ラストワン
男の死体から足を引き離すと、巧は喬太郎を追いかける。
その後をやや遅れて龍が追った。
喬太郎が何処に行ったのかはわからないが、取り敢えず探すしかない。
あのパンチパーマのヤクザにしてやられたというべきだろう。
「クソッ……。」
巧は廊下の分かれ道で立ち止まる。
「どっちだ……?」
「逃げるんなら上には行かないはずだから、右か左……。」
「龍、お前は左に行け。俺は右に行く。」
「どうやって決めたんですか?」
「俺が右利きだからだ。」
「なるほど。でも、俺も右利きなんですけど……。」
龍が苦言を呈した時には、既に巧の姿は遥か遠くになっていた。
「……しかたないな。」
龍は左に歩を進める。
甘く見過ぎていた、と喬太郎は深い後悔に苛まれていた。
多くの部下を犠牲にしてまで新天地を目指したというのに、たかが高校生にやられ、仲間はもう居るかどうかも分からず、無様に走り回っている。
後悔先に立たず。
そんな言葉では割り切れない悔しさが心を埋め尽くしていた。
地図をよく見ていなかったので、何処が出口かも良く分からない。
いや、取り敢えず一階に辿り着けさえすればいい。
一階にさえ辿り着ければ、窓からでも脱出は可能だ。
その時、放送が鳴った。
『えー……校内にいらっしゃいますヤクザの皆さん。ご機嫌いかがですか?』
喬太郎は足を止める。
『皆さん、といっても、もう一人しかいませんね。死体の数を数えたところ、後一人という事が分かりました。立花組の、組長さんですね。』
「この声は……。」
間違いない、最初に大ぼらを吹いたあの男だ。
『我々は一階の警備を強化しています。貴方は一階から逃げることを計画していたでしょうから、まあ無理だと伝えておきましょう。どうします?ほかの階層から飛び降りてみますか?もしかしたら死なないかもしれません。ですが、無傷では済まない筈。ひょこひょこ歩いているところを攻撃されてお終いです。』
喬太郎は唇をかむ。
この男、この男さえいなければ……。
『いやー、お見受けしたところそれなりの年齢だとは思うのですが、そろそろ足腰も限界じゃありませんか?さぞお疲れでしょう。……まあ、疲れたところで見逃すつもりはありませんがね。』
「…………。」
『あなたの部下は実にどうしようもない連中でしたね。こんな年下の高校生如きに蹴散らされて……。ああ、なんと情けない事でしょう。同情しますよ、あんな出来の悪い部下を持ったあなたに。』
「…………このッ!」
『ですが、ここで提案です。』
喬太郎が思わず大声をあげそうになった瞬間に、思わぬ声が聞こえてきた。
提案?
何をだ?
喬太郎は思考する。
その間にも、次々と言葉は流れてくる。
『我々としても、あまり人は殺したくありません。そもそも、なぜこれほどまでに私たちは敵対してしまったのでしょう。それは、あなた方が我々を武力で捻じ伏せようとしたからです。もしあなた方が友好的な態度で我々に接していれば、こんなことにはならなかったでしょう。……もしあなたが我々に頭を下げ、降伏するというのなら、生かしてあげましょう。どうしますか?ここで闇雲に足掻いて死にますか?それとも、ここで降伏して安住の地を手に入れますか?』
安住の地。
自分が追い求めていた物。
しかし、全ての部下を殺し、罵倒した相手に降伏しろというのか?
出来るわけがない。
少なくとも、仁義に生きる者の取るべき行動ではない。
だが、『立花組は家』という言葉が気に掛かっている。
ここは恥を忍んで降伏し、再起を図るのも一つの手かもしれない。
『まあ、すぐには決められないでしょう。ですが、こちらもそれほど待つつもりはありません。五分です。五分後に会議室に来ていただければ、降伏を認め、それなりの対応をしましょう。ただし、五分後に現われなかったら、問答無用で殺します。会議室は二階の西側にあります。何処か分からなくても、二階一周するくらいなら五分ですむでしょう?では、お待ちしていますよ。』
そこで放送は切れた。
喬太郎は唇を噛み締める。
裏の世界ではそこそこ名の売れた立花組が、たかだか高校生如きに潰されるとは。
だが、自分は組長だ。
立花組を守っていかなければならない。
喬太郎は葛藤するが、時間は無い。
「……クソッ!」
このまま殺されるくらいなら、再起を図った方がマシだ。
喬太郎は会議室を探すために走り出した。




