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11月22日: ニッコリショッピングモール

下井町の中心に立つひときわ大きな施設。


看板には笑顔で笑っている子供が描かれており、見ているこちらまで笑顔にさせられてしまう。


この辺りにある唯一のショッピングモールであり、市民の憩いの場だ。


カフェもあれば本屋も、おもちゃ屋も、食料品店も衣料品店もある。


キャッチコピーは『太陽ニッコリ街を照らそう!』。


ここまで地域と一体化したショッピングモールも中々ない。


だが、その駐車場にはニコニコどころか感情の起伏を見せないゾンビがよろよろと歩いているばかりだ。


ゾンビは何かを掴むように前方に向かって手を伸ばしながらたどたどしい足取りで入り口に迫る。


その直後、一発の弾丸がゾンビの頭を打ち抜いた。


ゾンビは引っ繰り返ってコンクリートの上に大の字の状態となり、ピクリとも動かない。


「隊長~~!私もう疲れましたよぉ!」


ショッピングモールの屋上からゾンビを狙撃した女が音を上げる。


女と呼ぶにはまだ少し幼く、子供の時の面影を濃く残している。


性格もそれ相応のもので、優秀だが、我儘だ。


全身を黒の部隊服に身を包んだ女は駄々を捏ねる様に首を振る。


「大体、援護なんて何時来るんですかぁ!これを置いて行ったっきりヘリの音も聞こえませんよ!」


女が指を差した方向には、昨日、混乱の最中、このショッピングモールの上を通過したヘリが置いて行った箱のような物があった。


スナイパーライフルが一丁と、サブマシンガンが一丁。そしてその弾薬。


人員の増加は無く、唯『ここを死守しろ』と言われたきり、本部からの無線も無ければ、応答もない。


そして屋上に残されたのはたった二人で構成された特殊部隊だ。


身分で言えば、俺の方が上司に当たる。


「駄々を捏ねるな。任務に集中しろ。」


「もぉ~~!さっきからそればっかりじゃないですかぁ!」


俺はポケットから本を取り出すと、携帯式の椅子に座り、本を読み始めた。


椅子も本もこのショッピングモールから盗んで来たものである。


自分たちが指示を受けてこのショッピングモールに来た時、既に生存者は居なかった。


休日とはいえ、感染が始まったときは、暇を持て余した主婦でそれはそれは賑わっていたことだろう。


ショッピングモールのなかはゾンビの缶詰だった。


スーパーに陳列されていたら、迷わず手に取ってしまうくらいの内容量だったが、殲滅した。


今は防犯用のシャッターを閉めて防御をしている。


ただ、正面の入り口は、これから部隊がやってくる時の出入り口として使うため、シャッターは下ろしていない。


そこでこの女が必要だった。


この女は部隊の中でもそれなりの名声を得ていた。


その類稀なる狙撃能力は、天賦の才と言われるほどであり、どんなベテランでも彼女に敵う事は無いだろうと自分の同期が愚痴を溢していたのを記憶している。


その情報自体は間違いではなく、任務もしっかりこなしてくれてはいるのだが、如何せんやる気がない。


「ご褒美下さいよ~!ご、ほ、う、び~~!」


この始末だ。


俺は溜息をつきながら、椅子の下にあるグミの袋を放り投げる。


「おお!これは『愚味グミ!』滅多に無い代物なんですよ~!」


グミの種類など、勿論どうでも良かったので適当に相槌を打つ。


しかし、女はまるで俺がグミに対して真摯な態度で向き合っているかのように勘違いし、グミの味や食感という基本的なことから、甘みと酸味のバランスのように高度なことまで、懇切丁寧に話してきた。






ピピッ、と音がする。


自分たちが駐車場に仕掛けたセンサーが動く物体を感知したようだ。


恐らくゾンビだろう。


女が狙撃の体勢に入る。


読んでいる本には、こうあった。


『何故人を殺してはいけないんだ!』


主人公である探偵に追い詰められた犯人が、苦し紛れに放った言葉だ。


一体、何故人を殺してはいけないのか。


主人公はこう答えた。


『人には生きる権利があるからだ!』


実にくだらない、というより、答えになっていない。


生きる権利なんて、見苦しくも生きたいと願った人間が作り出した幻想に過ぎない。


長年、罪人とはいえ人を殺してきた自分が此処で台詞を言うとすれば、『そんなの知るか』だ。


良心なんてものは存在しない。


あるのは肥大化した自尊心と、いくらかの自己満足。醜い欲望。そんなものだ。


それを良心と呼ぶのならば、世界は善人で埋め尽くされるだろう。


減音された銃声が聞こえる。


手すりに寄ってみると、ゾンビが倒れていた。


もしあのゾンビが生きていている普通の人間で、周りに善人を語る人がいたらこう言っただろう。


『何で撃った!』と。


答えは簡単だ。


俺は本を屋上から勢い良く放り投げる。


ページを盛大に開きながら本が落下する姿は、まるで羽ばたいていく鳥を連想させるが、革表紙のカバーを見た途端に、どちらかというとカメムシかもな、と思いニヤリと笑う。


「知るかよ、馬鹿。」


呟くように言ったのと同時に、本がゾンビの顔面に覆いかぶさった。



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