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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いた俺――  作者: 曖昧


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22話

 雨が降っている。

 弾丸のように大地に降り注ぎ続けている。

 風が吼えている。

 総てを薙ぎ払わんばかりの暴風が雄叫びを上げ続けている。

 雷が猛っている。

 暗雲の中を、何時までも絶えぬとばかりに狂し続けている。


「……やれやれ、酷い雨だねえ」


 稲葉山城、道三の私室には部屋の主と主の娘が居た。

 母は荒れ狂う嵐がやかましいとぼやき、娘はダンマリを決め込み続けている。


「久しぶりに顔を合わせたってのにずーーーっと黙り込んでて、辛気臭いったらありゃしないよ」


 今、桶狭間へ向け信長達が進軍しているが、当然のことながらこの母娘はそれを知らない。

 知らないからこそ、帰蝶は不安を抱いている。

 最後に顔を合わせた時に感じたもの、信長が何を考えているのか。

 もう、二度と聞く機会がないかもしれない。それではあまりに消化不良が過ぎる。

 今を以ってしても信長に対する情など微塵も存在しないが、それはそれとしてあの別れはない。

 胸のモヤモヤ、母ならば晴らしてくれるかもと視線を向ければ……。


「何だい、良い歳こいた娘が上目遣いするんじゃないよ。気持ち悪い」


 蝮はセメント婆だった。


「母上は……母上は、何故……私を、あのうつけに嫁がせたのですか?」


 親子をやっていたのでセメントぶりは帰蝶にも分かっているのでガンスルーし、結婚以来の疑問を口にする。


「何故、何故私を斎藤の御家を継がせてくれなかったのですか?」


 信長を殺す云々は今思い返すと流石にアレなのは理解している。

 ショックが大き過ぎてあまりにも馬鹿なことをしでかしたと自省している――まあ、信長に対する罪悪感は無いけれど。


「内部から乗っ取れと言うことだったのですか? 信長を傀儡にして。

だとしても、そんなことをせずとも母上の下で学び、いずれ私の手で尾張を……」


 道三はそれまで黙って帰蝶の言葉を聞いていたが――――


「ハ」


 鼻で笑った。

 分かっていたこととは言え、やはり娘はまだまだ未熟。


「な、何故笑うのですか母上!」


 顔を真っ赤にして抗議する帰蝶だが、道三からすれば笑わずにはいられない。


「お前は本当に残念な子だねえ……信長にも馬鹿にされたんじゃないかい? その様子だと。

長ずれば私をも超えられるだろうけどまだまだだよ。まあ、今後の成長に期待ってとこかね」

「ならば……!」


 自分を超えられると言うのならば何故、兄に家督を継がせるのか。

 織田もそうだが斎藤でも肉親間での軋轢は色々大きいようだ。

 まあ、織田は最終的に和解出来たのだが。


「アレは……織田信長は分厚い、生半なことでは決して砕けぬ殻に包まれている。

本質、本来の力は隠されたまま。しかし、しかしだ。その状態でさえ、その状態でさえ奴はあたしらと張る。

尾張の虎、美濃の蝮、あたしらと張るんだ。他ならぬあたし自身が、そう感じたんだ。

自分で言うのも恥ずかしいがね、あたしは中々のやり手だと自負しているよ。無論、そのあたしとバリバリやり合ってた信秀もね」


 殻に包まれた状態でも肩を並べる自分よりも遥かに若い傑物。

 帰蝶がいずれ自分を超えるとしても、だとしても殻を破った信長には勝てない。

 さあどうする? 何が最善の選択だ?


「殻が割れぬと言う楽観は出来ない。敵対するにはあたしも老い過ぎた。

美濃は喰われるよ、あの男に。仮にあんたに継がせていたとしても、いずれ綺麗っさぱり呑み喰らわれていただろう。

だから身内になるのさ。お前の兄で、あたしの息子――あれこそが典型的なうつけよ。

能力自体は悪くはないが、要らぬ意地、見栄、それらが足を引っ張って選択を誤るだろう。

そして織田と敵対する、信長にとってみれば良い餌だ。そうして、あたしの築いた歴史は無に還る――そう、一度はね」


 此処で活きて来るのが、信長の正室たる帰蝶だ。


「……私が、家を再興しろと?」

「そう。次男でも三男でも良い。正室のあんたが産んだ息子に斎藤家を復興させる。

が、幾ら正室と言ってもそう簡単にはいかない。だから、あんたなのさ。

長ずれば私を超えるあんたが、信長の下で学び、奴の助けとなって役に立てば必ず報いてくれるだろう」


 そのために、愛娘であり磨けば光る帰蝶を送り込んだのだ。


「ふぅ……本来なら、自分で気付いて欲しかったんだが……まあ、あんたはまだまだ若い」


 信長を見抜けずとも、しょうがない。今後の成長に期待と言うことにしておこう。


「帰蝶、あんた随分信長を嫌っているみたいだね」

「そ、それは……」

「あたしの話を聞いた上で、曇った瞳で見て刻み続けた信長の記憶を、少しは曇りが取れた心が思い返してみな」


 改めて、理解出来ることもあるだろう。

 母に言われるがまま、思い返す。気になるところが多々浮かび上がるが一番印象的なのは……。


「……私の旦那は蝮の道三なぞ、足下にも及ばぬ傑物だと自慢させてやる」


 そう告げた時の、深淵を覗き込んでいるような感覚が蘇る。


「そんなことを言ったのかい。信秀の文で殻が破れかけているのは知っていたし、だからこそあんな伝言も託したが……いやはや」


 殻は完全に破れたと見て良いだろう。

 これまで見せるつもりも、或いは自覚さえも希薄であっただろう信長自身の力。

 それが日の目を見る以上……。


「揺れるね、こりゃ。盛大に揺れる――――この日ノ本が」

「……」

「どうしたんだい帰蝶?」

「……私は…………私は……」


 よく分からない、自分の見識が誤りだったと一先ずは認めよう。

 それでも好きになったかと言えば断言は出来ない――だって、あまりにも言葉を交わしていないから。

 知らねば、改めて知らねば好きにも嫌いにもなれない。

 今まで過ごして来た無為な時間、もう会えないかもしれない彼。

 知りたい、知らねばならない――帰蝶が動き出すその直前、信長は……。


「見ぃいいいいいつけたぁあああああああああああああああああ!!」


 馬を駆り、遠目に見える義元の輿目掛け疾走していた。

 背後も側面もまるで見えちゃいない、と言うか見ていない。

 引き絞られ、放たれた飛矢の如くに義元だけを目掛け飛翔している。


「!」


 輿より、堂々と姿を現した義元。

 信長と同じく具足も何一つとして着けていないが何と堂々とした振る舞いか。

 殺意を漲らせていた信長ですら一瞬、瞠目するほどだ。


「麻呂ってイメージが強かったが……何だよオイ、どっちかっつーとラオウじゃねえか……!」


 当たり前と言えば当たり前のことかもしれない。

 東海の覇者が公家趣味に被れた麻呂麻呂野郎などと言うのはズレているにもほどがある。


「……」


 殺気を纏い、突撃して来る信長を視界に収めた義元は無言で構えを取った。


「?」


 それは弓を引き絞るような構えで、弓なんて何もないのだが……。


「!?」


 瞬間、信長は直感に従い馬上で立ち上がりそのまま高く高く飛び上がった。

 それは正しい選択で、飛び上がらねば彼は眼下に見える騎馬の如く穴を穿たれ崩れ落ちていただろう。


「魔道の武器か……!」


 再び弓を引く動作をする義元、視界に捉えたのは光の矢。

 一度に何発も放てるらしく、かなり危険だ。

 空中で身を捩り回避するも、着地したタイミングを再び狙われる。


「しゃらくせえ!!」


 聖剣を以って矢を切り払う。

 身体に当たる分は総て切り払ったが、幾つかは外套に穴を穿った。

 矢避けの加護も効かぬ、魔道の弓矢。当たれば先ず間違いなく死ぬ。

 それでも尚、闘志は欠片も萎えず滾ったまま。


「御主が信長……で、あるか」


 威厳たっぷりの声。

 周囲の兵を手で制し、信長へ手出しをさせないようにしているが何も余裕からではない。

 乱戦になれば信長が更に面倒になると判断しただけだ。

 一騎討ちでなければ勝率が下がり、被害も増える。即座に判断を下せる能力は流石と言えよう。


「で、あるぞ。テメェは義元だろ? ちょっとその首置いてけよ」


 最早、理性の鎖で縛り付ける必要もない。

 義元は信長の身体から煌々と立ち上る悪意と欲望の炎を見た。

 放たれる覇気は凄まじく、味方は狂奔し、敵は恐慌している。


「何がうつけか……天魔であろう、これは」


 同時に、確証は無いものの確信した。

 東海にまで聞こえるうつけ振りは、今、この瞬間のためであったのだと。

 何時からか、何時からだ? この義元の首を狙っていたのだ! この天魔は!


「天魔で結構」


 呆れたような義元の言葉に、狂気滲む笑みを更に深める信長。


「聖者に天下は治められん。何せ、天の下に住まうは人だから。浅ましい浅ましい人間だから」


 ハ、ハ、ハ、と笑う哂う嘲笑う。

 何がおかしいのか、何もかもがおかしいのか。

 神聖な光を放つ聖剣エクスカリバーの担い手とは思えないのに、だがしかし、よく合致している。

 誂えたように似合いの一人と一刀。


「所詮この世は天狗の巷。俺も、お前も、誰も彼もが赤ら顔で天に高々と鼻を突き出し浮世の夢に酔っている」


 一睡、一酔。

 人間とは欲の生き物である、それは四百年先であろうとも変わらないし、千年経っても変わらないだろう。

 だが、聖者には欲が無い。

 名君と呼ばれ、清貧に務めるような者は確かに美しくはあるが聖者とは呼べない。

 聖者とは欲より解き放たれた者、かつて所持し、覚えがあったとしても欲を捨てた者は支配者足り得ない。


 欲を持たず、無心で尽くす者を人も最初は受け入れられよう。

 しかし、欲を持つ矮小の身では耐えられない、尽くされ続けることに耐えられない。

 聖者は恐れられ、忌避され、やがては排斥されるが定め。

 人の世に、天狗の世に聖者が住まう場所は無いのだ。


 乱世では確かに一際輝き、渇望もされよう。

 さりとて、治世においてはいずれ異物となるのが関の山。

 ゆえに、信長は聖者は支配者にはなれぬと断ずる。

 欲を理解し、為政者として世を治めつつも欲を肯定する者でなければ支配者にはなれないのだ。


 だからこそ、義元の天魔と言う表現は最高の賛辞でもあった。

 欲界の王、おお! 正に天下人にこそ相応しい称号ではないか!

 ありがとう義元、お前のような傑物に認められて心底嬉しいぞ。

 腹の底から哄笑を上げる信長の姿は正に――――魔王。


「成るほど、確かに道理よな。ああ、その通り。人とはそう云う生き物である」


 クツクツと笑う義元は実に威厳に満ちていた。


「だろ? つーわけであれだ。俺が天下人へと至る踏み台になれよ」

「吼えおるわ小童が……! だが良し、それでなくばつまらん! 障害があってこその人生よ、かかって来い!!」


 そして、一騎討ちが始まる。

 まだ距離は少し遠い、剣が届く距離までまだ少しある。

 この距離は義元の距離だ。

 義元は更に激しく矢を放ち、その勢いは機関銃が如く。

 切り払い、アクロバティックな動きで致命を避けながらも信長の身体には徐々に徐々に小さな傷が蓄積されていく。

 距離をほんの少し詰めたと思えば下がらされ、一進一退。


「(む……聖剣が更に光を強めておるな……何をする気だ?)」


 魔弾の射手だけあって義元の眼はとても良い。

 戦場の細かな戦いでさえ見える範囲であれば総てその眼に収めている。

 だからこそ信長が振るっている聖剣の光が激しさを増していることにも気付けた。


「正邪を分かつ光、その輝きの前に邪悪は退き未来を閉ざす闇を祓う」


 さっきまでの邪悪さは何処へやら。

 信長が謳いあげる祝詞は荘厳で、誰もが悟った――――何かある、と。

 恐らくは切り札。それも、こんな不利などあっさりと覆してしまえるような。


「迸れ! 裁定の極光よ!!!!」


 身体を捻り思いっきり聖剣を振り被る。

 義元は迷うことなく前へ出た。活路は後ろに無い、一歩踏み出す者にこそ栄光は微笑むのだ。

 踏み出し、弓を引き絞る義元に向け――――。


「なぁあああああああああああんちゃってぇええええええええええええええええええええ!!」

「投げ――!?」


 力いっぱい聖剣を投擲。

 すんごい光ってはいたが、あれは信長の闘志に呼応していただけで別にビームとかは打てない。

 予想外の行動、聖剣を投げると言う暴挙を利用したブラフだ。

 聖剣なんてもので首を刎ねるつもりなど毛頭無かった。

 聖剣エクスカリバーなどあくまで義元の一歩を誘発し、虚を突くための布石でしかない。


「必殺技なんぞあるわけねえだろバァアアアアアカ!」


 大地を蹴ると同時に、腰から無銘の短刀と宗三左文字を引き抜く。


「しまっ……!?」


 左手で突き出した短刀を義元の右肩に突き立てる。

 これで弓はもう引けまい。


「(平手の爺様……見てるかい? あんたの刃が、義元に届いたぜ。

トドメと言うわけではないが……トドメへ繋げる大事な一撃だ。爺様にゃ、ぴったりだろ?)」


 突きたてた短刀は平手政秀が自害に使用したものだった。

 政秀が死んだことはとても悲しかった、それでも、政秀の選択を否定することは出来ない。

 生き方も死に方も選べて、幸福な生涯であったと言ってやるのが一番だ。

 だけど、面と向かって言うことは出来なかった。

 そうすれば政秀の想いを酌めなくなるから。だからせめて、連れて来たのだ。


「(これが、手向けの花だ)」

「ぐぅ……ッ…………!」


 たたらを踏み、一歩退く義元。

 退いた分プラス、更に半歩踏み込む信長。


「 第六……天……魔王…………ッッ!」


 弟の首を刎ねた宗三左文字を握り締める右手は既に振りかぶられていて、


ったぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おお! 見事、御見事! 我が首持って往けぇい……!!」


 飛ぶ、首が飛ぶ。東海一の弓取りと呼ばれ、つい先ほどまで最も天下に近かった男の首が。


「――――俺達兄弟の、勝ちだ」

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