虚言の首折り
先に口を開いたのは喬太郎だった。
「……やったら、見せてみい。」
だが、徹はそれを冷たく突き放す。
「あのね、さっきも言ったけど立場分かってる?見せてください、でしょ?」
すると、喬太郎の横にいた男が耐え切れなくなったように大声を上げた。
「ええから早ぅ見せんかい!ぶっ殺すぞ!」
「だから、撃ち殺されたいの?こっちには元特殊部隊の人も居るんだから。あんまり舐めた口聞いてると、ライフルでお口をもう一つ作らされるかもね。」
見ているこっちが不安になるほどのはったりだ。
だが、それでも少しも臆することも無く堂々と言うところが、常人とは違うところだろう。
明らかな嘘をまるで本当のことのように見せかける。
徹の才能に他ならない。
やがて、喬太郎は大きく息をつくと、踵を返した。
「く、組長ッ!?」
「なるほどな……。儂等は帰る。だが、坊主。一つだけ答えろ。」
「何ですか?」
「その特殊部隊の奴の、名前は何じゃ?」
「名前?…………津村聡だけど?そう、37歳の。結構ごつい人」
喬太郎の足がぴたりと止まり、ゆっくりと振り向く。
その顔には勝利の確信と、嗜虐の色が浮かんでいた。
「いいか、坊主。人間ちゅうもんはな、疑われたくない時ほど詳しくペラペラと聞いても無い事をしゃべるもんじゃ。」
「……わざわざ親切にご説明したのに、あほらしい。何を根拠に?」
「坊主はずっと落ち着いておったな。だが、今名前を聞いた時は目が泳いだ。焦った証拠じゃ。想定してなかった事を聞かれたら、そりゃあびっくりもするやろう。ほんまもんのヤクザ相手にここまで大胆な嘘をつける点は評価する。だが……。」
喬太郎がポケットから銃を取り出す。
「相手が嘘をつかれ馴れてることを知らんかったお前の負けや。死んで償え。」
徹が撃たれると思い、巧は身を乗り出す。
しかし、そうはならなかった。
「龍ッ!」
そういうと、あたりから煙が吹き出てきて、徹の姿が消えた。
「野郎ッ!」
喬太郎の隣にいた男が煙の中に体を突っ込むと、ゴン、と鈍い音がして静まった。
煙が消えると、そこには頭のかち割れた男が倒れているだけだ。
『緊急事態、緊急事態。ヤクザ十一名が校内に侵入。各自武器を持って対抗せよ。ヤクザは銃や刀を所持している。決して油断しないように。繰り返す……』
「マ、マジッスか!?」
「流石に訓練って事は無いでしょう。行きましょう、大樹君。」
「ウッス。」
事実、階下の方がかなり騒がしい。
「大樹君、一度後退しましょう。」
「えっ?何でッスか?」
「多分上がってきます。」
「マジッスか……。でも、このまま上に行ったって音楽室で行き止まりッスよ?」
「音楽室……。いえ、名案があります。」
「名案?迷案じゃなきゃあいいッスけど……。」
「うまくいけば、かなりの人数を減らせる可能性もあります。」
そのとき、階段を登る音が聞こえてきた。
「急いでください、大樹君!」
「大丈夫かなぁ……?」
大樹は美羽と共に階段を駆け上がる。
この男は所謂下っ端だった。
ここに辿り着いたメンバーの中でも最も低い位だ。
こき使われ、馬鹿にされ、たまには可愛がられるが仕事はほぼ雑用。
だから、今回の騒動で手柄を立てたいという願望は強かった。
ゆえに、彼はどうしてこうなったのか全く分からない。
「離せよー!緊迫プレイが趣味なのかー!このロリコンー!」
見たところ中学校低学年くらいか?
とにかく捕まえたはいいが、うるさくて敵わないし、運ぼうとしてもくねくね動いて運べない。
「YESロリータNOタッチだろー!」
「知るか!」
男は女の子に銃を突きつける。
それを見た女の子はなぜか笑顔になった。
「あははー!それ偽物だよ!お兄ちゃんよっぽど信頼されてないんだねー!」
「えっ?」
思わず銃を見る。
そこからは一瞬だった。
気が付けば女の子の足が首に絡まり、そして折られていた。
男は膝から崩れ落ちる。
「手だけ縛ったって人間は簡単に殺せるのに……。馬鹿だなー、お兄ちゃんは。」
口から泡を噴出している死体を一瞥すると、テーブルの上にあったナイフを足で掴み、器用に手の縄を切り裂いた。
「よっと……。さて、怜お兄ちゃんを探しに行かないと」
見た目で侮るという致命的なミスを犯していたことに気が付かないまま、男の人生は下っ端で幕を閉じたのである。