしておかねば家臣連中から信長を引き降ろそうとしている動きが出るから。


 父であり現織田の当主たる自分が可愛がっているとアピールしていることで家臣達を制している。

 信秀としては譲り渡してしまえば後は信長の手腕で何とでもなると考えている。

 それゆえ、自身の評価が下がることも厭わずに信長を可愛がっているのだ。

 そうすることが織田の発展に繋がると確信しているから。


「……殿、吉法師の行動は目に余るのではありませんか? このような場にもふざけた格好で……!」


 信秀の妻にして信長の母たる土田御前が苦言を呈する。

 彼女の息子を見る目は実に冷ややかだ。嫌悪感を隠すことさえしていない。


「良い、わしが赦す。男児たる者、せせこましく閉じておれば何処にも往けんわ」


 土田御前の物言いも正しくはある、信長の表層だけを見ればむしろ当然である。

 然るべき場所で然るべき振る舞いが出来ないのは致命的だから。

 しかし、信長のそれはわざとだ。

 織田家を継げば父がため、喰わせねばならぬ家臣、民がために何だかんだと頑張ることが分かっている。

 それゆえ信秀は信長の振る舞いを咎めない。本当に良く息子を理解している父親だ。


「しかし……!」

「――――わしに意見するか?」


 ひっ、と小さな悲鳴を上げる土田御前。

 虎の眼光は賢しいと思い込んでいる女風情が受け止めるには重過ぎるのだ。


「吉法師よ。良い女だったか?」

「ええ、真良き女でした」

「そうかそうか! お前はわしに似て女好きだが女を見る目はわしを超えておるのう!!」


 さらりと土田御前をディスる信秀。

 酷い夫――と言うのは酷だろう。土田御前はこの時代の女で、しかも正室。

 息子の本質一つ見抜けないことはパパ秀からすればガッカリ極まりないのだから。


「お褒めに預かり恐悦至極。しかし、親父殿も存外に見る目はあると思いますがね?」


 素直に思惑通りに動いてくれる母、土田御前が信長は嫌いではなかった。


「クハッ……何とも可愛い奴よ。確かにお前にとっては良きものだろうて」


 信長の母への好意を理解しているからこその返しだ。

 この場において、会話の意味を理解出来るのはこの父子しか居ないだろう。


「このまま語らっていたいが……とりあえずは済ますべきことを済ませようか」


 信秀が元服の儀を始めようとしたその時だった。


「む!」


 ふと、甘い風が室内を吹き抜け室内を花弁が満たす。

 信秀を始めとした戦人達は即座に太刀を抜き警戒を露にする。

 これは妖異、妖しく異なる人外のものであると。

 だが、次に訪れた者を見て誰もが戦意を喪失させた。


「(……エクスカリバーなんてものもあるし、やっぱりファンタジーなんだなぁ)」


 花弁が形を成し、蒼い外套に身を包んだ妖艶な美女となったのだ。

 しかもその女は虹色の光を纏っているではないか――ファンタジー(笑)


「お、御主は……い、いえ……あなた様は……」

「(何だ?)」


 わなわなと震える信秀、他の者達も同じようなリアクションだ。

 信長も欠席せずに真面目に勉学をやっていれば気付いていただろう。

 犬千代の話した聖剣の話は、武家ならば当然のように教えられるものだから。

 うつけムーブをした信長とそれを赦した信秀の弊害と言えよう。

 犬千代がわざわざあの話を与太として教えたのは真面目な話と前置きすると信長が聞かないと思ったからだ。

 密かに教養をつけさせようとするとは中々の忠臣ぶりである。


「空色の衣……七色の光……絶世の美女……」


 家臣達が口々に呟く。


「――――聖剣の魔女殿であられるか!?」

「(ん、んんんん!?)」


 信秀が口にした聖剣の魔女と言う単語。

 眩暈がするほどに時代にそぐわぬ言葉だ。

 しかし、それにも驚いたが信長が一番驚いたのは魔女の手。

 それはたっぷりじっくり味わったまりのものではないか。

 変装なんてレベルではない、人智及ばぬ魔道の一端に触れたことで信長はポカーンと大口開けて固まってしまった。


「ええ、その通り。担い手たる吉法師様――いいえ、信長様の元服を祝うがため馳せ参じた次第ですわ」


 元服の儀は更なる混迷を極めることとなる。

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