一筋の風
「いいかい?この問題は……。」
「しっつれいしまーす!」
優衣は、校舎内の教室の戸を勢い良く開ける。
その後に続いて教室に入ると、小学生くらいと思われる数名の子供を、一人の青年が教育していた。
「優衣ちゃん!?」
「お兄ちゃん!遊びに……おっと、紹介しに来たよ。」
「今遊び来たって言いかけたよね!?」
「細かいことは気にしない。……この人たちが、新しい入国者よ。」
リクが例によって自己紹介をすると、青年は丁寧にお辞儀をして、自己紹介を始める。
「僕は島浦怜です。えー、一応、教師みたいなことをやらせてもらってます。」
「へぇ……。チョークとか、ノートとかは使わないんですね。」
「資源がありませんから。製紙の技術はありませんし。今は口頭で、何とか。」
「大変では?」
「そうでもないですよ。皆頭が良いから。」
「ねぇねぇ、おじさん!新しい人ー?」
子供の一人が目を輝かせながら聞いてくる。
「おじさんか、まいったな……。ああ、そうだよ。新しくここに住むことになったんだ。」
「俺、九九覚えたんだぜ!スゲーだろ!」
「私はもう割り算できるけどね。」
「へん、この前間違えてたくせに!」
「間違えてないわよ!」
「こらこら、お前たち、静かに。一応授業中なんだから。」
怜の横顔は充実しているように見えた。
かつて、多くの悲しみを背負ったという経験が、怜をここまで成長させたのだ。
「……お邪魔のようなので、この辺で。」
「夜にでも飲みますか?酒を造る技術はあるんですよ。」
「はは、そうしましょう。」
リク達は教室を後にした。
「さて、大体の紹介は終わったよ。家の割り振りはこれだから、仲良く使ってね。後は……。そうだ!その内、歓迎の式典みたいなのあると思うから、その時までにこの国の人たちと仲良くなっておくといいよ。そんじゃ!」
「ありがとうございました。」
「いいっていいって、仕事だから。じゃ、ばいばーい。」
優衣が嵐のように過ぎ去っていく。
リク達は早速、割り当てられた家に向かう事にした。
「ここか……。」
リク達が到達したのは、家主が居なくなって久しいと思われる、かなり寂れた家だった。
窓ガラスはゾンビによって割られたのか、所々破損しているし、庭に雑草は伸び放題だ。
「こりゃあ、一仕事だな……。」
「まあまあ、文句言わない。貰えただけいいと思わなきゃ。」
愛梨に背中を叩かれる。
……今更だけど、かなり丸くなったなぁ。
勿論、体つきじゃなくて性格が。
とにかく、僕達は落ち着ける場所を手に入れたんだ。
長い道のりだったが、ようやくたどり着けた。
僕達は、この死者の蠢く世界で、安全な土地を手に入れたんだ…………。
今や牧場と化したグラウンド。
そこから少し離れたところに、四つの棒が立っていた。
どうやら、墓らしい。
その墓に、花を供える女性が居た。
息を呑むように美しい女性。
女性は物憂げな眼で、墓を見つめる。
四つの棒には、それぞれ名前が彫られていた。
『安蘇 和馬』
『拝賀 純』
『鎌田 龍』
『太田 大樹』
この国が完成する前に、命を落とした人物たちだ。
殺人鬼に殺された者と、反逆の徒に殺された者。
女性は毎日ここに来ては、報告をしている。
女性は墓に話しかけた。
「貴方たちの犠牲のおかげで、今この国は成り立っています。本当にありがとうございます……。」
女性がこの場所に来ない日は、女性の名の書かれた棒が立つ日まで、来ないだろう。
「貴方に会うまでは、頑張って生きてみます。だから、そちらで待っていてください。」
女性はぽつりと呟き、踵を返した。
「……愛しています、大樹君。」
その時だった。
一筋の風が、女性の隣を吹き抜けた。
風に吹かれた墓の前の花が、笑っているかのように揺れた。
『死者の蠢く世界で ある高校の戦記』これにて完結です!
前作に引き続き、読んで下さった方、この作品から読み始めて下さった皆様!本当に感謝しております。
このシリーズを通して、私自身大きく成長させていただきました。
次回作は未定ですが、また読んでいただければ幸いです。
では、また。