奇怪な違和感
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
大樹が奇妙な声を上げながらマンホールを押し上げる。
ズズズ、とマンホールが異動し、中から大樹が顔を覗かせた。
「はぁ……なんとか行けるぜ。」
「OK。さすが大樹だ。」
ここは学校のマンホールで、素手でマンホールを開けた後に、大樹が中に入って、中から開けられるかを試してみたのだ。
この分なら、商店街のマンホールも十分開けられるだろう。
繋がっていれば、の話だが。
「でもよー。人が通れるくらいの大きさあんのか?」
「うん、ここらのは大きな水道だって聞いたことがあるから、大樹が通れる位の大きさはあるよ。空気弁もあるから、呼吸の心配は多分ないし。」
「ふーん……。まぁ、行ってくるぜ。」
大樹が野球部のヘルメットに懐中電灯をガムテープで張り付けた物を装着し、再びマンホールの中に潜っていく。
手には、ビニール袋に入ったスマホがある。
スマホの地図で現在地を示しながら移動するので、水路が続いてさえいれば行けるはずだ。
その直後、マンホールの底から声が聞こえてきた。
「徹ー!徹ー!」
「どうした、大樹?」
マンホールを覗き込むと、大樹がこちらに手を振っていた。
「何してるんだ?」
「ビンゴだ!結構大きいぞ!」
よかった。
どうやら、記憶通り、点検用の、数十cm程しかスペースがないタイプではないようだ。
「うわっ!空気が悪いぜこの中!」
地下だし、それはその通りなのだろうが、些か緊張感に欠けるように思える。
巧は大きな溜息をつくと、マンホールの中に入っていき、大樹を頭を叩いた。
「おうっ!痛いッス!死んじゃうッスよ!」
ペシッという小気味良い音と、大樹の悲鳴が聞こえてきたので、制裁が完了したことが分かった。
さて、後はこちらも準備をしなくては……。
キーを捻ると、少し高い音と共にエンジンがかかる。
マフラーから白い煙が立ち上り、その巨体が大きく体を震わせた。
「OK、エンジンはかかるみたいだ。」
部活遠征用のマイクロバスは、装甲を付けるにふさわしい馬力のエンジンが積んである筈だ。
だが、要らない物は取り外しておかないと、装甲の重みで動けない可能性がある。
「取り敢えず、座席は全部外して。……あ、いや、数席は残しておこうか。あと、本間先輩と本多先輩、それと怜は装甲を持ってきて。資材庫にあると思うから。荘田先輩は溶接に必要なものをお願いします。電気が止まっていない今が溶接のやり時なんで、急いでください。龍と僕は座席をぶっ壊します。」
それぞれが仕事に就いた後、龍がハンマーや鋸、はては理科室にあった硫酸まで、様々な物を持ってきて、バスの床に置いた。
「で、どれから試す?」
「と、取り敢えずハンマーからかな……。」
ハンマーを持ち上げ、力任せに叩きつける。
しかし、大した傷はつけられなかった。
「うーん……。これは思ったより手間取りそうな感じだな。」
「まず、鋸でカバーとかを全部取り外そう。あとで骨組みをぶち壊せばいい。」
「合点承知!」
龍が狂ったように鋸を振り回し始める。
その興奮は解らないでもない。
今までやってはいけなかったことを、誰にも咎められることなく、堂々とできるのだから。
全く気に入らねぇ。
誠治はそんなことばかり考えていた。
最近、ずっと引っ掛かっていることがある。
門を閉める時の話だが、何故あんなやりたくもない仕事を、翼にお願いされただけで了解してしまったのか、だ。
何故か断ってはいけない、そんな気がしたのだ。
しかし、そんなことがあり得るだろうか。
自分の方が明らかに立場は上のはずで、こっちが王ならあっちは乞食。
なのに、まるでそうすることが本能に刻まれているかのように……。
「誠治君、どうかした?」
翼がこちらを向いて聞いてくる。
なんだろう、この違和感は。
何処かでこんな光景を見たことがあるような気がする。
一種のデジャヴかも知れない。
だが、その媚びるような目が、自分の記憶の奥底にある何かを揺さぶったのは確かだ。
おかしい、何かがおかしい。
例えようのない不安が体を駆け巡る。
「翼、お前何を隠してやがる。」
「僕?別に何も隠してなんか……。」
翼は首を傾げて考え込む。
昔なら、迷わず殴っていたかもしれないが、今の自分は殴る気になれない。
というのも、その仕草の一つ一つがどこか白々しい演技に見えたからだった。
その理由は解らない。
ただ、今まで翼の取ってきた言動や仕草の全てが演技に見えたのだ。
急に心の中に大寒波がやってきて、誠治の背筋を凍りつかせた。
翼の全てが演技だったというのなら、翼は何故演技を続けているのか。
殴られ続けても直、何故俺と共にいるのか。
コイツの目的は何だ……?
「いや、何でもねぇ。忘れろ。」
そういいながら前に向かう足は少し震えていた。
それを気取られないように注意しながら歩いて行った。
人が通れる下水道というのはそんなに多くなく、殆どが点検用の小規模の物(深さが数十cmくらいのもの)らしいですね。
また、マンホールを内側から動かすのも常人では不可能だと思います。
あくまでフィクションの一環ですので、真似をしないようにお願い致します。(先ず居ないとは思いますが……。)