11月23日: ニッコリショッピングモール2
「あっははは~!命中命中!大当たり~~!」
男がパチパチと拍手をしながら大笑いする。
まるでピエロが、狂ったようにダンスを踊っているかのようだ。
「…………。」
俺は倒れた女を見ながら、あることを思い出していた。
遡る事十三年前。
俺はまだ学生で、朝飯を食べながらテレビを見ていた。
下らないニュースが流れている中で、一際大きく報じられていたのが、『下井町一家惨殺事件』だった。
とある一家が、たった一人の男の子を残して全員刺殺されたという事件だった。
あの時に報じられた、男の身体的特徴は、今ナイフを投げた男と似ているのではないか。
俺はすかさず、狂ったように笑っている男に向かって、サブマシンガンを連射した。
サプレッサーにより、銃声は抑えられている。
その銃弾は間違いなく男の身体に当たる筈だったのだ。
その筈だったのだが。
「うわっ危ないっ!」
男はアクロバティックなバク天を披露して、銃弾を躱した。
「チッ……。」
舌打ちせざるを得なかった。
自分が殺そうと思って打ち込んだ弾がまさか躱されるとは。
すかさず銃を連射し、男を車の反対側に移動させる。
「お前の目的は何だ。」
銃を向けながら問う。
「色々あるんだけど、一番は~……。」
男が車から身を躍らせ、ナイフを投げてきた。
「殺すことかなっ!」
「ぐぅっ!?」
俺の手に男のナイフが突き刺さる。
(あんな体勢からここまで正確にナイフを投げるとは……。)
俺は狙いを定めて銃を撃つが、既に男は車に乗り込んで、駐車場を後にするところだった。
「つまんないから帰るね~!」
声を張り上げながらこちらに手を振って、車を走らせていった。
完敗だ。
いや、命が在っただけ勝ちか。
俺は女の所に駆け寄る。
「おい、生きてるか。」
返事は無い。
ナイフは深々と突き刺さっており、血も出ている。
傷口をナイフが塞いではいるものの、かなりの量の血だ。
別に人が死ぬなんてどうという事は無い。
今までに何人もの仲間が俺の前で死んでいった。
だが、この女は………。
「守ってやれなかった。すまん。」
守れなかった事に後悔をしたのはこれが初めてだった。
余裕が出来たら、死を悼んでやろう。
ところが、そんな気持ちは一瞬で消し飛んだ。
女が起き上がって笑い出したからだ。
「あはははははっ!ひぃっひぃっ!『すまん』だって~っ!ひゃひゃひゃ!お腹痛いお腹痛い!」
ゴロゴロと転げまわる度に、ナイフが地面に当たってカチャカチャと音を鳴らす。
「お前、何で……。」
「この血?ケチャップですよ!ぷぷっ!あひゃひゃひゃ!大体この服は防刃・防弾ですよ!あははははは!」
良く考えればその通りだ。
あんな遠くから投げたナイフが刺さったとしても、あそこまでの量は出血しないだろう。
それに、匂いも生臭くなかった。
ここにきて俺の怒りは頂点に達していたが、それよりも。
「心配をかけさせるな……。」
安心していた。
全身の力が抜ける。
「お、お、おお……なんか調子狂うじゃないですか……。」
女は照れたように頭を掻くと、こちらを見てすぐ首を傾げた。
「あれ?隊長ってそんなアクセサリしてましたっけ?」
女が指差している方向には、俺の手に深々と突き刺さったナイフがあった。
「本物だ。」
俺がそう言うと、女の顔が青ざめる。
「は、早く絆創膏!包帯!消毒液!救急車!衛生兵!」
狂ったように手足をばたつかせながら衣料品を探す。
そんな姿を見ながら、俺は少し笑ってしまうのだった。
一方、ナイフを投げた男はつまらなさそうに車の窓ガラスを叩いていた。
トントントン、トントントン、とリズミカルに刻まれる音は、どこか陽気にも聞こえるが、彼の顔を見れば、苛立ちから来ていることは間違いない。
「あーあ!つまんないつまんない!」
道をヨタヨタと歩くゾンビを避けながら静かに運転するが、あまりの苛立ちに、轢き殺してしまいそうになる。
彼にとっては、ゾンビを殺すことは造作もないことだった。
そして、彼が唯殺したいのであれば、ゾンビを殺せばいい話だったのだ。
しかし、彼の望んでいるものは単なる殺しではない。
「もっと聞きたいなぁー!」
彼は人の断末魔を聞くのが好きなのだ。
金切声もあれば、口から息が漏れると同時に吐き出された意味のない喘ぎ声もあり、同じものは絶対にない。
それは一瞬で消えてしまう音の芸術であり、音楽などでは聞くことのできない人の本質が見える。
自分を罵倒した者は責任転嫁が激しかったり、ヒステリーを起こしやすい奴。
唖然とする奴は、今まで平和にのほほんと暮らしてきた奴。
その一瞬に、人の一生が組み込まれていると思うだけで、陶酔感に浸る事が出来るのだ。
「ん~。商店街とかなら人が多いかな……。いや、でもゾンビばっかりかなぁ~?」
独り言を、まるで歌のように紡ぎながら車を走らせる。
彼は無免許だったが、取り締まる警官はもういない。




