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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いた俺――  作者: 曖昧


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21話

 信勝謀反、三倍竹千代事件などから大きく時は流れ永禄元年(1558年)。

 信長は辛抱強く"心折れたうつけの仮面"を被り続け、敵も味方も欺き続けていた。

 それでも、先代たる信秀などが隠居の身でありながら息子のためにと前面に出張って居るので破綻は訪れず。

 永禄三年(1560年)まで織田家が分裂などせず続くことは確定している。


 さて、そんな年のある日のことだ。

 鬼柴田こと柴田勝家は平手政秀の屋敷を訪ねていた。

 去年の暮れ頃に病ゆえ、内向きの仕事も出来なくなり一線を退いた政秀。

 そんな政秀から呼び出しがかかったのだ。


「身体の具合は如何ですかな?」


 縁側に通されると、政秀は寝間着のまま茶を啜っていた。

 顔色は良さそうだが、それでも痩せた身体やこけた頬が目立っている。


「おお、よく来てくださりました。今日は中々に調子が良いのですよ」

「それは重畳。精がつくものを使用人に渡しておきましたので、加減が良いようなら是非に」

「ハッハッハ、気を遣わせてしまって申し訳ありませんな」

「何、平手殿には随分と世話になっているのです。当然の礼儀でしょう」


 隣に座り用意されていた茶を啜る。

 ふと、知覚を巡らせてみれば自分達の声が聞こえる距離には誰も居ない。

 事前に人払いを済ませていたらしい、つまりはそう言う話であると言うことだ。


「柴田殿、最近信長様は如何ですかな?

「……変わりなき御様子」


 事情を知っている勝家からすれば、実に心苦しかった。

 政秀には話しても良いのかもしれない、だが一体何処から話が漏れるか分からないのだ。

 もしそうなった場合、勝家は悔やんでも悔やんでも悔やみきれないだろう。

 あの刑場で、あの兄弟が、想いを押し殺して嘘の仮面を被ったことが無駄になってしまう。


「ふぅむ……そう、ですか」

「……ええ」

「柴田殿」

「はい」

「私は、腹を切ろうかと思っています」

「はい……え、は!?」


 突拍子のない、ちょっと買い物行って来るみたいなテンションで告げられた切腹宣言。

 思わず目と口をOの字にして固まってしまう勝家を一体誰が責められようか。


「な、な、何を……」


 茶で喉を潤したはずなのにカラカラと渇いている。

 声が震えるのを止められない。


「最早長くはない命。戦働きなど夢のまた夢、内向きの仕事だってもうロクに出来ない」


 穏やかな口調で自身の現状を語る政秀は何とも哀れを誘うものだった。

 唯一の救いは、当人が腐っていないことぐらいだろう。


「そんな私に何が出来るか。最後の御奉公として、この命を捧げるしかありませんでしょう」


 この場に竹千代が居れば、最後の語らいを思い出していただろう。

 『この命、病などではなく信長様の御ために散らせたい』あの日政秀が口にした言葉には何の偽りもない。


「最後に、この命を以て御諌めすることが出来るのならば――――」

「お、御待ちあれ! 御待ちあれ平手様!!」


 そんなことを、そんなことをさせてはいけない。

 すれ違ったまま、そんな別れ方をさせてしまえばあまりにも不幸が過ぎる。

 政秀にとっても、信長にとっても。

 勝家は屋敷中に響き渡るような大声で政秀を制止する。

 それでも人がやって来ないと言うことは……勝家が踊らされていることに気付くまで後もう少し。


「信長様は……信長様は…………!」

「――――これで、確証が持てましたぞ」


 ニヤリ、と眼光鋭く、何処までも不敵に政秀は笑った。

 それは病身の老いぼれとは思えぬほどの威風堂々たる笑みだった。


「え……は……ま、まさか……!」

「ま、出来れば己の目で看破したかったのですが……まあ、この有様でしてね」


 あれから、自分よりも感情表現が大きく、尚且つ色々と鈍い勝家が落ち着いているのだ。

 政秀は勝家が信長の意図を知っているとあたりをつけていた。

 恐らく、偶然知ってしまったのだろうと。

 処刑前夜、勝家が信勝の牢番を務めていたことにも何か関係があるのだろうとも。


「騙したようで申し訳ないが……」

「……いえ、構いませぬ。とは言え、嘘を吐いて聞き出すにしてももう少し穏当な…………」

「? いえいえ、尚更私は腹を切らねばならんでしょう」

「な!?」

「何某かの意図を持って、我らではなく敵を欺いておられる。うつけと思わせている」


 それならば、信長の教育係であり近隣にも名の知られた平手政秀が腹を切る意味は確かにある。


「臣の命を以っての諫言ですら行状を改めず、それは真のうつけだと思いませぬか?」

「それは……」


 信長が初陣で見せた煌きは、普通の者達にも眩く映った。

 目が肥えた者には更に深く映ったことだろう。

 今、こうしてうつけをやっているこの時ですら信長はまだ何か、と思ってしまうかもしれない。

 だからこそ、もう一押し。駄目押しをするのだ。

 そして、才あれども心折れてすっかり鈍らになってしまったと言う認識を完全に固めてしまう。


「成るほど、一々尤も。しかし、信長様は悲しみますぞ!?」


 飄々としているが、あれで情が深いのだ。

 だから刑場で見せた悲哀の叫びも総てが総て嘘と言うわけではない。

 そんな信長にこの上、幼い頃から寄り添い続けた政秀までもが……。

 勝家としては決して賛成出来るものではなかった。


「ええ、確かに悲しまれるでしょう。しかし同時に、我が意を酌んでくださるとも思っております」


 もし仮に、信長の前でこの話をすれば顔を顰めはするだろう。止めもするだろう。

 それでも、最終的には背中を押してくれるはずだと言う確信があった。


「老い先短いこの命の使い方。それを決められるのは己のみ。

己がそうと決めたのならば、あの御方はきっと赦してくださる。そして、私の死を活かしてくださるでしょう」


 命を捨てての御奉公、それを無碍にはしない。

 きっと、利用してくれる、役立ててくれる、報いてくれる。

 そう信じられるからこそ、政秀も命を捨てても良いと思えるのだ。心の底から。


「……」


 勝家は何も言えなくなった。

 五分か、十分か、互いに黙りこくったまま時間が流れ……。


「決意は固いようですな。ならば、某は何も言いませぬ。

いずれ某が死したらば、平手殿の死が殿の御役に立ち、天下の礎となったことを御伝えに参りましょう」


 勝家の力強い言葉に大きく頷き、


「――――御然らばです、柴田殿。後のことをよろしく頼み申す」


 このやり取りの翌日、平手政秀は腹を召した。

 表向きには主君織田信長を諌めるため。

 信長は真意を汲み取り、政秀の願い通りにその死を役立てるため大泣きし、それから更にうつけ度を加速させた。

 この一件について天下平定後、太田牛一と共に信長公記を執筆する際、勝家はこう評している。


『平手殿の挺身あればこその桶狭間。あの戦いに勝因の一つは、紛れもなく平手殿である』


 と。

 平手政秀が死去した翌々年――――東海の雄、今川義元が遂に動きを見せる。

 混沌満ちる乱世に静謐を齎さんがため、上洛を企てたのだ。

 途上に存在する織田を喰らい尽くし、京を目指し快進撃を続ける義元。

 既に賽は投げられた、転がり始めた石は砕け散るまで止まることはない。


 待っていた、待っていたぞこの時を。

 世界の誰よりもこの日を待ち望んでいたのは誰だ? そう、織田信長である。

 熟成された悪意は地獄の如し、我ら兄弟の怒りを満天下に知らしめてやろう。

 愚かな女よ、愚かな雪斎よ、お前の選択が悪鬼を産んだのだと教えてやろう。


 お前の選択がお前の愛する者を地獄へ追いやるのだと教えてやろう。

 とまあ、良い具合に腹の中がグツグツ煮立っている信長は桶狭間を翌日に控えたその夜、帰蝶の部屋を訪れていた。

 信勝処刑より、殆ど会話もなかった――夫婦が久方ぶりに顔を合わせたのだ。

 当然のことながら、帰蝶の反応は冷たい。煌きを見せたかと思えば直ぐに腑抜けてしまったから。


「……何用でしょうか、信長様」


 相も変わらず抑揚のない声。しかし、今の信長にはどうでも良かった。

 以前のような気まずさなんて微塵もない。

 それよりも何よりもやるべきことがあるから。

 殺意&悪意ゲージがマックス状態の信長にはそれ以外のことに割くリソースがあまりないのだ。


「ああ、お前をマーリンの力で美濃に飛ばそうと思ってな。

まあ、大っぴらに行かせれば勘違いされて更に士気を下げかねんから、マーリンに作らせた身代わりを置くがな」

「……つくづく」

「ん?」

「つくづく、人を怒らせるのが上手よね、大うつけさん?」


 ヤンキー漫画風に言うならば”ビキィ!?” 状態の帰蝶。

 一見すれば妻への気遣いとも取れる信長の言葉だが、彼女はそう受け取らなかった。


「何? こんな状況で妻への情にでも目覚めたのかしら? それとも斎藤家への義理立て?」


 初夜でとことんまで虚仮にして、その後は殆どガン無視で顔を合わせることすら稀。

 そんな男が今更何だと言うのか。

 しかし、そんな帰蝶の怒りも信長にとっては柳に風、暖簾に腕押し。


「ふむ……やっぱり、未熟だなぁお前は」

「……何ですって?」


 キッ、と睨み付けるも次の瞬間、帰蝶の気勢は挫かれることとなる。


「――――勘違いしてんじゃねえよ阿呆が」


 髑髏の眼窩でも此処までほの暗くはないだろう。

 深い、果てのない洞を見ているような錯覚に陥る。

 ただただ、底知れず、恐ろしい。知らない、こんな男は知らない。


「フッ……蝮が何を考えていたか知らんが、自慢させてやるよ」

「自慢……?」

「私の旦那は蝮の道三なぞ、足下にも及ばぬ傑物だってな。それで鬱憤を晴らして来い」


 そして、


「――――惚れさせてやるよ、この俺に」


 初夜の段では定まっていなかった。

 道が定まった後も、時はまだ先で、口にしたところで虚しいだけ。

 このタイミングで、ようやく口に出せた。

 信長は女として、そしてこれからの織田家のために帰蝶を求めている。


「お前を斎藤の跡継ぎにするなぞ勿体無い。だから、俺が貰う。改めてな」

「一体何を――――!?」


 ずる、と影が蠢きマーリンが帰蝶の背後に出現する。


「ちょ、離しなさい! 私はこの男に話が……」

「はいはい、それはまた後にしましょうねえ」


 そうして、二人の姿が掻き消える。

 美濃へ、道三がおわす稲葉山城へと転移したのだ。

 それから少しの後、戻って来たのはマーリンのみ。

 最初に現れた時と同じように、いきなり現れた魔女を信長は笑顔で迎えた。


「姑殿から何か伝言は?」

「"何をしでかすのか知らんが、随分待たされたんだから相応のものは見せなよ"――だそうで」

「ふぅん……えらく高く買ってくれてるじゃねえか。まだ、ことを成してねえのに」

「高く買っていなければ帰蝶様を嫁がせないと思うけどね」

「嬉しくて涙が出そうだぜ」


 ごろん、と帰蝶の部屋に敷かれている布団に寝転がる。

 そう言えばまだ抱いてなかったな、と思い出す。


「(落ち着いたら一晩中どころか……三日三晩は鳴かせてやろう)」


 そんなことを考えていると天井の板が外れ、影が降り立った――藤乃だ。


「……あなた、どっから出て来るのよ」

「いやだって、流石に正面から訪ねられないでしょう、帰蝶様の御部屋なんだし」


 妙な勘繰りを受けている暇はないのだ。


「信長様、これより私も御婆ちゃん魔女も最後の仕込みに参ります」

「ああ……が、その前に少しだけ時間を貰えるか?」


 二人が頷くのを確認してから、信長は思いの丈を言の葉にのせ始める。


「これまで、マーリンも、藤乃も、女としてのみ求めていた」


 それ以外は無関心だったと言っても良い。

 そして、女達もそれを理解している。何せ、信勝の死が決まるまでは家を継ぐ気などなかったのだから。


「しかしまあ……事情が変わって、こうしてそれ以外の部分まで求め始めているわけだ」


 決意を固める以前も、色々やってはいたがそれは別にどうしてもと言うわけではなかった。

 しかし、これからは違う。


「マーリン、藤乃――――お前達の総てを俺に寄越せ」


 決して後悔はさせない。

 この上なく幸せな一生を送らせてやる、俺が幸せになる。

 だから、そのためにも総てを捧げてくれ。他の誰でもない俺のために。


「俺は天下を獲る、この日ノ本を手中に収める。そのためにはお前達が必要なのだ」


 立ち上がり、すっと手の甲を差し出す。

 最初に動いたのは藤乃だった。信長の前で片膝を突き、差し出されたその手を握り、


「あの日、信長様の女になった瞬間から、藤乃は総てを捧げております。

指先から魂魄の一片に至るまで、藤乃は信長様のもの。他の誰でもない、愛しい愛しいあなたのもの」


 そっと甲に唇を落とす。

 藤乃はこの上ない陶酔感に浸ったまま一歩下がる。後がつかえているから。


「信長様、あなたは人の手でことを成すと決めている。

犠牲が出ても、どれだけ苦しい道行でも人の力で……でなくば何も変えられないから。

尋常ならざる力を振るう魔女の手で何かを成しても、そこに人は連帯を生まない。

ならば、私もその通りに、人としての範疇でその覇道の一助となりましょう。

とは言え、相手が今回のように魔道を用いるのならば私も遠慮なく使わせて頂きますが……後はちょっとした日常生活とか」


 聖剣なんてものも所詮は権威付けの一環。秘められた特殊能力だってそう。

 聖剣エクスカリバーなんてものは人が利用するためだけの道具でしかない。

 剣一本で国をまとめられるほど、人間は軟弱ではないのだから。

 あくまで前面に立ち、ことを成すのは人の意思と力。

 とは言え、その分を弁えない雪斎のような手合い相手にまで付き合ってやる義理は無い。


「さっきも使ってもらったしな」

「ええ」


 セーフラインを超えぬ限りは魔道の力を使う。

 例えばそう……エロいことした後で、風呂に入れないのは辛いから。

 あくまで戦場などで、ビームぶっ放したり、単独で一方的に殲滅したりしなければ良いのだ。

 戦場以外でも寝返りを誘発するために人の心を操るなど以ての外。

 原則、政戦両面で魔道は使わない、そこだけ弁えておけば問題は無い。


「魔女から魔道を取れば何が残る? 余人はそう思うかもしれませんが私とて伊達に長くは生きていませんわ」


 知識と経験、それだけでも十分な力になれると自負している。


「時の流れの中で培ったもの、存分に御役に立ててくださいまし」

「ああ、期待している」


 藤乃がそうしたようにマーリンも手の甲を取り……。


「――――永劫尽きぬ忠誠と愛を、改めて我が君に捧げましょう」


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