最悪な事態
「……マジですか?」
龍は口を開けたままにしている。
目の前の光景が、そして巧の語った内容が龍の口をこじ開けたままにしているのだ。
「本当だ。純と和馬は死亡。小夜はショックで狂っていたため気絶させた。物資調達一班は全滅だ。」
ポタリ、と小夜の指先から血が零れる。
返り血が腕を伝って床に落ちたのだ。
佑季は何も言わない。
「し、死んだって……。冗談は……。」
「真実だ。これが物資調達班一班の残した食料だ。ここに置いておく。」
「ちょっと待ってくださいよ!死んだかどうか確認したんですか!?」
「脈は取っていない。」
「なら今からでも助けに!」
「黙れッ!!!」
突然の一喝に、龍は固まった。
「……黙れ。」
それだけ言うと、巧は再び車外の警備に戻った。
龍は返す言葉が無かった。
というより、まだ心の整理がつかなかった。
そして、座席の上で気絶している小夜を、しげしげと眺めたのだった。
銃声を聞きつけて全員がバスに帰って来たのはそれから数分後の事だった。
気絶している小夜と、その体に付いた返り血。
そして足りない人員が全てを物語っていた。
「……一班は全滅。物資のみ回収。」
徹が呟くように言う。
彼自身、この状況が非常に良くない状況だと理解していた。
このコミュニティが解散する次くらいに良くない事態。
メンバーの死亡。
「まあ、いいじゃないか!物資はあるんだろう?」
不意に明るい声が飛び出す。
真二だった。
全員が呆気にとられる。
「物資は増える。消費者は減る。これほど素晴らしい事は無い。」
「てめぇッ!」
誠治が真二に掴みかかる。
「何か問題が?」
「問題だと?ふざけんじゃねぇぞ!人が死んでんだぞ!」
「だから?」
「人を、人の命を何だと思ってんだ!」
「ふざけているのは君の方だ!生き残るためには少ない人員と豊富な物資。これくらい頭の悪い君にも解るだろう?」
「お前、それでも人間か?」
「君こそ、いつまで人間でいるつもりだ?」
「クソ野郎。」
誠治は真二を全力で殴った。
「会長!」
佑季が真二に手を貸す。
(マズイ!)
我に返った徹が仲裁に入ろうとすると、巧の声が聞こえた。
「ゾンビが来たぞ!」
「ッ!?」
徹が車の屋根の上に出る。
「……最悪だ。」
徹の目に映った光景。
それは徹自身が最も恐れていたことであり、自分たちの死を意味する光景だった。
東と西に伸びる道。
その両側から、ゾンビの大群が押し寄せてきていた。
銃声を聞きつけて集まってきたゾンビが、今のやりとりの際の音で、このバスを発見したのだ。
その数、ざっと見ただけでも300以上。
スピーカーの援護も無く、遮蔽物も無い。
戦っても倒し切れるはずがない。
他の場所に音の鳴るものを置いてバスの中に隠れても、呼吸の音でばれてしまう。
バスで強行突破をしようとしても、この数では車輪に肉片が絡まって立ち往生。
つまり、終わりだ。
「……巧先輩。バスの中に。」
「……ああ。」
巧がバスの中に入ると、徹もバスの中に戻った。
「……つまり、どうしようもない?」
「うん。」
怜は眩暈を感じた。
死ぬ?
こんなところで?
もう、駄目なのか?
ここで終わってしまうのか?
考えろ、島浦怜。
あの化け物だって倒せた。
何か打開策は在るはずだ。
『ちょっと待ってろ、今ナイスアイディアを捻りだしてやるから』
そう、ジーザの決め台詞の通りだ。
考えろ……。
しかし、ゾンビは待ってくれない。
やがてゾンビは、バスの腹を叩き始めた。
ガンガンと耳障りな金属音がする。
「……僕、上に行って出来るだけゾンビを減らしてきます。」
結局、何も思いつかなかった。
怜は金属バットを片手に、バスの上に出る。
そしてその光景に圧倒された。
まるで有名アイドルのライブの観客のように、こちらに手を伸ばすゾンビ達。
道路が見えない。
「ははっ……。警備員は何処だよ。」
もう笑うしかない。
「アァァぁああ……。」
一匹のゾンビが手を伸ばしてきた。
そのゾンビの頭に金属バットを叩きつける。
しかし、その間に左右から手が伸びてきた。
「うわっ!?」
間一髪で爪を躱す。
ゾンビに引っ搔かれても感染するのだから、当たる訳にはいかない。
「この野郎ッ!」
まるでゴルフのスイングのようにバットを振るい、ゾンビを薙ぎ倒す。
「どうだッ!」
その瞬間、怜の視界に入ってきたのは、無数の手だった。
そしてその手がバットを掴み、引っ張った。
「あっ……。」
全ては一瞬だった。
そのまま怜は地面へと投げ出される。
地面にしたたかに腰を打ち付け、身動きが取れない。
「ぐ……。」
そして視界を埋め尽くすゾンビの群れ。
ゾンビの身体で視界が埋め尽くされた。




