自己中女の計算
「なんとかしてよ!」
「はぁッ!?だったら少しはお前も考えろ!」
二年三組の教室で言い争う男女が二人。
男の名を木場 海人、女の名前を山下 桜という。
この二人、別に恋人同士というわけではない。
海人は高校生らしいヒーロー願望で、クラスでかなり美しい女である桜を助け、桜はそれを『この人について行けば大丈夫』と鵜呑みにしてしまった。
結果、二人は教室に立て籠もっている。
だが、ゾンビが戸を叩き壊しそうな勢いで押しかけている。
そこで桜が癇癪を起こし、海人も頭にきてしまったというわけだ。
「ゾンビが入ってきそうじゃない!男でしょ!?」
「男もクソもあるか!関係ないだろ!文句垂れてる暇があったらなんかしろよ!」
実に見苦しい争いが続いている。
その時、遂に戸が壊れ、ゾンビが入ってきた。
「うわぁぁ!」
海人が椅子を投げ付ける。
しかし、ゾンビは歩みを止めない。
「あぁぁア……ウゥうぅ」
「よ、寄るんじゃねぇ……あああああああああッ!」
海人が腕を掴まれ、押し倒された。
「あああああああああああッ!痛い痛い痛い痛いイタイイタイッ!!」
見る見るうちにゾンビが集まり、海人の悲鳴も聞こえなくなった。
その様子を尻目に、桜は走り出す。
(死んでたまるもんですか!こんな……私がこんな死に方する訳……。)
その直後、桜は思いっきりこけた。
(な、何に躓いて……。)
足元にあったのは、海人の鞄。
その鞄の紐が引っ掛かっていた。
「どこまで私の邪魔をするのよッ!」
苛立たしげにに立ち上がる。
桜は元々農村に住んでいた。
だが、父親の転勤を機に都会に引っ越した。
そこで待っていたのは虐めの日々だった。
田舎者と笑われ蔑まれた。
桜は決心した。
誰よりも綺麗になって皆を見返してやろうと。
モテる為ならなんでもした。
容姿はそこまで悪い方ではなかったため、少しダイエットをし、小顔になるマッサージをしたし、その容姿にふさわしい話術も身に着けた。
そして知り合いのいない高校に入学した。
それからの人生は薔薇色だった。
廊下を歩けば誰もが振り返る。
男子は私に気を取られ、女子は羨望の目を向ける。
そう。
これが本当の私。
私の歩むべき当然の道。
そんな思いが膨らんでいった。
桜は、その魅力の為に『心』を失ってしまっていることに気付いてはいなかった。
そしてこれからも気づくことは恐らくないだろう。
ゾンビが桜を囲むようにして近づいてきた。
逃げ場はない。
(こんなこと有り得ない!有り得るわけが!)
ゾンビの手が桜の腕を掴む。
「ひっ!?」
ゾンビの口が眼前に迫る。
「きゃあああああああああッ!」
桜は叫び、目を閉じた。
だが、想像していた激痛はいつまでたっても来ない。
代わりにゴキンと音がして、手を掴んでいた力が弱まった。
「え……?」
顔を上げる。
自分を掴んでいたゾンビの頭には金属バットがめり込んでいた。
「大丈夫か~?」
素っ頓狂な声が聞こえる。
桜はすかさず『誰もが羨む羨望の的』としての仮面をつけた。
「あ、ありがとうございます!」
「礼は後でた~~っぷりしてもらおっかな!でも、今はここを抜けるのが先決だぜ?」
金属バットを持った男。
見覚えがある。
(確か……野球部の元主将、だったかな?)
「うおらああああああッ!」
目の前の男は雄叫びを上げると、バットを振る。
ゾンビが次々に薙ぎ払われていく。
「ついて来い!例えここにいるゾンビが女の子だったとしても全部をお相手するのは無理だ!」
「は、はい!」
ゾンビの包囲網が一部開いた。
突破するならそこしかない。
「走るぞ!」
男が手を差し出す。
その手を掴んで桜は思う。
(間違いない……この人と一緒にいれば、少なくともこの場は生き延びられる。この人を何とか手籠めにしてこれからも守ってもらえば……!)
自然と口角が吊り上る。
だが、男は気づかない。
教室を出て、廊下に出る。
「俺は三年二組の安蘇和馬。君は?」
「わ、私は一年四組の山下桜です。」
二人は自己紹介をする。
「これからどうしましょう?」
桜は首を傾げる。
なるべく可愛らしく、それでいて演技っぽくないように。
男を落とす計算が張り巡らされた動作を淡々とこなす。
そして男も訝しがる様子はない。
「空手部の道場だ。多分そこにダチがいる。」
そういうと、和馬は歩き出した。