表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/88

始まりの断末魔

全員がバスに行っているとき、一人の男が食料品店に侵入した。


そっと、音を立てず。


まるでヘビのようなしなやかさで中に入った男はニヤリと笑う。


まだ十分に残された食料。


彼らが戻ってくることは間違いない。


キラリと、男の手のナイフが光った。





食料品店前。


「…………。」


純はただひたすらに周囲を警戒していた。


時々ストリートの奥を行きかう感染者たちがこちらに来る様子はない。


安全。


そう、まさに安全。


ゾンビも来ず、変な化け物も居ない。


だが、純は言い様の無い不安に駆られていた。


雪も降ろうかというこの時期に、自身の背中をじっとりとした汗が伝った。


本能が危険だと告げている。


頭の中で鳴らされ続けた警報は、心臓の鼓動を速め、息苦しさを与えてくる。


食料品店の中には和馬が、その奥の倉庫には小夜がいる。


もしかしたら、二人の身が危ないかもしれない。


だが、守るべきなのは唯一人、小夜だけだ。


和馬なんてどうでもいい。


小夜が、小夜だけが自分の道標で、希望で、夢だ。


いつだって自分を包んでくれた小夜を守る。


純の足は食料品店の倉庫に向かっていた。




男は狭い所にいた。


身動きが取れない様な、這ってようやく進めるような狭い空間を、じりじりと。


床の隙間から下を覗き見ると、男が嬉しそうに缶詰をリュックに詰めていた。


もう少し――。


彼の上げる断末魔はどんなものだろう。


大声で喚くか、呆気にとられるか。


それとも助けを請うか。


床の板をゆっくりと外す。


そして、淵に足をかけて、体を伸ばす。


男が居たのは天井裏。


まるで頭を下にして吊り下げられた処刑人の様に、降りてくる。


そして今にも鼻歌を歌いだしそうな男の背後に到達する。


手にしたナイフを握り直し、その背中に突き立てた。





倉庫では、小夜が水の入ったペットボトルを、台車に載せていた。


「ん?純?どうしたんだい?」


純が入ってきた事に気付いて、作業を中断し、純に向かう。


「…………。」


純は一言も発せずに、小夜の髪を撫でた。


「そうか、心配だったんだね。」


二人の間に、既に言葉は不要だ。


完全なる意思の疎通ができる。


「でも、しっかり見張りをしないと。」


純はそれでも動かない。


梃子でも動かないようだ。


「仕方がないな、純は。」


小夜が純を抱きしめ、頭を撫でる。


「私は死なないよ、絶対に。私が純を守るから。だから、純も私を守ってね。」


「…………。」


純は、動かない。






『共依存』という言葉を御存じだろうか。


自分に自信が無い、または自分の生きる価値が分からない人が、相手から依存されることによって、そこに自分自身の価値を見出し、お互いに依存しあう関係のことだ。


それは、まるで鎖のような物。


繋がった環。


決して外れる事の無い知恵の輪だ。


純は生きる意味を失い、小夜に依存した。


小夜は、純を支え続けることに生きる意味を得た。


失ったものと、得たもの。


それを互いに補い合って、生きてきた。


言い換えるならば、病的なほどの愛だ。


二人は抱き合ったまま動かない。


お互いが、お互いの気が済むまで抱き締めあう。


誰が彼らを責められるだろう?


誰が彼らを笑えるだろう?


彼らは生きるために、そうせざるを得なかったのだ。


縛り合い、絡まり合い、破滅することになっても。




「う……がぁ……っ。」


じわり、と和馬の背中に血が滲んでいく。


男がナイフを引き抜いたのと同時に血が噴き出し、赤い水溜りが形成された。


「な、にが……。」


「あっはははは~~!大成功だ!」


不意に後ろから声が聞こえる。


和馬は言う事の利かなくなる体に鞭打って、振り向いた。


そこにいたのは、奇妙な男だった。


老けているのか、若いのかも分からない。


ただ、狂ったピエロのように笑い転げている。


「嬉しいな!楽しいな!」


「ぐぁ…………。」


全身から力が抜けていく。


だんだん体温が低くなっていく。


だが、幸い銃についてはまだ気づかれていないようだ。


ハンマーを起こしていない状態の引き金は引けないと判断した和馬はこっそりとハンマーを起こそうと、指に力を込める。


しかし、ハンマーは起こせなかった。


既にハンマーを起こす力すら、和馬には残されていなかった。


「おぉぉ……ぁぁぁ……。」


唯空しく呻き声が出るだけ。


喉から熱いものがこみ上げ、堪えきれずに吐き出すと、赤い水溜りは一層大きくなった。


「それじゃあ、死んでみる?」


男がナイフを持って近づいてくる。


(頼む、俺に……撃鉄を起こす力を…………コイツを、クソ野郎を撃ち殺す力を…………。)


それでも、身体は言う事を聞かなかった。


ズブリ、と男のナイフが体内に侵入してくるのが分かる。


そして全身が活動を放棄していく。


和馬は体を仰向けにして倒れた。


ガチッ。


その時、身体の重さでハンマーが起きた。


(よし……今だ……撃て…………撃て………………撃…………て………………。)


銃声は鳴らなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ