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物資調達班と倉庫

職員室に着くまでの道のりを、音を立てないように移動する五人。


その中で、純は思い返していた。


あの夏の日。


自分が口を閉ざしたあの日の事を。


8月の下旬。


蝉が五月蝿く鳴いていた。


アスファルトの道は太陽の熱で鉄板のように熱くなっていた。


直射日光とアスファルトからの熱で、両側から熱され、汗がたくさん出ていたのを覚えている。


自宅の扉を開けると、いつもと違う臭いがした。


それでも、自分は不思議に思う事はなく、靴を乱雑に脱ぎ捨てると、ただいまと声を張り上げる。


最初に目に飛び込んできたのは赤だった。


勿論、自分の家のリビングが赤の内装だったわけではない。


夥しい量の血で部屋が染まっていた。


そして、床に転がっていたのは自分の母親、父親、祖母だった。


男がゆっくりと立ち上がる。


その見たことのない男は、妹の髪を掴んで引きずりながら自分に近づいてきた。


自分の身体を血が駆け巡る。


脈拍が上がる。


逃げようとしても身体が言うことを聞かない。


呼吸が荒くなる。


男は自分の耳元に口を寄せてこう呟いた。


『今、どんな気持ちかな?』


俺はその瞬間、自分の出しうる限りの大声で叫ぼうとした。


しかし、声は出なかった。


男の顔は逆光で見にくかったが、奴がゆっくりと近づいてきてくれたお陰で、顔は解った。


あの男だけは自分がこの手で殺す。


俺が、この手で………。


ガララッ。


職員室の扉が開く音で我にかえる。


この騒ぎでアイツも地獄に堕ちただろう。


警察から逃れられても、亡者からは逃れられない。


そうでなければ、そう思わなければ、自分のこの込み上げてくる怒りを自分の心の中に仕舞いきれない。






職員室は、この惨事の中でも、まだ日常の面影を残していた。


床に書類などが散乱しているが、ゾンビの影は無く、血も見当たらない。


「さて、誰かダイアルの番号知ってる人いますか?」


徹が全員に向けて聞く。


ダイアル式なので、当然番号を入力しなければならないが、その番号は生徒に知らされていない。


小夜が口を開く。


「生徒には知らされていないから解らないが、職員室なら災害用の手引きのようなものがあるんじゃないかな?」


全くその通りだ。


事実、少し探しただけでその手引きは見つかり、ダイアルの番号も分かった。


「4、6、9、2……。」


口に出しながら、ダイアルを合わせていく。


すると、カチリ、と音がして扉が開いた。


「よし、じゃあこの中身を運ぼう。」


倉庫の中には、毛布や食料品から、携帯トイレまで、さまざまなものが置かれていた。


災害の為に備蓄してあるのは分かっていたが、この量を前に圧倒される。


「じゃあ、最初に毛布を運ぼう。で、食料品はその次。飲料水も忘れないように。で、手が開いていたら衣類を持って行こう。」


毛布と言っても、袋に入れられて収納してあるため、それほど嵩張らない。


15人分の毛布は二人でいいだろう。


小夜と純に毛布を渡す。


「食料品は、このバッグに詰めて。飲料水は、手で運ぼう。」


翼がバッグに飲料水を出来るだけ詰め込んだ後、両手で抱えきれないほどのペットボトルを何とか持つ。


そして徹が残りのペットボトルを持ち、衣類を持って立ち上がる。


和馬は護衛だ。


「それじゃあ、戻りましょう。」


「おし!護衛は任せとけ!」


和馬が張り切って歩き出す。


その姿がまるでカブトムシを捕まえに行く男の子の様で、物資調達班の面々は噴き出した。


純を除いて。







あの事件の直後はよく覚えていない。


世間では、『下井町一家惨殺事件』として大きく報じられていたらしいが、俺自身は全く興味が湧かなかった。


ただ、何も解らない内に自分の家族が消え去ってしまった、その悲しみだけが自分の心を支配していた。


あの事件の後で記憶しているのは、自分の名字が“拝賀”になった日だ。


口がきけない子供が要らなかったのか、それとも周りの目が気になったのか。


親戚中をたらいまわしにされても養い手は見つからなかった。


それを見かねた小夜の父が俺をもらったのだ。


『小夜。今日からお前の弟になる純だ。仲良くしてやってくれ。』


小夜は解った、と返事をして、父親を部屋から退室させると、俺に向き直った。


今思えば、小夜はあの年頃にしてはかなり早熟な子だったのだろう。


一家惨殺事件の意味を汲み取っていたし、何より、他人の傷を癒そうとする行為もした。


彼女は俺を抱きしめてこういった。


『寂しかった?悲しかった?大丈夫。これからは私が付いているから。』


涙は出なかった。


ただ、俺は彼女の腕の中から離れることが出来なかった。


離れれば、また何処かへ行ってしまいそうな気がしたから。


そして俺はそのまま眠りについた。


数週間ぶりの安眠だった。

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