猪突猛進快進撃
「次は斬る……。」
男が再び近づいてくるので怜は身構える。
(良く分からないけど助かった……。でも、次は無い。奇跡は一度しか起こらないッ!後は自分でなんとかしないと!)
怜は辺りを見回す。
椅子、雑巾、マッチの火を消すための水入りの牛乳瓶。
どれも大したものではない。
しかし、単純な力技でどうにかできる相手でもない。
頼みの綱は救援だが、助けを呼ぶこともできないだろう。
その前に殺されるのは明白だ。
どうするべきか。
そう思っている間にも男は近づいてくる。
なす術無しか、と思った時、男の後ろから突如現れた影があった。
「お兄ちゃんから離れろぉぉぉぉッ!」
「優衣ちゃん!?」
「……!」
男は素早く後ろに振り返り、飛んでくる優衣の足を刀身で受け止めた。
優衣は宙返りをして後方に退く。
「子供か……。」
「お兄ちゃんから離れないと、殺すよ?」
「優衣ちゃん、離れて!」
「やだ。お兄ちゃんが死んじゃうもん。」
「優衣ちゃん!」
優衣は無言で腰から銃を取り出す。
「ヤクザのお兄ちゃんが持ってたの。さ、お兄ちゃんから離れて?」
「断る。」
「じゃあ殺すよ?」
「お前に俺は殺せない。」
「へー。じゃあやってみよ!」
優衣が笑顔で引き金を引く。
銃口から弾丸が飛び出す。
当然銃というのは生物を殺すために作られたものであり、弾丸は回転しながら命を捩じ切る。
優衣が放った弾もそうなる筈だった。
男が刀を振り向くまでは。
キィン、と高い音がして静寂が訪れる。
男の左頬と右後ろの壁に穴が開いた。
男の頬から血が吹き出る。
「嘘、心臓に向かって撃ったのに……。」
「銃口を良く見ていれば弾丸を弾いて軌道を変えるのは造作もない。もっとも、今は斬ってしまったが。」
男はつかつかと優衣に向かって歩く。
「くっ!」
優衣はもう一発弾丸を撃つ。
今度は男は刀を振り抜かず、左手を前に出した。
弾丸は左手の平を貫通し、男の耳を奪い取る。
だが、男は止まらない。
さらに二発、男の右足と左肩に直撃する。
それでも男は歩みを止めない。
「ど、どうして!?」
「俺は立花組に忠誠を誓った……。お前とは戦う覚悟が違う。」
優衣がもう一発叩き込もうと引き金を引くが、弾が出ない。
「た、弾切れ!?」
「死ね。」
男が右手一本で刀を振り、優衣を切り裂く。
「うぁッ!」
優衣が倒れる。
男は翼を斬った時の様に血を飛ばすと、後ろを向き、再び怜を殺そうとした。
そこで異様な殺気を感じ、男は立ち止まった。
まるで首筋にナイフを当てられているかのような緊迫感。
今まで感じたことの無いような、純粋な殺気。
損得勘定なしに、殺したいという気持ちだ。
恐る恐る後ろを見ると、そこに居たのはやはり怜だった。
だが、顔つきが全然違う。
「あなた……いや、お前は僕の大事なものを傷つけた。戦う覚悟?そんな物知らない。僕はこの命を投げ打ってでもお前をぶん殴る。」
圧倒的な殺意の前に気圧されながらも、男は刀を構える。
「ち、ちょっと!斬られるよ!?」
桜が静止させようとするが、もう怜は止まらない。
普段大人しい人ほど、止まらなくなるのだ。
「斬られる?……僕はもうキレてるんだよッ!!!」
怜が男に向かって全力で駆け出す。
(このまま怜が突っ込めば確実に死ぬ。それだけは避けなくては!)
桜が髪の毛を男の手に再度絡める。
だが、二度は通じない。
男が髪の毛の存在に気づいた。
「髪の毛……。この長さ、女かッ!」
男が桜に気を取られる。
当然男は油断していたわけではない。
怜が向かってくるスピードを考え、桜に注意を向ける時間があると判断して桜の方に注意を向けたのだ。
だが、今の怜は暴走していた。
『走ってくる』と考えたのがミスだった。
怜は『跳んだ』。
頭から男に突っ込んだのだ。
驚いたのは男の方だ。
男は本能的に怜が突っ込んでくるのを察知し、髪の毛を振りほどいて怜を切ろうと刀を振ろうとする。
だが、振れなかった。
後ろから何かが右足の傷口にぶつかった。
男は思わず体勢を崩す。
「ざまぁ……みろー……。」
優衣が弾丸の入っていない銃を男に投げ付けたのだ。
「この子供風情があぁぁぁぁッ!」
「お前えぇぇぇぇ!!!」
怜の頭が男の顔面にぶつかる。
「うごッ!?」
「これは、優衣ちゃんの分!」
右ストレート。
「これは僕の分!」
左アッパー。
「これは翼先輩の分!」
鳩尾に再びストレート。
「あとなんかまだイライラしてる僕の分!」
右フック。
「そして優衣ちゃんの分!」
顔面に痛烈なパンチ。
「これはッ!何度もロリコンと言われてイライラした分だッ!!」
足の傷口に蹴り。
「そしてこれは優衣ちゃんの分だーーッッ!!!」
ヘッドバット。
男は完全に地に伏した。




