『作戦なし』作戦
二人が肩を並べる。
「びびんなよ?」
「大丈夫です。作戦は?」
「まず、全力で化け物の所まで突っ走る。」
「それから?」
「あとは行ってから考える。行くぞッ!」
「それって作戦じゃなくないですかッ!?」
愛梨が走り出し、それを追うようにリクも走り出す。
化け物はこちらを見据え、大きく吼えた。
その大音量は鼓膜を破りそうなくらいの大きさだったが、それでも立ち止まらずに走る。
後方のゾンビが食事中にも関わらず、化け物の方を向いたのだが、それをリクと愛梨は知る事が出来ない。
化け物が爪を前方に突出す。
「くッ!」
愛梨が身を捩って躱す。
リクは横にステップして躱す。
「ああああああああッ!!!」
愛梨はそのまま体を空中で横に一回転させると、そのままの勢いで腰に下がっていた鉄パイプを振る。
しかし、化け物は後ろにステップしてその一撃を躱した。
「避けられたッ!?」
「愛梨さん、気を付けて!」
化け物は驚くほどの瞬発力で前にジャンプし、再び愛梨との距離を詰める。
だが、愛梨は大きく鉄パイプを振った後だったので、ぐらついていた。
化け物の一撃を躱すアクションが出来ない。
愛梨は自身の身体の前に鉄パイプを出す。
盾になるかどうかは分からないが、無いよりはマシという判断だ。
化け物の爪が防げる様に、やや斜めにして体の前で保持する。
だが、化け物は愛梨の想像よりも強く、賢かった。
化け物は爪を突き出したが、愛梨に当てる直前で少し上に軌道をずらした。
愛梨は化け物の素早さに反応できない。
このままでは顔面ごとぶつ切りにされる――。
愛梨がそう思った時、化け物の爪の軌道がガクンと下にずれた。
リクが鉄パイプで化け物の巨大な爪を横から叩いたのだ。
おかげで、化け物の爪は鉄パイプの部分に当たった。
「ぐああッ!!」
爪は刺さらなかったものの、その威力を殺し切れず、後方に転がる。
「愛梨さんッ!」
リクが愛梨の方を向くが、その直後化け物の肘打ちがリクの胸に命中し、リクも同様に後ろに吹き飛んだ。
化け物は倒れ伏した二人を見つめて、目を細め、嬉しそうに喉を鳴らした。
背の高い方はかなりダメージを負っているだろうから、殺すのは背の低い方が先だ――。
化け物はそう思考し、愛梨の方に向かう。
「…………待て、よ……。」
しかし、後ろから聞こえてきた声に立ち止まった。
「させ……ないぞ……。」
振り返ると、立っていたのはやはり背の高い方。
すなわちリクだった。
化け物はあまりのしつこさに辟易する。
もう面倒だし、こいつを先に殺るか――。
化け物が爪を構え、リクに向き直る。
「そうだ、それでいい……。」
そう呟くと、リクは大きく息を吸い、叫んだ。
「起きろ!起きて逃げるんだ!愛梨さん!」
愛梨が苦痛に顔を歪めながら、リクの方を見る。
「リク……。てめぇ……。」
「逃げて、美沙ちゃんと一緒に生きるんだ!早く!」
「ふざけたことを、言ってんじゃあねぇぞ……。見捨てろってのか……?」
「見捨てるでも何でもいい!早く美沙ちゃんを連れて逃げるんだ!」
「私は不良だけどよ……。仲間は大事にする。仲間が私と関係ない他のグループに襲われたときだって無視しなかった……。感染していく仲間も、最後まで看取って私が殺した……。私は、逃げなかった。これからも、逃げねぇ……。逃げれるか…………。」
「それでも、逃げるんだ。生きるために。」
化け物は言葉の意味は解らなかったが、陳腐な話をしていると理解した。
そして爪をリクを殺すために大きく振りかぶった。
その直後、視界が狭まった。
左目が見えなくなった。
化け物には何が起こったか理解が出来ない。
慌てて辺りを見回す。
口を開けてぽかんとしている背の高い奴。
地面に突っ伏してこちらを憎らしそうに睨む背の低い奴。
そして遂に見つけた。
引っ繰り返った車の中から見えている上半身。
伸ばされた手。
その先に握られている、黒光りする物。
それを認識した瞬間に、化け物の視界は真っ暗になった。