未来への道
化け物は咆哮する。
空気が大きく揺れ、巧の身体はコンクリートの様に固まった。
その固まった体を気力で解しながら、ゆっくりと間合いを取る。
「奴相手では、格闘を挑むのは自殺行為……。少しでも掠ればアウト。間合いを詰めて、牽制して時間を稼ぐ。」
「分かってる。」
誠治は化け物を挟んで、巧の反対側に移動する。
化け物はゆっくりと、左右を見比べて、品定めをすると、巧の方を見てニィッ、と笑った。
「俺か……。」
化け物は口を大きく開けて、舌を突き出す。
「くっ!」
巧は横に飛び退いてそれを躱す。
さらに、飛び掛かる化け物を目で捉えると、素早く後ろに飛び退き、体当たりを躱した。
「モテモテみたいで妬けちまうぜ。こっちも少しは構ってくれよなぁッ!」
誠治が走りこみ、後方から釘付きグローブで化け物の背骨のあたりを殴った。
「何ッ!?」
その直後、誠治は驚く。
刺さったグローブが抜けない。
よくみると、釘の部分に化け物の肉の繊維が絡まりだしていた。
「取り込まれるッ!」
誠治が慌ててグローブを外すのと、誠治の腕があった個所に触手が伸びてきたのは同時だった。
誠治はぎりぎりで化け物の攻撃範囲から逃げる。
しかし、化け物は誠治に標的を変えると、追撃を開始した。
後方から下を伸ばして、薙ぎ払うように横に振ったのだ。
「クソがッ!」
誠治は地面に腹這いになるようにして回避の体勢を取る。
すると、誠治の髪を化け物の舌が掠めた。
「ギリギリ……。」
「本多先輩、退がって!」
桜を始末した徹が化け物退治に加わった。
徹の撃った銃弾は、化け物を捉えることなく虚空に消えたが、注意を惹くには十分だったようだ。
化け物は徹も標的に入れ、巧、誠治、徹を狙った。
もう、目もあまり見えない。
自分が立っているのか、倒れているのかすらも分からない。
それでも、動かなければいけない。
生きた証を残すために。
目を凝らすと、赤い何かが、恐らく徹、巧、誠治の三名と思われる人間と激しい戦いをしている。
戦いとはいっても、赤い何かが一方的に攻撃をしているだけだ。
急がなければいけない。
膝をつく。
両手も地に付ける。
腰を上げる。
地面を蹴った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
叫ぶ。
右足を出し、左足を出す。
走る、走る、走る――。
試合でコートを駆け巡るよりも早く。
今のゴールはリングではなく、あの化け物。
自分が出来ることを、する。
赤い何かはぐんぐん大きくなる。
自分の死が、近づいてくる。
それでも、足は止めない。
化け物がようやくこちらに気付いたようだ。
姿勢を低くして、何かを伸ばしてきた。
先程、自分を貫いたものか。
だが、ここで悠長に回避する暇はない。
横に飛んだりしたら、きっと、もう立ち上がれない。
このまま突っ込むしかない。
舌が近づく。
頭をやや傾ける。
舌は、自分の耳を捥いでいった。
痛い。
でも、これぐらい、どうってことはない。
足さえ失わなければ、走る事が出来るのだ。
化け物と接触する。
化け物の腰をがっしり掴んだ。
そして、そのまま押す。
目指す先は、フェンスの破損しているところ。
そのまま、押し込む。
フェンスが近づいてくる。
化け物が爪を背中に立ててくる。
爪が背中に突き刺さった。
「ぐぶぉッ……。」
膝が折れる。
それでも、もう片方の足で体を支えて持ち直す。
むしろ、化け物の爪が刺さったことで、化け物を固定する事が出来た。
「ああああああああああああああああああああああああッ!!!」
フェンスまで残り五歩。
化け物が爪を抜こうとする。
フェンスまで残り四歩。
化け物のもう片方の手が腹に刺さる。
フェンスまで残り三歩。
化け物の片足が半分宙に出た。
フェンスまで残り二歩。
化け物の片足が完全に宙に浮く。
フェンスまで残り一歩。
化け物は宙に投げ出された。
そして、自分も。
誰かが叫ぶ声が聞こえる。
自分を呼んでいる。
自分はどこに向かうのだろうか。
空中に投げ出された次は、地面?
行き着く先は死?
――いや、違う。
自分は空中を墜ちているわけではない。
未来への道を進んでいるのだ。
行き着く先は、死なんかじゃない。
行き着く先は、死のもっと先にある。
行き着く先は――。




