9話
戦いは熾烈を極めていた。
織田信長の夜の武力は内訳が天性の才や素質が5:努力が5と言う実にバランスの良いもの。
天賦の才と努力、どちらに比重が傾き過ぎていることもなく。
陰陽合一の思想そのままに、丁度半々で10と言う全を体現している。
一流にも数あれど、信長は最高品質の一流と言えよう。
対して木下藤吉郎こと、藤乃と言う女はどうなのか。
天性の才や素質が8:努力が2――敢えて名付けるのならば特化型。
バランスは酷く悪いが、それでも出来上がるのは信長と同じ10。
互いの10を芸術品に例えて比べてみよう。
信長の10は万人受けする絵画。
藤乃の10は好き嫌いはあるものの好みにガチリと嵌まればとんでもない熱狂を生み出す絵画。
どちらが劣っていて、どちらが優れていると言うわけではない。
絶対の優劣は存在せず、共に優れた作品なのだ。
もし藤乃の8が7、或いは2が1ならば10にはならず信長が圧勝していただろう。
とは言え彼女も10。彼我の間に差は無いと言える。
いや――――。
「(本当に、そうなの……か?)」
快楽の嵐の中、航海を続けるキャプテン信長の脳裏に一筋の光明が差した。
「(今は何時で、俺は何処の誰だ?)」
信長も藤乃も、共に16世紀の人間である。
が、信長の中身は21世紀のもの。
「(俺は……俺は……平成生まれのホストだ!!)」
16世紀と21世紀では何もかもが違う。
時間が齎す発展と言うものを決して侮ってはいけない。
文化とは年輪のようなもの。時間と共に徐々に徐々に広がって行く。
その広がりこそが発展である。
食事、この時代と平成を比べてみれば段違いだ。
歴史に詳しくない人間であろうとも戦国時代の食事が未熟であることは分かるだろう。
冷めてしまったものを温かくすることも出来ず、冷たくして食べるべきなのに温くなり冷やすことも出来ず。
冷蔵庫も電子レンジも何も何も存在していない。代替となる方法はあれども、未来と比較すれば段違い。
睡眠、それもまた時間と共に凄まじい発展を見せている。
フカフカのベッドや羽毛布団、安眠枕、この時代には概念すらない。
戦国時代の睡眠と現代の睡眠、質は段違いだろう。
例え大きな武家の息子に生まれたからとて、未来のそれには叶わない。
「(食事、睡眠、も進化したのならば――――性の文化も発展している!!)」
人間の三代欲求、決して切り離せないそれは人が真っ先により良いものを求めようとする部分だ。
もっともっと美味い食事を!
もっともっと心地良い睡眠を!
もっともっと気持ち良い性生活を!
根源に根付き、剥離は不可能。だからこそ、人間は貪欲に三代欲求のクオリティーを上げようとする。
「(の、信長様の瞳に炎が宿った!?)」
信長も辛いならば藤乃も辛い。
快楽の嵐に呑まれて理性を吹き飛ばして狂いそうになる自分を必死に押し留めて戦っているのだ。
それゆえ、敵手の変化には敏感だった。
「(ウィンウィン稼動する玩具なんかは居ないけれども……!)」
寄り添い。
鶯の谷渡り立ち花菱。
岩清水鵯越えの逆落とし二つ巴。
椋鳥しめ小股しがらみこたつ隠れ。
だるま返し深山吊り橋松葉崩しテコがかり。
千鳥後櫓鵯越え碁盤攻め仏壇返しつばめ返し。
抱き上げ押し車立ち松葉獅子舞首引き恋慕帆かけ茶臼。
虹の架け橋本駒駆けしぼり芙蓉乱れ牡丹鳴門こたつかがり。
手がけ浮橋流鏑馬時雨茶臼宝船御所車菊一文字撞木ぞり窓の月。
「(時が……時が見える!!)」
歴史の波濤を乗り越えた先は、何処までも凪いでいた。
「(これが――――人が築いた歴史の重みだぁあああああああああああああああああああああああ!!!!)」
そうして、
「私の……負けです、か……それでも……つ……け……」
藤乃は満ち足りた笑みを浮かべ、崩れ落ちる。
そうして、熾烈を極めた人生最大の死闘は終わった。
意識を失った藤乃の汗ばんだ身体を軽く拭いてやり、そっと布団をかけてやる。
「……これは、運命の出会いだったんだな」
五条の大橋で牛若丸と弁慶が出会ったように。
何処ぞの銀河帝国で金髪のシスコンと赤毛が出会ったように。
信長と藤乃の出会いは特別なものだった――とか言っておけば少しは誤魔化せるだろう。
性豪二人が出会ってヤりまくったではあまりにも情けなさ過ぎるから。
「しかし、腹減ったし喉が渇いた……どれだけ時間経ったんだ……?」
刹那の浄土に誘うと言う藤乃の言は大言でも何でもなく、事実だった。
抗って、最終的に勝ちを手に入れた信長だが時間の感覚すら奪われて居たのだから。
「この消耗具合からして一日中――じゃ足りねえな。二日とか三日ぐらいか?」
衣服を着るが、火照った身体を冷ますために前はガン開き。
あちこちにつけられたキスマークと漂う性臭は半端ではないが、信長は気にせず外に出た。
「ふわぁ……眠いが、マーリンを待たせてるしなぁ」
帯と衣服の間に挟んでいた小さな黒い手拭いを取り出す。
すると、手拭いは空中でパタパタと折り畳まれ鳥の姿を取り何処かへと飛んで行く。
あれは旅先ではぐれた場合に自分の居場所が分かるようにとマーリンが渡した魔道具だ。
「ふふふ、藤乃との一戦で俺は更なる高みへと昇った。マーリンにも還元してやらにゃあね」
鳥を追って進んで行くと、古ぼけた民家の前へと辿り着く。
信長の姿を確認すると、鳥は彼の下へと飛び寄って元の手拭いへ。
それを再び帯に突っ込み中に入ると、
「(白檀の香り……)およ? 知らん顔が居るじゃねえか」
中にはマーリンともう一人――雪斎が居た。
マーリンは信長を待つ間、暇潰しにと雪斎を引き止め話し相手になってもらっていたのだ。
何と迷惑な御婆ちゃんか。
「おかえりなさい。どうやら首を刎ねずに済んだようで何よりだわ」
「へへへ、ああ。どうにかこうにか勝ったぜ。で、そっちの尼さんは?」
「彼女? 太原雪斎よ。名前ぐらいは知っているでしょう?」
「ほう……義元公の懐刀かね。ん? どうした?」
信長を見た瞬間に、固まってしまった雪斎。
つぅ、と冷や汗が額から流れ落ちている。
信長はこんな反応をされるのは初めてだった。
イケメンゆえに顔を赤らめたりと、好意的な反応は幾度もあったけれど、雪斎は何処か怯えているように見える。
「(強面じゃないと思うんだが……何処が怖いんだ俺?)悪いね、雪斎さん。何か気分を害しちまったようで」
「い、いえ……御気になさらず」
元の澄まし顔に戻った雪斎だが、内心は変わらず信長を脅威と見ていた。
ただ姿を現しただけ。論理的に説明出来る部分で、怯える要素などは微塵も無い。
それでも雪斎は怯えていた。一目見た瞬間に、直感したのだ。
この男こそが愛する主君、今川義元の覇道を阻む存在であると。
信長の父、信秀とは戦場で面識があった。
雪斎は信秀を傑物と認めつつも、それでも義元の優位を疑ったことはなかった。
だと言うのに、世間ではうつけと蔑まれる信長には……。
分かったのだ、彼が聖剣を担うに足る器であると、聖剣を担い義元の首を刈り取りかもしれぬ存在であると。
何一つとして理屈をつけて説明することは出来ない。
これは長年生きて培った勘だから。
それでも、その勘に幾度も助けられて確たる武器と認識しているからこそ。
決して、信長の存在を軽んじようとは思えなかった。
この手の勘働きは傑物と言われる人間には当然の如く備わっている――勿論精度に個人差はあるけれど。
「しかしまあ……えらい別嬪さんじゃねえか」
「……今の今までヤってたのに、もう?」
「可愛い嫉妬が心地良いな。安心しろ、流石の俺も今日は店じまいさ」
男としての欲が根こそぎ奪い尽くされたわけではない。
それでも、今しばらくは女を抱く気分にはなれなかった。
それほどに凄まじい死闘だったのだ。
二、三日は賢者モードが消えぬであろうと信長は確信していた。
「可愛いなんて! 可愛いなんて! こんな御婆ちゃんに何を言うのかしら!? ねえ、雪斎!?」
イチャイチャっぷりを見せ付けたいマーリンは雪斎に話を振るが彼女からすれば知ったことではない。
むしろ煽られてるようにしか思えないだろう。
どれだけ慕っても、男と女の関係にはなれない義元と自分。
それに対して男と女の関係を持つ信長とマーリン。
同じ魔道を修める女なのにどうして、と。
「おいおい、若い子に迷惑かけちゃいかんぞ」
「若いって言うけど信長様より年上よ、この子」
「それでもマーリンからすりゃ俺と雪斎さんの年齢なんぞ誤差程度だろ」
「そうね、だって私婆だもの! ところで、あの子は?」
「藤乃か? 流石に疲れたみたいで寝てる。女一人置いてくのもアレだったが……」
始める前にこの小屋は安全で、人も寄り付かないと言われていたのでそれを信じさせてもらった。
それで一時的に離れてマーリンを迎えに来たのだ。
「お前を拾ったらもう一度戻るつもりだよ。このままさようならじゃ不義理が過ぎるからな」
が、その前に確かめておかねばならないことがある。
「太原雪斎殿はどうされる? 敵国の馬鹿息子がこうして間抜けヅラを晒しているわけだが」
挑むように問いを投げる。
あちらがちょっかいを出すと言うのならば是非も無し。
どんな手を使ってでも、逃げ出す。
しかし、今川領内で考えなしに暴れたとなればそれなりの責任を取らねばならない。
信長は自分の出奔に今川を利用しようと考えているのだが、
「……いいえ、魔女殿にも御話しましたが、そのようなことは致しませんわ」
断られてしまう。
信長はこの時、よく雪斎を観察するべきだった――それならば後の禍根を断つことが出来たのに。
「ふぅん……そうかい。じゃ、行くかね。アイツが目覚めたら直ぐに京を目指して、なるたけ早く尾張に帰ろう」
「故郷が恋しいの?」
「ちげーよ。弟の顔を一目見ておかなきゃ安心出来ん。便りが無いから大丈夫だとは思うが、それでもな」
「そう……」
「ああ、まあアイツは俺の顔見たら嫌がるだろうけどさ。つれが世話になったな、縁がありゃまた会おうぜ太原雪斎殿」
ひらひらと手を振り別れを告げ、マーリンと共に藤乃が寝ている小屋を目指す。
「(やけに鼻に残るな、白檀の香り……)」
その道中、民家に入った時から感じていた白檀の残り香がどうにもこうにも気になる。
どうしてこうも鼻に残るのかと。
「どうしたの?」
「いや、雪斎の姉ちゃんから香る白檀の匂いがどうにも、鼻に残ると思ってね」
「白檀? ずっと一緒に居たけど雪斎から白檀の匂いはしなかったけど……首からさげてる数珠も白檀じゃないし」
そもそも、あの民家には白檀の香りを発するものなど何一つ無かった。
「そう、なのか?」
それでも不思議と、信長は確信していた。
今も鼻にまとわりついて離れない白檀の香り、その発生源は雪斎であると。
信長が嗅ぎ取ったものは何なのか。ロマンティックな言い方をすれば"魂"の匂いだったのかもしれない。
或いは未来の不吉を感じ取って――――。
「うん。ヤり過ぎて鼻がおかしくなっているんじゃない?」
「そう言われると否定も出来んなぁ」
「だってもう、信長様……あなた、すっごい匂いよ? その状態で何嗅いでもちゃんと感じ取れないと思うけど……」
すれ違う人々が奇異の目を向けているが鉄の心臓にそんなヤワな視線届こうわけがない。
面の皮も厚ければ心臓にも毛が生えているので他人の目などに左右されることがないのだ。
「っと、着いたな」
「う……家の外にも匂いが……自分の時は気にならないのに……不思議ねえ……」
中では未だに藤乃がダウンしていた。
寝相が悪いのか、かけてやった布団は蹴り飛ばされていて小ぶりなヒップが丸見えだ。
「う、うぅん……あ、信長様……」
「すまん、起こしてしまったか?」
「いいえ、御気になさらず……っとっと」
多少ふらつきつつも立ち上がり、改めて藤乃は跪いた。
「信長様、あなたこそが私の捜し求めていた理想の具現。どうか、この猿めを御傍に置いてください」
此処で嫁に、と言わないのが藤乃が感じさせる秀吉らしさの一端と言えよう。
信長の立ち位置的に妻は政略結婚で決めねばならない。
側室を取るとしたら先ず政略結婚で正妻を娶ってから。
しかし、側室にと言えば急かされているようで気分を害してしまうかもしれない。
だからこそ、自分の純さを演出する意味でも『ただ御傍に』なのである。
「まあ、俺もお前ほどの女を傍に置けるのは嬉しいが……良いのか?」
忘れているかもしれないが藤乃は木下藤吉郎と言う名で松下嘉兵衛に仕えているのだ。
秀吉と言えば立身出世を目的としたイメージが強いだけに、フーテンの自分に仕えると言うのは……。
「はい。元々、奉公人になったのは身分の御高い方々を食べるためだったので。
そしてそれも私の本懐を果たすための手段でしかなく、本懐は既に果たされたのですから」
どうやら藤乃は武家に仕え出世し、身分を高めて上流階級の男を食い漁るつもりだったらしい。
つまり、下手をすれば義元辺りも毒牙にかかっていた可能性が……。
そう考えると末恐ろしいビッチだ。
「私は信長様が御家を継がれなくても構いません。ただ、御傍に置いて頂けるのならばそれだけで幸せですから」
信長が家を継ぐのならばなれても側室。
その代わりに、彼は勇躍するだろう。
家を継げば大きく大きくこの日ノ本に翼を広げる、そんな確信がある。
天下人の側室、そんな立ち位置も魅力的だ。
しかし、そうならずとも藤乃は信長から離れるつもりはない。それならそれで誰憚ることなく直ぐに妻になれるのだから。
自分の才覚と信長の才覚があれば、豪商にだってなれるはずだから生活の不安も無い。
「そこまで言われて喜ばん男はいねえ。藤乃――――ずっと俺の傍らに居てくれよ」
「はい! 猿めは感激極まりないです♪」
「だがまあ、それはそれとしてだ」
「はい?」
首を傾げる藤乃に一言。
「服 を 着 ろ」
ずっとマッパでは風邪を引いてしまうから。




