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侵入者と誤算

昨日と同じように五人が部屋に残ることになった。


物資調達班は敵の掃討と捕獲を担うことになったが、こちらは一向に平和だ。


たいして問題もなければ、ゾンビが来る気配もない。


話すことも無くなり、それぞれがネットの情報を紙に書き写す作業をしている。


まるで定期テストの時のようだ。


ミシ……。


静かな部屋の中で、その音は良く響き渡った。


「ん?今何か聞こえなかった?」


葉月が問うと、それぞれが聞こえたと返事をする。


何の音だろうと考えていると、また音が鳴った。


ガン……ゴン……。


上の方から響いてくる。


何か、金属に硬い物を打ち付けているかのような音だ。


「これってヤバイんじゃ……。」


怜が立ち上がり、金属バットを手に取る。


大樹も立ち上がって耳を澄ませる。


ガン……ガン……ゴン……。


心なしか、だんだん近くなっているように聞こえる。


ゴォン!


「皆、下がって!」


美羽が鋭い声を発した瞬間、天井を突き破って赤い何かが降ってきた。


「きゃあああああああ!」


桜が悲鳴を上げた。


緊張が走る。


この生き物は一体何なのだろう。


その赤い塊は、むくりと体を起こす。


きちんと手があり、足がある。


少し胴体が丸く、知っている動物に当てはめるならカエルだ。


だが、人間と同じほどの体長を有しているカエルなど見たことがない。


目は閉じたままで、開ける気配を見せない。


そのカエルは頭を辺りをキョロキョロと見回すように振ると、桜の方を向いた。


そしてゆっくりと仰け反り、喉を鳴らし始める。


何か来る。


「桜さん、危ないッス!」


大樹が咄嗟に桜を押して、後方に飛ばす。


それと同時に、大樹の手の数センチ下をカエルの舌が通り抜けて行った。


「こいつ、舌をッ!」


舌は会議室の壁に突き刺さり、そしてカエルの元へと帰っていった。









(ヤバイ、ヤバイ!)


僕は半ば停止した思考をフル稼働して、生き残るための方策を考えようとする。


だが、頭に浮かぶのはどうやって逃げるかということばかり。


ここにある物資を守るためにも逃げてはならない。


しかし、それが解っていても自然に足が出口に向かいそうになる。


バットを握る手がじっとりと汗ばむ。


カエルは再び仰け反った。今度はこちらを向いている。


「うわぁッ!」


体を横に投げ出すと、先程まで自分のいた所の窓が割れる。


当たれば間違いなく死んでいただろう。


既に戦意は消え失せ、何もかも捨てて逃げ出そうとした時、雄叫びが聞こえた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


空気がビリビリと震え、カエルが声の主を見据える。


大樹だ。


こんな得体のしれない敵を前に、はっきりとした戦闘の意志を見せている姿は滑稽に思えるくらい無謀だった。


だが、大樹は恐らく何も考えてはいない。


ただ、純粋に守りたいという本能に近い力が大樹を動かしているのだ。


大樹が大きな声を上げ、カエルに突っ込んでいった。


そしてバットを横に振り、カエルの頭に叩きつける。


するとどういったことだろうか、カエルの首が綺麗に180度回り、その場に崩れ落ちた。


「どうッスか!」


「死んだ……のか?」


僕は立ち上がって大樹に近寄る。


大樹がカエルの頭を蹴るが、カエルはピクリとも動かない。  


何とも呆気無い幕切れに、僕は少し拍子抜けする。


「いや~、しっかしこのカエル……。」


大樹がカエルの横にしゃがみ込み、ペシペシとカエルの頭を叩く。


反応はない。


どうやら、死んだようだ。


「危なかったッスよ……。」


大樹が女子の方に向き直る。


だが、僕は見てしまった。


カエルの首がゆっくりとこちらの方向に向いてくるのを。


「大樹!下がって!」


「えっ?」


大樹は吹き飛んだ。


カエルが横薙ぎに払った腕が大樹の横腹を捉え、大樹を壁に叩きつけたのだ。


「ガッ……。」


何か掴むものを求めて手を動かしてカーテンを掴み、、そのまま引き裂きながら倒れた。


窓から差し込んできた朝日に照らされたまま大樹は動かない。


カエルはニタッと笑みを溢し、嬉しそうに喉を鳴らした。


駄目だ。


コイツはわざと死んだふりをして、僕たちの反応を楽しんでいる。


そうだ、最初から勝てる訳がなかったんだ。


そもそも、僕みたいなへたれが今まで生きてこれたこと自体が奇跡。


龍が居なければすぐにでも死んでいたんだ。


一日だけ、神様が猶予を与えてくれたに過ぎない。


呆然と立ち尽くす。


僕はどうすればいいんだろう。


このまま死ねばいいのか、それとも逃げればいいのか……。


「大樹さんッ!」


美羽の声が僕を深い思考の海から呼び戻した。


美羽が大樹の元に駆け寄り、その巨体を揺さぶっている。


ああ。


一体、僕は何を考えていたんだろう。


答えは最初から決まっているじゃないか。


「おい、化け物……。」


カエルがこちらを見る。


もしかしたら言葉が通じているのかもしれない。


でも、そんなことはどうでもいい。


今から僕がするのは意思表示。


自分に対する宣戦布告だ。


ここでやらなければ、僕は何時までもへたれなんだ。


割れたガラスが陽光を反射してキラキラと光る。


「お前は僕たちのことを馬鹿にして嘲笑っているのか……?ふざけるんじゃないぞ……!大樹を馬鹿にする権限がお前にある筈が無いッ!」


カエルは首を傾げる。


お前に何ができる?


そう聞いてきているようにも見えた。


僕がやれることは、今までに貯めてきた様々な知識から生き残る方法を構築すること。


アニメでも、ラノベでも、友人との会話でもマスコミからでも、何でもいい。


自分の持てる知識を結集して勝つ。


オタクにはオタクの、へたれにはへたれの意地がある。


僕は割れた窓に手を伸ばし、廊下に手を出す。


自分の皮膚が切れ、血が出てきても気にしない。


一度深呼吸をし、自分の心を落ち着かせる。


「昔、テレビで見たよ。もし狂犬病にインフルエンザとかの感染力の強いウイルスが掛け合わさったら、バイオハザードみたいになるって。もしかしたら、ゾンビが発生した原因もそうかもね。僕は思ったんだよ。なんで君は目を閉じ続けてるのかなって。目を開けた方がよっぽど周囲の情報を把握しやすいよね?……狂犬病は恐水症状を持っているけど、あれは水が怖いんじゃなくて、水が光を乱反射するのが怖いらしい。だから、もしかしたら君はそういった症状があらわれているから目を閉じているのかなって、思ったんだ。」


しかし、カエルの表情は余裕そのもの。


だから?と言わんばかりの表情をしている。


「僕は、君が狂犬病と同じような症状を発症させている、その可能性に賭ける!」


僕は廊下に伸ばした手を手前に折り、壁に叩きつける。


すると、ジリリリリリとけたたましい音がしてズプリンクラーから水が出てくる。


そしてカエルは。


「ガアアアアアアアアアア!!」


目を、開けていた。


「『驚いて目を見開く』。動物って大きな音とかに敏感で、つい情報を得ようと目とか開けちゃうらしいね。自分の意思に関係なく、本能で。」


金属バットを握りしめ、カエルに歩み寄る。


カエルは痙攣して体を震わせている。


攻撃することは愚か、手足を動かすことももうできないようだ。


「へたれを見縊るな!」


僕はカエルにバットを叩きつけた。





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