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記憶の奔流の中で

吹き抜ける風が俺の頬を撫でる。


夏のクソ暑い中で、その風は俺に涼しさと安らぎを与えてくれる。


――くん。


ん?


声が聞こえる。


土を、芝生を蹴る音と共に、声が大きくなっていく。


――イくん。


誰だ、俺を呼んでるのは。


――セイくん!


俺は目を開けて、あまりにも眩しすぎる日光に顔を顰め、手をかざす。


逆光のせいで顔が認識できないが、声で分かった。


「翼かよ……。」


「翼かよ、じゃないよー!ついに出来たんだから!」


「何が?」


「僕たちの秘密基地だよ!」


これは何時の記憶だ?


「そうだぜ誠治!俺たちの秘密基地さ!」


この声は、何処か懐かしい声だ。


長いこと、そう、十年ほど聞いてなかった声だ。


「ん?何泣いてんだよ、そんなに嬉しかったか?」


「え?」


俺は目に手をやる。


すると、俺の指先が少し湿った。


どうやら涙が出ていたようだ。


気がつかなかった。


「ち、ちげーよ!泣いてねぇ!」


「あはは、セイくん泣いてるー!」


「ううー、笑うな!」


「取り敢えず、これで完成だ!」


俺の目の前にあったのは、いかにも子供が作った、ちんけな草のかまくらみたいなものだった。


あまりにもしょぼすぎて、人工物であることすら気付かれないような、そんな秘密基地。


でも、それがこの時の俺にはどうしようもないほど格好いい城に見えていたんだ。


中に、これもまたゴミと思えるような、それでも当時の俺達には金銀財宝にも匹敵するような、そんなものをたくさん置いていたんだ。


「…………。」


俺は何かを言いかけたが、やめた。


その直後、視界が真っ白になる。




「ん……。」


次に目を開けると、秘密基地の中だった。


二人とも寝ている。


遊び疲れたか。


しかし、こんな不衛生な所で寝るとは、やはり子供は色んな意味で凄い。


俺は少し溜息をつくと、秘密基地の外に出る。


「うお、眩し……。」


季節は秋の様で、山の木々が色づき始めている。


少し冷たい風が吹いているので、俺はその風を思い切り吸った。


鼻腔に広がる草の匂い。


懐かしい匂いだ。


「あれ、誠治。お前起きたのか?」


「……それはこっちのセリフだっつうの。」


「んー、この秘密基地が出来てもう三か月だぜ。」


「……そうだな。」


「……お前、大丈夫か?」


「え、何で?」


「だって、お前泣いてるぜ?三か月前も泣いてたよな。」


俺は袖で乱暴に目を擦る。


「泣いてない……。」


「嘘つけ。何かあったろ?」


「泣いてねぇっつうの!しつけぇな……。あれ?」


「どうした?」


「あれ?何で……。何でだ?」


「何がだよ。誠治、お前変だぞ?」


「どうして……。」


そこで視界は白に包まれる。




「ッ!!……ぐぅ……。」


俺は痛みに顔を顰める。


目が開けられない。


キンキンと耳鳴りがする中で、辛うじて何かの声が聞こえる。


――めろよ!


「誰が……。」


――やめて、それは僕たちの!


視界がだんだんはっきりしてくる。


ピントが合うと、ここがどうやら秘密基地の近くらしいことが分かった。


だが、秘密基地は無残に破壊され、俺と同じくらいボロボロになった翼たちが転がっている。


そして、その周りを取り囲むように高校生くらいの男たちが立っている。


「こんなふざけた物作りやがって!壊してやるよ!」


「ひゃひゃひゃ!」


無残にも破壊されていく基地。


俺達の城。


「やめろ……。それは…………俺と、翼と……!」


俺は渾身の力を込めて立ち上がる。


「俺と、翼と……!」


だが、言葉が出ない。


「どうしてッ!……どうして名前が出てこねぇんだよッ!」


俺は吼えた。


そして、その高校生たちに向かって躍り掛かった。


そこでまたもや視界が白くなった。




俺は目を覚ます。


真っ白な天井。


「…………。」


俺は横を見る。


そこには、気弱そうな男の子が座っていた。


「誰だ……お前。」


「…………。」


男の子は歯を食いしばったまま、黙ってテレビを点けた。


どうやら録画されたニュースのようだ。


『おとといの午後五時ごろ、男の子の死体が千条川河口付近で発見されました。遺体には暴行の跡があり、何者かに殺害され、川に遺棄されたものとして警察は捜査を進めております……。』


「……なんだよ、これ。」


「……誠治君は、解離性健忘っていう病気なんだ。」


「は?何言ってんだよ。お前……誰だよ。」


「全部記憶が無いんだ。強いストレスで無くなったんだって……。多分、この会話の事も忘れると思う。」


「い、意味わかんねぇよ!出てけよ!」


「そうやって、君は逃げるんだ。……でも、僕は逃げない。この事件からも、誠治君からも。全部受け止めてみせる。それじゃあ。」


男の子が立ち去っていく。


「待てよ!」


「待たないよ。」


そして俺は一人取り残される。


一人。


一人なんだ。


「誰なんだよ……。今のは誰なんだよ……。俺は誰なんだよ。死んだのは……ッ!誰なんだよォーーッ!!!教えてくれよ!誰でもいいからッ!俺に……俺に、答えをくれよ……。」


そして眩い光に視界がつつまれた。

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