ぎゅうぎゅう詰め
真っ暗な地下を、二つの影が移動していく。
その表情は、スマホの光で照らしだされているが、暗いものだ。
「本当にこんなところ通るんスか……?」
大樹の目の前に立ち塞がるのは長方形の小さな穴。
這ってなら進めそうだが、確実に濡れるだろう。
それに息苦しいそうだ。
「ここしかあるまい。」
巧はバックパックから包まれた合羽を取り出し、大樹に放り投げた。
それを着ながらも大樹は不平を漏らす。
「そりゃあ道的にはここを真っ直ぐ行けば商店街ッスけど、脱出にここを使うって言ったら、そりゃあもうぎゅうぎゅう詰めッスよ。」
「大量のゾンビに伸されて押し寿司にされるよりマシだろう。」
「ええ~……。自分入れるんスかね……。」
大樹は常人よりも力があるが、その分恰幅がいい。
彼の肩幅でここを通れるだろうか。
大樹が長方形の穴に体を押し込む。
「んぎぎぎぎぃぃ…………。」
大樹が無理やり体を捻じ込む。
すると、大樹がピクリとも動かなくなった。
不安になった巧が声をかける。
「大丈夫か……?」
「先輩……。」
「ん?なんだ?」
「詰まり……ました……。」
カラン、と音がして、巧の手から懐中電灯が滑り落ちた。
ドォォォォォ……ン。
「ひゃっほぉぉぉ!」
龍がガッツポーズをする。
その音に引っ繰り返ったのは徹だった。
「り、龍!何したんだ!?」
「いやあ、壊すの面倒くさいから、いっそ爆発すれば綺麗になるかなー……なんて。」
バスの窓ガラスは粉々に砕け、中からモクモクと煙が出てきている。
それにチロチロと赤い炎が見え隠れしているではないか。
「火、火を消して!」
「あいよ!」
龍が消火栓からホースを引っ張ってきて、バスの窓に向けて、放水した。
この学校にある消火栓は2号消火栓と呼ばれる、一人でも消化が可能なタイプだ。
数十秒ほどで消火は完了した。
「いったいどうやって爆弾なんか……。」
「ほら、この前調べてたろ?実験も兼ねてやったわけよ。」
バスの中を覗くと、バスの廊下の中央は焼け落ちそうなくらいに黒焦げになり、座席も吹っ飛んでいたり、骨組みだけ残されていたりした。
「な?完璧だろ?」
「いや、廊下はもう駄目だろ……。」
徹がそっと足を乗せるだけで、廊下がボロボロと崩れた。
「まぁ、木材かなんかで蓋しとけば大丈夫だろ。」
「適当だなぁ……。」
座席の残骸を開き切った窓から放り投げる。
すると、真二が道具を持って走ってきた。
「何なんだ!?今の爆発音は!?」
鬼のような、凄い形相だ。
「いやー、ちょっと座席を外そうかと……。」
「ふざけるな!これはお遊びじゃないんだ!」
「そんなカリカリしないで下さいよ。」
「なんで君はそんなに平然としていられるんだ!?一歩間違えればガソリンに引火して大爆発!学校にだって被害が及ぶかもしれないんだぞ!それに貴重な足であるバスは……!」
「そうならなかったから良いでしょうが。起こらなかったんだから、その事について何時までも話してもどうしようも……」
「馬鹿か君は!君のお腹に詰まってるのは思考を鈍くさせる物質か何かか!?」
「何ィッ!?俺の腹には夢と希望が……。」
「もうやめてくれ!」
二人の不毛な争いを、徹の声が止めた。
二人は押し黙る。
「二人とも、抑えて。龍、爆弾を作るのは悪くないけど、バスで実験するのは危険だ。荘田先輩。言ってることは正論だけど、いつまでもネチネチと責めることを正しいとは思いません。」
「くっ……。」
真二が言葉に詰まる。
「……作業をしましょう。」
徹が溶接道具の点検を始める中、二人はその背中を見て立ち尽くしていた。
「ふー。やっと終わった!」
葉月がモップを放り投げて座り込む。
彼女の視界は、いつもの廊下の色彩で満たされていた。
本能が警鐘を鳴らすような赤は消火器以外は見当たらない。
「そうはいっても半分だけですが。」
佑季が呟くように言うと、葉月の方がガクッと下がる。
「ですが、今日はもうこのくらいでいいのではないでしょうか。物資の整理もありますし。」
美羽はそういうと、バケツに入った水を窓から流した。
勿論進んで掃除をしたいものはいないので、それぞれが道具を片付け始める。
しかし、その中に桜の姿は無かった。
「桜ちゃん何処に行ったんだろ……。まさか和馬先輩と一緒って事は無いと思うけど。」
「あはは。大丈夫だと思うよ。こっちには不純異性交遊の鬼も居るし。」
「鬼?」
葉月が首を傾げると、佑季がものすごいオーラを放っていた。
あまりのオーラに、窓ガラスに皹が入りそうな位だ。
「生徒会では……。」
佑季が葉月をくるっと振り返る。
「不純異性交遊は非常に重い処分をご用意しておりますが。」
「わ~~!わ、私じゃないから!もしかしたら和馬先輩とよろしく……いや、非常に純なお付き合いを……。」
「あんな軽薄そうな男に、純な付き合いが?」
「いやいやいや!そうと決まったわけじゃないし!」
「そうですか。一度確かめてみる必要がありそうです。」
そういうと、佑季は雑巾を持って立ち去ってしまった。
その後で、葉月は不味い事をしてしまったかもしれないという不安に苛まれていたのだった。