プロローグ
最初は真・信長転生Ⅲ―聖剣伝説―
ってタイトルにしようと思ってましたが思いとどまりました。
永禄三年(1560年)、五月十九日。
清洲城内では深夜になっても会議が紛糾していた。
東海一の弓取り、今川義元の上洛に端を発する尾張侵攻。
既に先方の松平元康により幾つもの城砦が陥落し、織田家は喉元に刃を突きつけらている状態だった。
「座して死ぬよりは討って出るべきじゃ!!」
「四万近い今川軍相手に野戦など自殺行為、戯けは黙っておれい!!」
「勝てぬのならば従属すればよろしい、家を残すためには已む無き決断で御座ろう」
「腑抜けたか!? 第一、そのようなことが通るとでも思うてか!!」
「義元公が大そう可愛がっておられる松平の小娘と大殿は面識がある。彼の者を通せば或いは……」
喧々囂々。
主君である信長は頬杖を突いてつまらなそうにその会議を見つめているのに酷い温度差だ。
「殿、御決断を! どうなされるのですか!?」
「……良い時間だし俺は寝る! お前らも寝ておけ。以上、解散!!」
ひらひらと手を振り解散を宣言する信長。
その一言で家臣達の間に広がった感情――それは落胆。
やはりうつけだ、信勝様を当主にした方が良かった。などと聞こえるように嘆く者も出だす始末。
それでも信長は気にせずに議場を出て自室へと引っ込む。
「……ククク」
蝋燭の灯かりがぼんやりと揺れる薄暗い室内で一人腹の黒さが滲み出る笑みを漏らす。
笑みを浮かべながら手に取ったのは両刃の剣。
それは日本の文化にそぐわぬ西洋風のもので、鞘から抜いた途端に室内は夜から昼になった。
煌々と光を放つその剣から感じる威容はただごとではない。
「(エクスカリバーなんてもんがある世界観であろうとも桶狭間が起こるとはねえ)」
尾張の虎と謳われた織田信秀の長子にして現、尾張の国主織田信長。
生まれは戦国の世、さりとて宿る価値観や常識などはこれより四百年より先のもの。
何時か何処かの時代で生きていた彼はあまりにも稀有な運命を甘受していた。
そう、戦国三英傑と称された織田信長への生まれ変わりと言う夢物語のような運命を。
「(いやまあ、そうなるように仕込みはしてたがな)」
もう既に戦国時代で過ごした時間の方が長くなっている。
それでも未だに意識は現代のそれ。
心も身体も白紙の状態から得た現代の価値観と、肉体だけ白紙にされてから得た戦国の価値観。
どちらに秤が傾くかと言えばそれはもう前者しかないだろう。
だがそれで良いのだ。現代の価値観が、夢へと繋がっているのだから。
「(思えば遠いとこまで来ちまったよ俺も……)」
もう戻れぬ遠い未来を想う。
信長になった彼が現代を離れたのは十八の頃。
前世の彼も決して幸福な生涯を送っていたとは言えない。
十三にして父親が蒸発し、母は心を病み、援助してくれる親類もおらず生活は一気に困窮。
生活保護なども、諸々の事情で受けず。
もっとも本人は、
『有り触れた、何処にでも転がっている悲劇がたまたま自分の前に訪れただけ』
そう言って特に気にすることはなかったが。
いや、一応人並みに凹みはした。それでも生きていくためには金を稼がねばならないと立ち上がったのだ。
彼は幸いにして容姿に恵まれており、同年代の子供らよりもかなり大人びて見えた。
それゆえ、即座に歓楽街へと赴き色々とあちこちのホストクラブを回って糧を得る場を求めた。
店側に年齢を隠すようなことはしなかった。
客には偽るだろうが、雇用者を欺けばいざと言う時に困るから。
だからこそ、未成年でも雇ってくれてしっかりと多少天引きされても賃金を払ってくれる店を探し回った。
諦めずに頑張った甲斐あって反社会勢力の息がかかった、違法行為を見て見ぬフリをする店を見つけ就職。
そうして昼は中学生、夜はホストの二重生活が始まる。
彼は何だかんだで学が無ければ立ち行かぬと考え決して学業を疎かにすることはなかった。
さりとて夜も手抜きは無し。そもそも手抜きをしては生活が成り立たないから。
ハードな生活ではあったが、それでも彼は何だかんだで楽しんでいた。
夜はチヤホヤされつつ、女を篭絡する手管を学び快楽を貪る。
昼は夜に学んだ技術を小便臭い小娘相手に実戦し青い果実を貪る。
美味いもの食べて、気持ち良いことをしていればそれだけで幸せ。
彼の幸福理論にガチリと嵌まる二重生活、楽しくないわけがない。
無論、楽しいことばかりでは行かないのが人生だ。
夜の先輩達からの行き過ぎた暴力を伴うイジメや、犯罪に加担させられそうになったことも多々あった。
と言うかむしろ何度か犯罪を犯している、露呈していないだけで。
それでも彼は彼なりに日々を精一杯生きて居た。
そして精一杯稼いだ金で行った高校生活も後一年になった時のこと。
ある日唐突に、何の前触れもなくテレビの電源が消えるように意識が途絶え再び電源が入ったかと思えば暗くて温かい何処か。
そう、今生の母たる土田御前の胎の中だった。
それ以後、出産の日まで自問し続けたが答えは出ず。
彼が信長になったことに気付いたのは出産の時。
目を焼かんばかりの眩い光の中で聞こえた父親らしき男の名前信秀。
そして恐らくは自分のことであろう吉法師と言う名。
そこそこ真面目に授業を受けていた彼は自分は信長に生まれ変わったのだと把握した。
非常識な事態だ。
それでもさして混乱することはなかった。
信長になる以前に、胎児になると言う非常識な経験を済ませていたおかげだ。
そうして彼は織田信長となり、諸々の出来事を経て今日へと至った。
「(まあ、面倒なこともあるがまた男前に生まれたことは幸いだったけどな……趣味と実益的な意味で)」
聖剣を鞘に仕舞い寝転がったところで、勢い良く襖が開かれた。
「信長様! 頼まれたことはやっておいたわよ! 最後の仕込みはバッチリ! これで、必ず雨が降るわ!!」
やって来たのは厚ぼったい蒼い外套の上からでも分かる豊満な肢体を持つ三角帽を被った女。
雪のように白い御髪は僅かに濡れそぼっており、紅い唇がやけに艶かしい。
これでもかと色気を発露させている彼女の名前はマーリン。
信長に一つの転機を齎した魔法使いである。
「魔道で雨を降らせても気付かれるから、
回りくどいけどあくまで魔道の仕込みを経て自然現象として雨が降るようにするのはすっごく大変だったんだから!
褒めても良いのよ? 褒めてもよろしくってよ!? ホホホホ、流石大魔道マーリン! 今直ぐ押し倒して夜が明けるまでハメ倒したいって!!
私はもう準備万端、あっちは既に大洪水! 戦前の景気付けにゲンを担ぐ意味でも……信長様?」
ハイテンションで己を誇っていたマーリンだが、急にしおらしくなる。
信長がぼんやりとしたままリアクションを返さないからだ。
「あ、あの……うざかった? 私、うざかったかしら? ご、ごごごめんなさい……。
フフフ……そうよね、そうよね、年増女如きが何を偉そうに言ってるのかしら!
殿に初めてを貰って頂いて情婦になれたのもお情けだものね……だって私、婆だから!!
見た目若くても婆だから!! 婆の蜘蛛の巣張った穴に冒険の旅に出たくないわよね……」
マーリンは躁鬱の気があるようだ。
「いや、別にそう言うことじゃないさ。ちょっと考えごとしててな」
苦笑しつつマーリンの背後に回り込んだ信長は即座にその豊かな乳房を鷲掴む。
前世での職業柄、釣った魚にも餌やりを忘れないのが信長だった。
「の、信長様……そ、そうよね! 私、婆だけど美人だもの! 気立ても良いし尽くす女ですから! って痛ッ?!」
再び調子に乗ったマーリンの側頭部に小柄が刺さる。
短刀が突き刺さって「痛ッ?!」で済ませられる辺り流石は魔法使いだ。
「な、何するのよ藤乃!!」
開け放たれままの襖の向こうに居る下手人に向かって牙を剥くマーリン。
藤乃と呼ばれた少女は白けた視線を返すだけ。
「それはこっちの台詞です」
肩で切り揃えたシャギーの入ったショートヘアーと猫目が特徴的な少女――藤乃。
マーリンが美人で美女ならば藤乃は可愛い美少女と言ったところか。
具体的に言えばスタイルが実に少女体型。
「私が殿に報告に行こうとしたら邪魔をして落とし穴に閉じ込めるなんて婆の嫉妬醜過ぎです!!」
藤乃――本名木下藤吉郎は瞳孔をガン開きにして抗議する。
そう、藤乃は藤乃で別の役割を担っていたのだ。
今川方に勝つためには決して欠かせない仕込みを。
それを終えて報告に行こうとしたタイミングでマーリンとかち合って、今言った通りの仕打ちを受けたのだ。
「信長様、そのような魔女よりも私を召し上がれ♪」
ガバ! っと裾を捲り上げる藤乃。
広がる不毛地帯に「やはりこれはこれで良いものだ……」と感慨深く頷く信長だったが、
「いや、どっちも終わったと言うのならばヤってる暇は無い。ヤるのは戦勝の宴で夜通しガチ乱交と行こうじゃないか」
「上等! そこでこのネンネ魔女に私との格の違いを見せ付けてやりますよ!!」
「御黙り阿婆擦れ!」
「今は純情一途な阿婆擦れです!」
織田家の命運がかかった戦前だと言うのに女達は実に賑やかだ。
喧々囂々としていた他の家臣達とは大違い。
信長は楽しげな笑みを浮かべて着物を肌蹴る。
「どれ、信長らしく一発舞っておくかね」
少し前までの自分なら決して言わなかった"信長らしく"なんて言葉も今では気にしていない。
扇子を広げ、形式も作法も無視したまま心の赴くままに歌い、踊り始める。
粗にして野、さりとて見る者の心を揺り動かす不思議な魅力に満ちたその舞に女達は第二次洪水警報を発令していた。
「人間五十年、化天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり」
ひらひらと軽薄に。
「一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
ゆらゆらと浮薄に。
「これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」
ドン、と重厚に。
「――――さぁて、俺の大願が夢幻に終わるかどうかを試すとしよう」
敦盛を舞い終えた信長は具足も纏わず外套だけを羽織る。
腰には無銘の短刀と宗三左文字を佩き、聖剣片手に城を飛び出し外に用意させていた馬に飛び乗る。
突然の行動に戸惑う臣達だが、信長に心酔している者らは即座にその後を追った。
藤乃が百姓に持たせた松明の道を駆け抜けながら先ずは熱田神宮へと詣でる。
戦勝祈願――と言うよりは後続を待つためだ。
テンション上げ過ぎて飛ばし過ぎたことを信長はとても反省していた。
「殿、湯漬けです」
「うむ、ご苦労。本当は出陣前に喰っておくべきなんだが……時間あるしな」
藤乃の差し出した湯漬けを馬上で食べつつ信長は勝家を待って居た。
誰が居なくても織田家の最終突撃兵器が居なければ戦は立ち行かない。
特に今回のような奇襲においては柴田勝家の突撃力こそが必要なのだ。
「直に雨が降り出します、大雨が。
勝家殿の到着を待ち、私が探らせた道を辿って行けば丁度、今川の軍勢が田楽狭間で休息を取っている頃でしょう」
「ああ……」
お腹ぺこりんな信長は茶碗を差し出しおかわりを所望する。
それを分かっていた藤乃は既に新しい茶碗に湯漬けを盛り信長に差し出した。
「しかし、マーリンもよくやってくれた」
「癪ですが……確かに。雨でも降らねば休息はしないでしょうし」
「まあ、それもあるが何より長引いたとしても雨雲のおかげで太陽が隠れるからな」
イマイチ意味が分からないようで藤乃は首を傾げている。
「竹千代――松平元康対策だ。アイツを太陽の下で戦わせたくない」
「と、言いますと?」
「どう言う原理かアイツ、太陽昇ってる間は色んなものが三倍になるからな。マジ厄介だぞ」
幼少期の竹千代を思い出す。
ロリコンを拗らせた信長が竹千代を食べたのだが時間帯が悪かった。
「ヤってる最中も性欲やら技術が三倍でな。あの歳でヤバイよアイツ。
だって当時、ガキだぜ? アレの三分の一でもかなりパネェよ」
閨でのアレコレは今、重要ではない。
問題なのは個人の武力、軍を率いる統率能力が三倍化されることを信長は恐れたのだ。
「……私とどっちがよろしかったので?」
ジト、っと女の情念を滲ませる藤乃。
「お前だ――と言いたいが、お前にはお前の、竹千代には竹千代の味がある。
魚と肉、どちらも俺は好きで美味いと感じているからな。優劣はつけん。
共に俺のもので、不満ならば去れ――――まあ、逃がしはせんがな」
「ひゃん!?」
馬上に藤乃を引き上げその小ぶりな尻を撫でる。
周りの兵士達は主君の色狂いっぷりには慣れているので誰もツッコミはしない。
と、そうこうしているとようやっと後続の軍が辿り着く。
「殿!!」
「おう、来たか勝家」
「は、はぁ……しかしまさか、奇襲を考えておられたとは……」
「勝つならそれっきゃないだろ。それに、お前も好きだろ、こう言う戦は。
かかれ柴田の獰猛さを見せ付けろ、肥え太った今川の首に噛み付いてそのまま首を引き千切ってやれよ」
勝てば一発大逆転、男として此処で燃えられないのならばブラ下がっているものは切り落すべきだ。
主君の檄に沸々と闘志を漲らせる勝家。その形相は正に鬼柴田。
「勝家……お前にも、随分気ぃ揉ませたな。だが、それも今日までだ」
「……はい」
それは二人と、マーリンにしか分からないやり取りだ。
だが、短いやり取りの中には万感の想いが込められていた。
「――――聞けぇい!!!!」
聖剣を抜き放ち天空に掲げれば雷が轟き、大雨が降り出した。
ざあざあと地面を叩く雨音にも、雷鳴にも負けないよく通る声で信長は兵を叱咤する。
「勝てば総取り、負ければ素寒貧。この戦はそんな戦だ。失うことを恐れろ、勝利の先に得られるものを想え」
気炎を吐く信長に誰もが圧倒されていた。
「金が欲しくないか? 美味いものが喰いたくないか? 良い女を抱きたくないか?」
根源的な欲求はどの時代でも変わらない。
ただ、それを浅ましく思ってしまうから綺麗な建前で飾り付けるだけ。
だが、
「大いに結構――快楽は友! 欲望は伴侶である!!」
信長は剥き出しの性を真っ向から肯定する。
「我が背に続け! 諸君らが欲する光まで連れて行ってやる!!!」
大地を鳴動させんばかりの雄叫びが上がり、武士達は駆け出した。
先頭を往く信長の背を見ているだけで兵は迷いも恐れも捨てることが出来る。
そうして、藤乃が探り当てた田楽狭間へと続く抜け道を駆け抜け遂には戦場へと。
「今川義元――――その首、貰いに来たぜぇええええええええええええええええええええええええ!!!!」
かくして此処に、
右手に聖剣、股間に性剣、脅威の二天一流『第六天魔"羅"王織田信長』
ウキャ! 良いオ・ト・コ☆千人食いの色情猿『斉天大性豊臣秀吉(現在木下藤吉郎)』
イってませぬ! 竹千代はイきませぬ!『絶頂耐久徳川家康(現在松平元康)』
の戦国三英傑が一同に会する初めての戦が幕を開けた。
全二十六話で毎日投稿します。