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積年の恨み

「さ、持ち場に戻らないと怒られちゃうぞ?」


小夜にそう促されて持ち場に戻ろうとした純は一瞬思考を放棄した。


和馬が死んでいた。


ナイフを持った男が居た。


ナイフを持った、男――。


思考が瞬時に吹き飛んだ。


純は飛び出していた。


本来なら策を練って戦うのが当然。


何の算段も無しに飛び出すなど、自殺行為だ。


しかし、純は抑えられなかった。


――忘れる筈が無い。


足音に反応した男が純の方を向く。


――自分の日常を奪い去った男。


「おっ!お代わりだ!」


嬉しそうに笑ってナイフを構える。


――全てを、切り裂いた男。


「ッ!!!」


純は鉄パイプを横薙ぎに振る。


だが、男は華麗なバク転を披露しながら躱した。


「あれ~?君どこかで会ったっけ?」


「…………。」


まさか、まさかこの男――。


「ん~?思い出せないや!あっははは~!」


忘れて、いるのか?


あの日のことを?


忘れもしない、あの夏の日のことを?


自分の家族を殺したことを?


ドクン、と純の心の中で何かが跳ねる。


そして、音を立てて何かが崩れ去っていった。


覚えてすらいなかった。


この男を殺すために生きてきた。


近くの河原で投げナイフの練習をした事さえあった。


なのに、この男は覚えてすらいなかったのだ。


とてつもない徒労感が体を包み込む。


俺は何のために生きてきた?


俺は――。






男がナイフを振るう。


「ッ!」


純は体を仰け反らせて躱すが、頬を少し切られた。


すぐさま鉄パイプを振るも、しゃがんで躱されてしまう。


「もう終わり?もっと遊ぼうよ!」


子供。


そう、子供だ。


まるで子供が駄々を捏ねる様に、この男は遊んでくれとせがんでいる。


この男にとって、殺しは遊びなのだ。


「…………。」


純は腰に提げてあったサバイバルナイフを引き抜く。


「うわぁ~!かっこいい!決闘だ、決闘だ!」


男が囃し立てる。


既に純の堪忍袋は限界に達していた。


鋭く、腕を切りつける。


しかし、男はナイフの刀身でそれを受けた。


「効かないよ~?」


「…………。」


男はナイフの扱いに長けているようだ。


つまり、男のナイフさえ封じてしまえば、簡単に殺せるという訳だ。


純はゆっくりと後退していく。


男はゆったりとした足取りで純に近づいていく。


「もう終わり?つまんないよ。」


「…………。」


純はなおも後ろに退がり続ける。


「じゃあ、断末魔を聞かせてもらおうかなっ!」


男が猛然と飛び掛かってくる。


その瞬間、男の体勢がぐらついた。


「おわっとと――。」


和馬のバッグから転がり出た缶詰が、男の体勢を傾かせたのだ。


(もらった――。)


純は鉄パイプを男に投げ付ける。


(ナイフを信頼しすぎている人間が咄嗟の危機に使う物は……。)


男が慌ててナイフを構え、鉄パイプを防ぐ。


その衝撃で、男のナイフが遥か後方に吹き飛んだ。


(ナイフだッ!)


純は喉元目掛けて突きを繰り出した。


純のナイフの切っ先は確実に男の喉元を捉えた――筈だった。




キィン、と音がして純のナイフが弾かれる。


「…………?」


男の手にはナイフがあった。


そうだ。


ナイフが一本なんて誰も言ってないじゃないか――。


「惜しかったね~!」


「…………。」


何も考えられなかった。


自分の今までの努力が全て無駄になった。


自分のやれることはやった。


全てを出し切った。


それでも、届かなかった。


「君、もしかして喋れないのかな~?」


駄目だ。


無駄死にだけは駄目だ。


大急ぎで崩れ去りかけた思考を再構築する。


自分に残された武器は何だ?


視線を少し下に揺らしても、見当たるのは缶詰のみ。


「初めてだな、そういう人って!一体どんな悲鳴を上げるのか楽しみだな!出ない声を必死に出そうとするのかな?……ゆっくりいたぶってみようかな!」


和馬の死体……。


銃は握られたままだ。


しかし、取りに行く前に恐らく殺されるだろう。


「じゃあ、まずは左手!」


男がナイフを振るう。


切っ先が左手に迫る。


そして、そのまま皮膚を切り裂き、血管を切り裂いて、赤い血を噴出させた。


「ッ……。」


腕を抑える。


思考が一瞬で霧散するほどの痛みだ。


急いで掻き集めようとするが、そうする前に、男のナイフは自分の頬を切り裂いた。


思考は消える。


霧を手で掻き集める事が出来ないように、純の思考も隙間から零れ落ちていく。


「…………。」


その場で尻餅をついてしまう。


「どこを攻撃すれば悲鳴が出るかな?顔?足?お腹?……爪を一枚ずつ剥がすのも良いけど、生きたまま指を焼くっていうのも面白そうだね。」


男の手が、ナイフが近づいてくる。


「取り敢えず、足の腱でも切ろっか!逃げないようにね~。」


俺は殺されるのか?


家族の様に?


小夜――。

年末年始に入りますので、一月初めくらいまで連載を休止します。

皆さん、良いお年を!

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