適材適所
カチャ、と音がして、スタジオの扉が開き、室内が光に満ちる。
「…………。」
入ってきた人物は桜だ。
手に赤い棒状のものを持っている。
中にいる四肢を切断された化け物は簀巻きにされた状態のまま、桜を見上げた。
「聞こえますか?」
その問いに、化け物はコクリと頷く。
桜はつかつかと化け物に近づくと、その化け物の前にしゃがみ込み、頬をそっと撫でた。
その表情は慈愛に満ちており、撫でられた化け物も嬉しそうに目を細めた。
桜は化け物の口にかまされた猿轡を解くと、その赤い物体を口に押し込んだ。
「治しなさい。」
化け物は頷き、口をもごもごと動かす。
やがて、口を大きく上げた。
上あごと下あごの間に、唾液のアーチがかかる。
そして赤い物体を桜の前に出してきた。
青黒い血管や筋肉がうっすらと見えるそれは、化け物の舌であることがわかる。
「ふふ、良い子……。」
桜は化け物の頭を撫でると、再び猿轡を噛ませて、その部屋から立ち去る。
何れ訪れるかもしれない危険の為に、ある程度手を打っておくことは大事だ。
扉が閉じ、部屋はまた暗闇に包まれた。
「それじゃあ、会議を始めたいんだけど。」
会議室には、生存者全員が集まって、円を描くように座っている。
「今日話したいことは、まぁ主にこれからのことなんだけど。まず、雪が降って来ない間に、物資を調達しておかないといけないんだ。雪が降ると移動が面倒だし。それで、物資調達場所なんだけど。」
徹がホワイトボードに字を書き込み始める。
「……ショッピングモールは、多分ゾンビがわんさか居るから無理だと思う。商店街は、僕がここに来る前に見た限りではそんなにゾンビは居なかったけど、基本的に道が一本しかないから、挟まれたら生きて帰れない可能性が高いんだ。何か、良い案は無いかな?」
うーん、と大樹が腕を組む。
「それならコンビニとか襲えば良いんじゃねぇのか?」
「でも、既に荒らされてる可能性があるから、この辺一帯のコンビニにはもう物資がないかもしれないんだ。」
「それってよ、安全なところは取り尽くされてるんなら、危険なところしか残ってねぇって事じゃねぇか?」
「うん。だから、いいところは無いかなと思ったんだけど。」
そこで真二が口を開く。
「僕は商店街がいいと思う。一度にいろんな種類の物資を手に入れられるし、例え挟まれても、ある程度人数が居れば一点突破で何とかなる。」
何とかなるかどうかは解らないが、確かに一度に多様な物資が手に入る点では良い場所だ。
「何とかなる、って言ってもよ、それは危険すぎるぜ。さすがに100体位来たらどうしようもねぇだろうが。一気に蹴散らせる武器でもありゃあ解らねぇけどよー。」
誠治が真二に対して反論をする。
だが、真二は誠治に指摘されたことが屈辱的だったのか、少し声を荒げて反論した。
「しかし、物資が無ければどうしようもないのは解りきったことだ。それとも、ここで黙って飢え死にしろというのか?」
「んなこと言ってねぇだろうが!お前の耳は飾りか!?それとも脳みそが腐ってんのか!?ああ!?」
「ちょっと、誠治君落ち着いて!」
真二に殴りかかろうとした誠治を、翼が止める。
誠治は取り敢えず座ったものの、三白眼で真二を睨みつけている。
しかし、真二はやれやれというように肩を竦めると、徹に意見を求めてきた。
「どうだろう、商店街に行った方がいいと僕は思うが?仮とはいえ、リーダーは君だ。決めたまえ。」
これは非常に難しい問題だ。
だが、一番ダメなのは迷うリーダーだ。
自分たちの長が迷っていると、他の者にまで迷いは伝染してしまう。
そして、徹は決断を下す。
「……解りました。商店街に行きましょう。」
真二が勝ち誇ったように誠治を見る。
「ですが、やはり挟み撃ちになるのは危険なので、対策を練ります。」
「対策……?」
佑季の声に頷くと、徹は龍にスマホを持ってくるように指示した。
「龍、この町の上・下水道の見取り図は載ってるかい?」
「いや、載ってない、けど。」
「けど?」
「学校と商店街はそんなに離れてないし、方角を間違えずに行けば、商店街のマンホールまで移動できるとは思う。」
「OK。まず、男子の何人かで学校の玄関前のマンホールから、商店街まで移動し、マンホールが何処と繋がっているのかを確認する。いざというときの逃げ道は必要だから。残りの男子は、移動用の車の改造をしようか。技術室にある鉄板を溶接して、装甲車を作るんだ。なるべく静かな車がいいけど、装甲を付ける以上は無理だろうね。まぁ、女子は洗濯ということで。」
「洗濯?貴重な水を使って?」
美羽が疑問の声を上げるが、それも想定済みだ。
「感染が起こる前の週間予報通りなら、明日は雨です。雨水を何かの容器に貯めて、洗っちゃいましょう。」
「よし、そんじゃあ早速材料を集めてくるぜ!」
意気揚々と大樹が立ち上がる。
だが、徹はそれを制した。
「大樹はマンホール係だ。」
「マンホール係?なんだそりゃ。」
「あんまり実感わかないかもしれないけど、マンホールって滅茶苦茶重いんだよ。50kg位あるから。ここいらの蓋は多分古くてロックがないから、大樹の力で開けられると思う。」
「ああ、そういうことね……。」
大樹はがっくりと肩を落とした。
余程改造がしたかったのだろうが、仕方ない。
これが適材適所というものだ。