狙われるオアシス
塀に囲まれた優成学園は平和だった。
ゾンビも入って来なければ、冬を越せそうなくらいの食料もある。
まるで、広大な砂漠の中央にポツンとあるオアシス。
当然、その利潤を得ようとするものが居たとしてもおかしくは無い。
優成学園は、誰から狙われても不思議ではなかったのだ。
「組長、やっと見つけましたぜ。」
「おう、どうした?」
「へへへ、お手柄ですよ。こんな中でも無事な所がありました。」
「どこだ?」
「優成学園です。高い塀があって、奴らは入ってきてません。これから生活するには申し分ないですぜ。」
「そう、か……。」
アニキと呼ばれた男は暫し黙り込み、やがて口を開いた。
「お前ら、儂等はようやく、このクソみてぇな穴倉から解放される!新しい立花組の拠点は優成学園だ!奪い取るぞ!」
おう、と威勢の良い声が聞こえ、返事をした男たちは黒光りする物体や、銀色に鈍く光るものを持って立ち上がった。
「ふわぁぁ~。平和ですね~……。」
「どこがだ。塀はゾンビだらけだぞ。」
「でも入って来ないじゃないですか。」
「油断は禁物だ。いかなる時でも油断しない。それが武道だ。」
「そういうモンですか~?」
「そういうものだ。」
屋上で、葉月と巧が話し込んでいた。
「……先輩、安蘇先輩は……。」
「……どうして、だろうな。凄く悲しいが、涙が出ん。俺は冷たいのかもしれんな。」
「そんなこと……。」
「何にせよ、俺達ががどれだけ嘆き、悲しんでもアイツは帰って来ない。死人の事ばかり考えていては、死人に足を引っ張られる。俺達は前に進み続けなければならない。どれだけ中の良い奴が死んでもだ。」
「…………。」
葉月は何も答えず、遠くの景色を眺めた。
感傷に浸る……はずだった。
けたたましい音が辺りに鳴り響いたのはその直後だ。
「な、何の音ですか!?」
「……あれは!」
静寂の町に、信じられないような大音量で音楽を鳴らしながら、一台のトラックが近づいてきた。
長距離用のトラックで、毒々しいともいえる華美な装飾が目立つ。
「あれがトラック旅団……?いや、あれはこちらには来ないはずだ。」
トラックはある程度ゾンビを轢きながら近づいてきたが、途中で力尽きた様に止まった。
ゾンビをあれだけ退けば、走れなくなっても不思議ではない。良く横転しなかったものだ。
「助けに言った方が……。」
「いや、どうせもう助からん。」
「でも、もしかしたら!」
「……行くだけ行くか。」
二人が屋上を辞して、救助に行こうとした時、大きな声が聞こえてきた。
「ワレェッ!」
「オラァッ!」
「ぐわぁぁぁぁッ!離せぇェッ!」
そして、乾いた銃声。
二人が慌てて様子を見ると、銃や剣を持った、堅気には見えない男たちがぞろぞろと集団で歩いてきている。
「あ、あのゾンビの集団の中を……。」
一人の男を中心に、次第に円の様になっていく。
そして、中央の男が何かを支持すると、男達はわらわらと塀に近づき、登り始めた。
「あいつら……。」
二人が呆気にとられている中、中心に立っていた男が屋上にいた葉月と巧の姿を見つけ、口を開いた。
「あんたら、責任者か?」
「いや、違う。貴様らは何者だ?」
「儂等は立花組っちゅうもんじゃ。儂はその組長をやっとる。……単刀直入に言うぞ。儂は回りくどいのが嫌いでな。……この学園をもらう。」
「なんだと!?」
「高い塀に囲まれて奴らは入って来ない。食料もある程度蓄えてあるだろう。そんな拠点をみすみす見逃すかい。」
「……この無茶な強行突破で多くの仲間がやられただろう?」
「それだけの価値はここにある。」
「先輩、徹君を……。」
その時、下の方で少しどよめきがあった。
屋上に居る巧たちからは良く見えないが、どうやら生徒の一人が出てきたようだ。
「あんたがここの責任者か?」
「そうだよ?」
「名前は何や?」
「普通自分から名乗らない?幼稚園でも習うと思うんだけど。」
「……立花 喬太郎じゃ。」
「うん、良くできました。僕の名前は冴島徹だよ。で、用件は?」
「ここを明け渡せ。」
「嫌だと言ったら?」
「もちろん実力行使じゃ。」
「……これだから低脳は。自分たちの立場、分かってるの?」
「何じゃと?」
「地の利はこちらにある。こちらの人数は貴方たちの……そう、貴方たちは12人か。その二倍は居るね。それに、貴方たちの刀は血糊塗れだしね。勝てるとは思えないけど?」
「こっちには銃があるぞ。」
「だから?こっちは機関銃もあるけど?」
聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいのはったりだ。
だが、相手にとってはそれを完全に嘘と断定できる証拠がない。
束の間の静寂が辺りを覆った。