生存確認
しかし、音がしたからと言って、完全に死んだとは限らない。
もし朝まで生き延びて誰かに発見されたらことだ。
生存確認をしなければならない。
桜は軽やかな足取りで一階まで駆け下りた。
「呆れた……。」
「う……アァ……。」
桜が一階に降りてみると、龍は生きていた。
積雪のおかげで衝撃が少し吸収され、即死には至っていなかったのだ。
もしかしたら脂肪も作用したのかもしれない。
しかし、誰がどう見ても虫の息。
あと一時間も持たないだろう。
「お……ま、えは…………。」
龍が口を大きく開いて、一音ずつたどたどしく発音した。
「驚いた?」
「な、に、も、の……だ……。」
「あの化け物に襲われたの。でも、私はそのウイルスを克服した。自分自身の者にしたの。」
「く……そが……。」
「どう?今まで騙されてきた気分は。」
「知らせ……ない、と……。」
龍がもぞもぞと体を動かす。
彼にとっては最後の力を振り絞った決死の行動だったが、桜には芋虫が無様に這い回っているようにしか見えなかった。
「ふふふあはははは!だーめ。」
桜が行く手に立ちはだかる。
「怜……すまん……お、れは……。」
立ちはだかる桜を見た龍は動くことをやめた。
「諦めた?」
「ちく、しょうがぁ……。」
最早指一本動かせないようだ。
桜はその様子を見てにっこりと微笑むと、踵を返した。
これで邪魔者は一人消えた。
真実を知るものは闇に葬られ、全てはふりだしに戻る。
誰にも悟られないし、気づかれない。
私は女王だ――。
その時、背後でザクッと、足音のような音が聞こえた。
「ま、てよ……。」
立っていた。
至る所の骨が折れ、息も絶え絶えのはずの龍が立っていた。
全身から血が出ているが、その目には静かな闘志が宿っている。
「……本当に呆れた。デブな上にタフなのね。」
「お、れは、言いた、い……。」
龍が一歩踏み出す。
その瞬間、龍の身体から血が噴き出し、地面に血だまりを作る。
それでも、龍は進む。
「怜に、すま、ない、と……。」
「しつこい男は嫌われるって言葉知らない?」
「お、まえ、だけは……。」
龍が走り出す。
といっても、スピードは急ぎ足程度だ。
身体に残る全ての血が吹き出るほどの血を振り撒きながら駆ける。
「…………。」
その様子を桜は黙って見ていた。
龍は桜の胸倉をつかむ。
右手を振り上げる。
だが、その手はすぐに力なく降ろされた。
龍の膝が曲がる。
「く、そ……。」
「それだけの出血でここまで来れたことは褒めてあげる。でも、所詮ただのデブね。それ以上は何もできない。」
「く、あああ!」
龍はその体制のまま、桜を抱き締めた。
「気でも違ったの?頭に血が行かなくなった?」
「……そう、かも、しれねぇ、な……。」
桜を抱き締める力が弱まり、そのまま俯せに取れる。
「……最期に女の子を抱き締めたかったの?どうしようもない豚ね。気持ち悪い。」
毒を吐いた後、桜は上着を脱ぎ、血が付いていない事を確認する。
どうやら、付いていないようだ。
上着を再び着直して桜は立ち去る。
今度は、何の物音も聞こえない。
ただ、自分が踏み締める雪が音を立てるのみ。
この足跡さえも、今振り始めた雪が消してくれるだろう。
今度こそ、邪魔者は消えた。
真実は闇の中だ。
有頂天になっていたからだろうか。
桜は龍が絶命しそうなこの状況でニヤリと笑ったのに気付かなかった。
龍の死体が見つかるのは、翌日の朝の事。
雪が龍の身体を覆うほど降り積もっていた。