ハウ・トゥ・ユーズ
夜が明け、朝が来た。
各々が毛布の中から体を現したのは七時前のことだった。
そして七時三十分には、会議室に全員が集合していた。
「さて、今日はどうする?」
巧が徹に聞く。
「雨が降っているから、女子には溜まった雨水で洗濯をしてもらおうかな。合羽を着て、濡れないようにね。風邪をひいたら、薬のない今の状況じゃあ対処し辛いし。で、溶接も今日は中止。その代り、残りの場所の清掃をしようか。で、龍は無線を使えるようにしてくれないか?」
「無線?」
「うん。確かこの学校にはアマチュア無線部があったはずだから。」
「了解。」
「それじゃあ、皆、仕事を始めて!」
それぞれが席を立った。
「で、これどうやって使うんだ?」
「さぁ……?」
アマチュア無線部と張り紙のしてあるドアを開けると、恐らく無線に使うのであろう危機でごった返していた。
「とりあえず、マニュアルを探そうよ。」
「えっと……あ、あったあった。」
機械の上に無造作に置かれているマニュアルを手に取る。
持つと重いと感じるほどの厚さで、数百ページはあるだろう。
手作りらしく、ホッチキスで雑に留めてあるのは良いとして、どこが“誰でも簡単アマチュア無線”だ。どこが。
とりあえず、電源を付ける。
「えっと、これは?」
「FMで誰かいないか呼び出してみて。」
「どうやって?」
「えっと、それは……。」
「ああーもう!貸せ!」
怜から引っ手繰るようにしてマニュアルを取る。
自分で見た方が数倍速い。
「ここをこーして、そ-して……。」
あれこれとパネルをいじると、御決まりの、『ザーーー』という音が聞こえてきた。
「これで出来たの?」
「ああ、多分。」
「凄いな…。」
「ま、それほどでもあるかな。」
龍は少しおどけた様に言うと、つまみを回して、何処か何かを流していないかを確認する。
しかし、音は『ザーー』から変わらなかった。
「こりゃあ長丁場になるぞ……。怜、徹に長くなりそうって伝えておいてくれ。」
「OK。」
怜が部屋から出ていく。
その様子を尻目に、再び無線機と向かい合った。
「うひゃー。これをやるのか?二人で?」
「ま、頑張ろう。」
モップとバケツを持った大樹と徹の目の前には、赤に染め上げられた教室が在った。
所々に肉片や脳漿がこびり付いている。
「ありゃ……カーテンにまで染み込んじまってら。」
黄色のカーテンも、例外ではない。
お化け屋敷に使われているカーテンの様に、破れ、そして血で染まっている。
「取り敢えず、机を下げようか。」
「おう。」
二人で、教室の机を背面黒板まで寄せる。
かつて、自分たちが平和に授業を受けていたのは、実は幻だったのかと思えるほど、現実的ではない光景だ。
それに、匂いが酷い。
しっかり換気をしないと、衛生上良くないだろう。
窓を全開にして、モップで床を拭き始める。
「ゴム手袋付けた?こびり付いた肉は摘まむか、まぁ、足かなんかで引き剥がして。」
「わかってるって。」
二人で床についた血を落としていく。
すると、怜が教室に入ってきた。
「あ、怜。どうかした?」
「ああ、龍が長丁場になりそうだって。それを伝えたかっただけ。」
そういって扉に向かって歩き出した例を、太い腕が引き寄せる。
「わわっ!?」
「おおっと……まさか、この状況を見て手伝わないなんて言わないよなー?」
確かに、この教室は二人で掃除するには辛い量だ。
「はぁ……解ったよ。」
渋々ながら、怜もモップを受け取った。
『ザーーー……』
砂嵐音が鳴り響く中、龍は椅子に凭れ掛かって本を読んでいた。
本、といっても堅苦しいものではない。
『応援合体ゴッドバイン』のノベライズ本だ。
珠玉の名シーンである、ジーザがグリックを追いつめるシーンは、文章で読んでも興奮する。
『ザザッ……』
「ん?」
少し音が変わった。
本を脇に置いて、急いで呼びかける。
「誰かいますかー?」
『ザザッ……ザザッ……』
「もしもし?もしもし?」
『……ラック旅団、こちらトラック旅団。生存者はいますか?』
「来たーーーーッ!」
急いで返事をする。
「もしもし!聞こえますか?」
すると、少し向うがざわつく。
何やら、話をしているみたいだ。
『……生存者か?』
「はい、こちら下井町優成学園。」
『こちらはトラック旅団だ。その名の通り、トラックで移動しながら生存者を集めている。人数は十四人。現在は四両編成。そちらはどうだ?』
「こちらは十五人。全員学生です。」
『安全なのか?』
「はい、今の所は。少し待ってください、代表者を呼んできます。」
『ああ、頼む。』
生存者がいた。
それも、十四人もだ。
人数が多ければ、それだけ感染の危険も増すが、それ以上に、多くの物資が期待できる。
龍ははやる気持ちを抑えながら、徹の元に向かった。




