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命令を下す

ゴシゴシ、ゴシゴシ。


ブラシが廊下を撫で、その度に赤が元の白に戻る。


キュッ、キュッ。


水を含んだ布がガラスの上を滑り、こびり付いた脳漿の欠片を洗い流す。


しかし、やれどもやれども赤ばかり。


いつ終わるのかもわからない。


「なんかもう、自分との闘いってカンジ?」


葉月が自嘲気味に笑うが、皆、反応する気力すら起きない。


男子はゾンビの運搬をしている為、掃除は全て女子が担当している。


生徒たちが喰われまいと校内中を駆け回った結果、汚れの付いていない所が残らなかった、というわけで、実質この校内全てを掃除しなければいけないことになっていた。


それに、所々にこびり付いた肉片や、内臓、酷い時には目玉が転がっていたりと、作業効率どころか著しくやる気を削ぎ落とすものがごまんとあり、既に会話をする気力も無くなっていたのだった。


「これから快適に暮らしていくためにも、必要なことです。」


済ました顔で言う美羽の声にも、疲労が感じられた。


というより、目が虚ろではないか。


そこである事実に気付いた。


「あ、あの、清水先輩……。」


「なんでしょう?」


「さっきからブラシが空を切ってます……。」


既に遠近感覚すら怪しくなってきているようだ。


「あー!やめやめ!休憩にしましょうよ!休憩!」


葉月がブラシを放り投げると、小夜も顔を上げた。


「そうだね。少し休憩にしようか。皆疲れてるし、ちょっとなら冴島君も許してくれるだろう。」


バケツに血まみれの布を突っ込んで、ゴム手袋を脱いだ。


手がゴム臭い。







各々が会議室への帰途に就く中、桜だけは反対方向に歩いていた。


検証をするために、だ。


屋上の扉を開け放つと、傾きかけた太陽が自分を照らすのが解った。


あまりの眩しさに手を眼前に翳す。


屋上に来たのは、ゾンビの様子をしっかりと見るためだ。


塀の向こうのゾンビを見るには、高い所の方がいい。


桜は大きく息を吸い、肺に空気を送り込む。


果たして、本当に命令を下せるだろうか。


いや、出来るはずだ。


自分に出来ないことなどない。


「ゾンビよ、跪け。」


桜がそう呟くと、塀の向こうにいるゾンビが一斉に平伏す。


その余りにも異様な光景は、桜の興奮は頂点に達した。


(素晴らしい……これが女王の力!私だけの力!)


息が荒くなる。


私は間違いなく女王だ。


目の前の光景がそれを物語っている。


「立ち上がりなさい。」


ゾンビは緩慢な動きで、体勢を元に戻す。


完璧だ。


ゾンビが此処で小さく呟いた声に反応するのも驚きだが、何より、こんな力を持つ事が出来た自分に驚きだ。


自分は神からの寵愛を受けているに違いないと、桜は確信した。


ゾンビはまた塀を爪で引っ掻き始めた。


ガリガリという音が自分の耳にも聞こえてくる。


「ふふふ、ふふふふあははははは!」


これが笑わずにいられようか。


ゾンビが世界に溢れかえった今、その気になれば、ここの人間は愚か、世界さえも支配する事が出来るのだ。


高揚感が体を包む。


これ以上の喜びは無い。


今まで自分を虐めてきた奴らも、親も、友達も、政治家も、兵士も、男も女も子供も老人も乞食も富豪も何もかも。


何もかも支配する事が出来る。


だが、今はここの人間を殺すべきでないことを桜は理解していた。


先程昼食を食べた時、それまで感じていた空腹が消えた。


どうやら、人間を喰わなくてもいいらしい。


喰いたいことに変わりはないのだが、それでも、これは好都合なことだ。


だから、もっと親密に、そして自分がある程度自活できるような物資を手に入れてからでないと意味がない。


桜は身を翻して、屋上から立ち去る。


その後ろ姿は堂々たる風格を見せ始めていた。







「大樹。三種の神器を言ってみろ。」


「猫耳、尻尾、メイド服ッス。」


「よろしい。だがそれは?」


「二次元に限るッス。」


「完璧だ。」


二人はしっかりと握手を交わす。


和馬と大樹だ。


この二人は感覚がとても似ているため、すでに兄弟のような間柄になっていた。


それは喜ばしいことなのだろうが、如何せん二人に共通する感性が特殊すぎた。


「アホか。さっさと仕事しろ。」


巧に言われて、二人が同時に肩をすくめる。


ガラガラ、と戸が開いて、怜が入ってくる。


先程まで、休憩を取っていて、今帰ってきたようだった。


しかし、その顔は少し苦くなっていて、不安の色が浮かんでいた。


「怜、どうかしたか?」


大樹の問いに、怜は力なく、何でもないと答えた。


どう見ても何でもあるのだが、本人が口を閉ざしている以上追及は出来ない。


大樹は歯切れの悪さを感じながらシューターに死体を入れる。







(何だったんだろう……。)


怜は先程休憩時に見た光景を未だに忘れられずにいた。


忘れろと言う方が無理があるか。


自分が外の景色を見ていると、門の外のゾンビが一斉に跪いたのだ。


同時に、何のズレも無く。


誰に行っても信じてもらえないか、一笑に付されるだけだろうと思ったので黙っていたが、不思議でならない。


感情を持たないゾンビが、同一の行動を示し合わせたかのように取るなんて有り得るのだろうか。


疲れているせいで見た幻覚なのかもしれない。


だが、もし。


もし、ゾンビを自由に操る能力を持った者がいるとしたら……。


首を左右に振って思考を意識の外に追いやる。


そんなことある筈が無いんだ。


ある筈、無い。

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